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トルストイの混乱

トルストイは50歳ぐらいから、精神的危機に襲われるのだが、それはひとことで言うと「なんのために生きているか分からなくなったから」である。

彼はそのとき実生活の絶頂にいて、金はある、名誉はある、家庭があって、領地も屋敷もある、完璧な成功者だった。その彼が、徐々に内面的に苦しみ始める。作品を作っても、それが何になると言うのだ。金と名誉にはなるが、それを得た今、それをさらに増やす意味がどこにあるのか。それは一方向に増える、あるいは減るだけで、なんの目標もなく、したがって意味もない。なんのために自分はそんな意味の無いことを延々と続けているのか分からなくなった、と、こういうわけである。

思うに、これは今でいえば更年期障害の一つであろう。ただし、更年期障害という生理的な障害が彼を襲ったのは事実としても、トルストイのような巨大な芸術家が更年期障害になると、本人にいったい何が起こるか、ということの方が遥かに重要である。器の小さい人が更年期障害になれば、いきおい、その結果もささやかなものになると思われるが、彼はまったく違った。

彼は、生きる意味がないと考え始めて以来、だいぶ自殺の決行を考えたそうである。しかし、彼は自殺を安易な道、として退け、その代わりに、古今東西の賢人たちの考えを漁りまくり、その回答を探そうとした。誰か人生をポジティブにとらえる哲学者なりなんなりはいないものか、と考えたのである。そして、さんざん検討した挙句、結果は、誰一人として生きる意味に回答を与える者は無かった。

更年期障害と書いたが、これはまた、哲学病でもある。僕が思うに哲学者はみな、精神の病気である。病気であるからこそ、この世界の真相を洞察できる、というのはニーチェのいう「病者の光学」に語られる通りだ。しかし、一般生活者からみると、明らかに病人であり、僕はたまに21世紀は哲学の時代、とか言っているが、正直、哲学をお勧めしない。自分からわざわざ病人になる者も無い。更年期障害による精神障害も、トルストイのような精神的巨人になると、彼を哲学へ引っ張って行く力学が働くのであろう。

さて、彼はその探求の結果を記した「懺悔」という本を、50歳過ぎに発表する。そこで、自分の精神的危機を、綿々と綴っている。読んでいて辛くなる本で、お勧めしない。ただ、その悩み方が、まるで20代の青年のように素朴かつ率直で、その心の若々しさに感心する。世俗的なものすべてをすでに得た彼は、自分を飾る必要を、これっぽっちも認めなかったのだろう。世俗的成功を勝ち得た彼にこそ許される境地ともいえる。

その後、哲学に失望した彼は、救いを宗教に求め、膨大な神学研究に没頭するようになる。哲学に見つからなかったものを宗教の中に見出そうとしたわけだ。そして結局、最後には、ロシアの庶民の心を支えるキリスト教の素朴な善の世界を見出し、それを理想とした。素朴で率直な一般庶民の中にこそ、人生を生きる意味があるのだ、そして、それを支えるキリスト教の宗教の中にこそ、人類全体への救いがあるのだ、というところへ行きつく。

その彼の見出した理想を詳細に語ったのが「人生論」という分厚い本で、これもなかなかに読みにくく、お勧めしない。しかし、僕には言いたいことは分かる。しかし、かなりくどい。彼の思想を微に入り細にわたり、もう、くどくどくどくどと語りまくっている。この本を理解するには、おそらくトルストイと同じく、哲学の煉獄と、宗教的法悦を辿って、ひたすら没頭して、くぐって来ないと、難しいような気がする。

彼はこの極端な理想を掲げ、それを世に問う。そして、トルストイを中心とした一種の宗教グループのようなものを結成し、人を集め、活動し始めるのである。自らの思想に基づき、さまざまな現代の悪癖を断罪しまくり、素朴で率直な庶民の労働の喜びへ回帰しよう、と説くのだが、これはなかなかに無理がある。実際、彼は自分の富や名声や名誉を悪しきものとして捨て始める。ここに至って、新興宗教の教祖みたいに思えて来る。ただし、教祖は真に欲の無い聖者のような人である。

僕がひとつショックを受けたのは、彼が「欧州の芸術」を完全否定したくだりであった。彼は70歳のとき、「芸術とは何か」という本を出し、そこで、ほとんどすべてのヨーロッパの芸術作品を貴族階級の堕落した創作、と決めつけ、否定するのである。その激しさは度を越していて、読んでいると、彼が、モナリザに火をつけて燃やし、システィーナ礼拝堂に放火して、以後すべての貴族作品を焚火に投げ込んで焼却する様が浮かんできて、暗澹とする。彼の断罪には彼自身の作品も入っているほど、それは激しい。この本も、お勧めしない。ひどい、ひどすぎる。僕が彼をテロリスト扱いするのは、こんな光景を見させられたからでもある。

一方、彼の実生活は、細君をはじめとする家族との軋轢で、混乱を極めるようになる。それはそうだろう。これまで富と名誉の絶頂にいた家族を、その家長が、少しづつ自ら破壊しはじめ、それが加速的にエスカレートするのを、見逃せるはずがない。妻との口論激しく、家庭不和は絶頂に達し、トルストイその人も、それに耐えられなくなってくる。

彼は、その家庭不和に耐えられず、2回、家出をしているらしい。そして、なんと82歳の老齢でその2回目の家出を決行し、その出先で肺炎で死ぬのである。

これで分かるように、トルストイは人道的聖者のような言われ方をされることが多いのだが、僕から見ると、彼はテロリスト的爆弾に見えるのである。原始キリスト教に根差した、極度なロシア民族主義とも言えると思う。そして過激な反ヨーロッパ主義者として、合理主義に基づいた西洋文明を完全否定している。

ところで、プーチンはおそらくトルストイを熟読したであろう。どこかの首相のようにカラマーゾフの兄弟を夏休みに読もうとして1巻で挫折した、などという脆弱な知性と無縁なはずだ。恐ろしいことだ。その爆弾は、実際、いま現在、爆発してしまった。

物理学と哲学

物理学者と哲学者の論争について、友人へ長い返答を書いたので、その転載。

僕はここずっとかなりのアンチ科学、アンチ物理学なんですが、なんでこんな風になっちゃったんだろうな、と時々思います。中学生のとき、簡単な(に見える)微分方程式で惑星軌道が楕円になることを数学的に明らかにできる、ってなんて凄いんだろうと感動したオレは、一体どこへ行ってしまったのか、とか。

僕の見た感じでは現代哲学は、昔の存在論や認識論は置き去りにして、実践論へ行ったように思えるので(サンデル教授の正義の話をしよう、とか)、いまの哲学はこの世で思い切り役に立っているように見えます。正義の可否とか判断問題とか倫理問題とか、そういう哲学の実践論はダイレクトに難題だらけの人間社会に指針を与えますからね。

その実践論的なところでは、物理学はほぼ何の関係もなく、役にも立ちません。科学で言えば、社会科学や心理学を持ち出して論ずることはできますが、判断の評価関数が科学的に定まらないので、結局、科学ですら、現実社会を論じる限り、実践哲学的な様相になるように思えます。

物理学は元来天文学から発生したもので、物質が相手なのは間違いないはずです。で、物理学者は、人間の心や精神の問題も、結局はモノの振る舞いの結果であって、遠い未来に物理学で解決できるはずだ、と思っているように見えます。しかし、これは精神は物質の振る舞いに過ぎない、という物質一元論(そんな言葉無いかもですが)をアプリオリに、あるいは意図的に立てたからに過ぎず、それは物理学の成立と大きくかかわっているだけで、皆が納得する前提ではあり得ません。

それを勝手に人に無断で立ておいて、それをもって哲学批判する物理学者の傲慢に、僕は腹が立って仕方なく、物理学と哲学の論争は、読むだけで精神衛生上に良く無くて、最初のころ我慢して読んだ内容を元にこうして話すだけで、見るのもイヤになりました(笑

だいたい、哲学があいまいで、科学は実証的で厳格だ、というのは当たり前の話で、科学は、論があいまいにならないように、最初に人に無断で前提を立てて(長い歴史ゆえでしょうが)、人間や世界にとってある大切な部分を不問に付すことによって実証的になったに過ぎないはずなのに、その実証結果があまりに事実に一致し、ひいては人間の役に立ったので、知らぬうちに傲慢な自信を持つに至ったのでしょう(次に書きますが、実は人間の役に立ったんじゃなくて、人間を科学で改良した結果に過ぎない、と僕は考えてます)

僕がなんでアンチ科学・物理学かというと、僕は、科学を世界を解明するツールとして見ていないことに依ります。科学は、科学というドグマによってこの世界を作り出している、という逆転発想に依ります。で、特に物理学者を僕は嫌ってますが、彼らは、天文学由来の物質科学の狭い狭い前提で、この現在の社会・世界・宇宙を作り出してしまい、僕ら現代人は多かれ少なかれそのドグマの奴隷になっている、という観察結果に依ります。

それは、エジプト・ギリシャ・ヨーロッパで綿々と発展して形成されたもので、平行してキリスト教、カトリック、プロテスタントと来たところで、突然、キリスト教由来の宗教は科学にフリップして名を変えて、世界を作り変えようとしている、という、ほとんど陰謀論に近い発想に、僕が捕らわれている、ということですね。

我ながら笑ってしまいますが、まー、僕は陰謀論者じゃないことは明らかなんですが、スピリチャルや神秘主義と非常に近いところにいるので(カール・ユングを尊敬している)、そのせいでしょうね。

結局、65歳になっても、一向に世界がよく分からん、ということで 笑

しろうるり

徒然草に盛親僧都という坊主について書いたところがある。その一節にこんなのが出てくる。

僧都が、とある坊主にしろうるりというあだ名をつけたそうだ。で、人がしろうるりとは何か、と訊くと、僧都は、そんなのはわしも知らん。でももしあったらこの坊主の顔に似ているだろう、と答えたそうだ。

徒然草第60段。この段は傑作だ。

しかし、このしろうるりの話がなぜ自分に面白いか。

まずしろうるり自体は誰も見たことがないし、命名主の僧都も見たことがない。そういう意味では存在しない。でも、もし、そういうものが実在したとすると、そいつはこの坊主の顔に似ているはずだ。なぜなら、この坊主にしろうるりをあだ名として結び付けたからだ。

しかし、ふつうあだ名というのは、なにかしらすでに存在しているものにかこつけて付けるものであろう。誰かが猿に似てたり蛙に似てたり、鞄に似てたり、などなど。

それなのに、しろうるりの場合は、実在しないものと結びつけたせいで、その実在は宙に浮いている。しろうるりが仮にどこか中国の秘境かなんかに実在していて欲しいが、僧都は知らないと言っているので、それは実在しない。

したがって、しろうるりが存在していないので、それは、実在を持たない架空のもの、ということになるが、あだ名を付けられた坊主に顔が似ている、ということだけははっきりしている。結局、しろうるりは、実在しないがその形状の一部(この場合は顔)は分かっている、という架空の存在、ということになる。

そして、しろうるりという架空の存在を認めると、いったい、しろうるりがとある坊主に似ているのか、とある坊主がしろうるりに似ているのか、分からなくなるような感覚に陥る。

したがって、この僧都の逸話によって、しろうるりはこの現実に「創造」された、実在する何物かになったのだと言えないだろうか。

これは、たぶん、そもそもの民間伝承が、江戸時代になって爆発的にその数を増やした「妖怪」と同一と思われる。たとえば、一反木綿という妖怪、というのは「木綿の一反」に似た、というところだけ分かっていて、そのほかの特徴は想像力で補われている。

そして、それは、以上によれば、架空の存在であり実在しないけど、妖怪として言い伝えられている。

ところがおもしろいことに、民間伝承ではそれは実在することになっている。逆に言うと、日本の田舎では、「実在」というのをそのように解した、ということでもある。

だから日本国には、しろうるりは実在するのである。ただ、そのしろうるりという妖怪は、その一坊主の顔をしている、というだけで、いったいそれ以外の形状と特徴はどうなっているのか。しかし、白くて瓜実型の顔をした架空の妖怪だろう、などといって放っておく気がしない。

なぜかというと、「しろうるり」という日本語の音の配列が秀逸で、自分はまったく放っておけないのである。ほとんど芭蕉の秀逸な一句と同じていどに放っておけない。この芸術的創造は、盛親僧都の才能ゆえなのであろうか。

しかし、僕がおもしろい、と思うのが、その彼の日本語での創造能力、芸術的能力、天賦の才能、といった現世的なもろもろのことから、この「しろうるり」がいとも簡単にすり抜けて、架空であるが実在する妖怪の闊歩する世界へ編入されてしまうことである。

それは徒然草の文を読んでみると、僕には瞬間的になされる技に見える。そのようにして、しろうるりは僧都の手をあっという間に離れて、独自の実在を獲得してしまう。しろうるりが提出されたと同時に、しろうるりが実在してしまうせいで、僧都の芸術能力は、その創造物とまったく関係ないものになってしまう。

これこそが優れた創造、というものの正確な性格ではなかろうか。

くだくだ書いたが、結局なにがいいたいかというと「僕はしろうるりが好きだ」ということに過ぎない。

村上春樹

村上春樹のドライブ・マイ・カーを読んだ。これでようやく春樹ファンの人間と少しは話ができるのかもな。

村上春樹は、大昔、なんかの本(忘れた)を読んで、こんなもんは下らん、とか言って、即座に嫌いな作家ラベルを付けて、見向きもしなかった。もう30年は経ったんじゃないかなと思う。なにせ、オレはドストエフスキーという筋金入りの狂人の書いた文学のドメインを持った作家以外は認めない、超偏狭な人間だったしな。

で、いま、村上春樹を読んでどう思うかと言えばこんな感じ。人の、外から見たその上辺と、その人の意識の中の心理葛藤と、その人の無意識に横たわる業のようなもの、その三つがまったく対等に扱われて、物語の上で戯れている感じ。

彼の小説を覆っている独特の哀愁は(といっても、2、3本しか読んでないが)、それら三つを熟知した上での諦念のようなものに見え、昔のオレはそれが気に入らなかったのである。

とはいえ、この諦念を伴った戯れの哀愁は、まー、なんというか、自分も歳を取って、さまざまな経験をして、切実に分かる感覚ではある。それは、村上春樹、という詩情なのだが、オレもそれが分からない、などという野暮な人間じゃない。

しかし、オレはこういう筋金の入らない文学は、あんまり趣味じゃないな。

でも、これが素晴らしいという人の気持ちは分かる。スウェーデンの若者にも彼、人気だったしね。それにしても、日本のアマゾンでレビューを見ると、まあ、みな厳しいねえ。それにしても2700も評価が付いててすごい。あと、映画を先に見て、分からなかったから原作を読んでみた、って人が多数で、ま、そういうどうでもいい人たちが低評価を付けてるだけとも言う。

僕が読んでいるのは、ドライブ・マイ・カーを筆頭にした「女のいない男たち」という短編集なのだが、厳しい評はいくらでもできるけど、オレはそれをする気にはなれないな。それは、文の全体を覆っている、諦念や悲観、という、まるで更年期障害による軽い鬱みたいな情熱の欠如が、自分にも、染み入って来ている年頃だからなのかもしれない。

ま、要するに、彼の言っていることが分かるのである。

短編集の後の方にあった「木野」という作品は、芥川の歯車を強く連想させた。なるほど、彼の諦念と悲観は、芥川由来かもしれない。そう考えればなんとなくうなずける。でも村上春樹は間違っても狂死するような人じゃないので、そこで、あの哀愁がその代わりを務めるのかもな。

それと、映画のドライブ・マイ・カーも見た。村上春樹のいろんな短編からモチーフを取ってきて作ったのはいいとして、チェーホフの戯曲とシンクロしてストーリーが作られていて、原作とかなり大幅に違うのにびっくり。映画の方のテーマがチェーホフの戯曲に傾いているせいで、そのテーマの意味は重い。僕は原作の方が楽しく読めたかな。

楽しく読めた、という感想が示す通り、僕には、村上春樹は娯楽と休息以外の意味を持つように思えない。それは現代的な生活状況の正確な描写なので、それでいいのだが、僕の人生はその状況に満足していないので、今後、村上春樹を自ら読むようなことは、無いだろうな。

おくのほそ道

おくのほそ道を読んでいる。

全編のどこをとってもすべてもののあわれでできているこの文は、いったい何物なのだろう、と思ってしまう。これ以上無理だろうというほど完璧な姿をした句は、いくらもある。たとえば

閑さや岩にしみ入る蝉の声

あるいは

五月雨の降りのこしてや光堂

と、いうようにあるけれど、この紀行文の全体を、旅の苦労や情の側から見ると、こんな句がどうしても目につく

蚤虱馬の尿する枕もと

あるいは

一家に遊女もねたり萩と月

日本語のリズムはすばらしく、完璧な作詞作曲だけれど、その内容は、事実と情との単純な描写に徹していて、余計な飾りはなにもない。俳句は和歌より短いので、飾る余地も少ないだろうし、それゆえもあるだろう。いわゆる美学的な「贅沢」のあとが、芭蕉の句にはまったくない。

それから、いわゆる「大自然」をそのまま描写したり共感したりする文もなければ、そんな句もない。そこには必ず人がいて、生活があって、歴史があって、自然はそのひとつに過ぎず、自然の美を客観視する一種のロマンチシズムの冷たさは、まったくと言っていいほど、どこにも見当たらない。

これが、江戸時代の僕らの祖先にいた、俳人だったとは、なにをかいわんや。

オレはオレで、文をかたわらに、「時のうつるまで泪を落とし侍りぬ」だよ。

境界知能

これはちょっと久しぶりに目が覚める話だった。

IQや境界知能のことはけっこう調べていて、知ってはいたが、これまである意味、客観視していたのだが、これを見て、これはオレだ、と思った。見方が客観から主観に移った。

口幅ったいが、測定された僕のIQは高めなのだけど、一種の生きにくさ、というか異人感をどうしても振り切れなく、最近など、それが高じて、一体オレは何者なんだ、と自問自答する始末に陥っていたが、その正体が分かった感じ。

僕が、これまでずっとずっと、小学生のころから、いわゆる境界知能らしき人々に強烈な共感を覚え、その逆の高IQの人々に強烈な反感を持って来たのは、オレ自身が、境界知能的なものをもって生まれて来たからみたいだ。

僕の説によると、IQというのは今現在の欧米主導な現代社会の基礎になるもので、社会が先にできてて、その中でIQが測定され能力が決められてハイアラーキーができるのではなく、人間の能力として極めて狭い範囲だけを対象としたIQの方が先にあって、それに従って設計されたのがこの現代社会だ、という逆転発想である。

もっと言うと、このIQは科学と整合性が良く、見ればすぐわかるが、正直、科学で業績を上げるのは高IQの人に限られている。そして、科学は目に見えるものしか扱わず、目に見えるものの最たるものが「物質」である。したがって科学主導の社会は物質の性質に依って立っている。

恐ろしいことに昨今のAIの出現で、知的能力というものが物質的な機械で現すことができることが分かり、知的能力とは単なる物質の振る舞いに過ぎない、ということが(自分的に)明らかになった。

僕らは物質の振る舞い由来のIQに縛られて生活している。

もっとも、これをあまりしゃべり過ぎると、陰謀論に直結するので、これ以上は言わないが、僕の、「知性とは物質の別名である」という考えは捨てない。本当はいつか、これを証明して、世に問いたい、と思い続けてきたが、めんどくさくて手を付けてない。

まー、今後もやりそうもないが、単発でそういうことの発信はこれからもすると思う。

それにしても、オレのスウェーデン移住の十年は、このことをみずからに思い知らすための経験だったんだな。

出版と女性

思い出話ばかりしているけど、もうひとつ。

自分には1996年、およそ30年ほど前に自費出版をした経験があって、それはヴァン・ゴッホに関するエッセイ評論だった。自費出版を決める前、原稿を書き上げ、これを本にできないかな、と思い、まず、新聞社に勤めてる友人に相談した。どこかでこれを出版してくれるところは無いだろうか、と聞いたのである。

そしたら、彼、自分の知り合いに出版社に勤めている人がいるから、取り合えずその人に相談してみたら? と言い、その人を紹介してくれた。まだわりと若い女性だった。

どこぞの喫茶店で落ち合って、コーヒーを前に狭いテーブルに向かい合ったその光景をいまだに思い出す。

そのとき僕はたしか30代半ば、彼女は20代後半だったはず。

で、どうだったかというと、彼女、本を出版社から出版する、ということに関して、僕にその厳しさを滔々と説明した。なんのバックグラウンドも無い人が書いた文をいきなり出版社が出版するなどということはあり得ないし、書籍出版を甘く考えるな、という内容を延々と僕に気持ちよさそうに話してたっけ。それは、完全な「説教」だった。歳上の素人に説教するのが、業界駆け出しの若い彼女には、気持ちよかったのだろうな。

で、僕はもちろん何の反論もせず、なるほどそうですか、とごくごく素直に聞いていた。というのは、彼女の言うことは少しも間違っていなかったからだ。

というわけで、出版は無理みたいですね、みたいな結論で終わったのだが、その最後に、実はこれなんですけどね、と僕の原稿をいちおう相手に渡して喫茶店を出た。

その後、紹介してくれた友人に顛末を話してその件は終わった。そのころの僕のことだから、小娘に説教されたぜ、の一言ぐらい言ったかもしれない。

しかし、その後、どんな経緯だかなんだか知らないけど、しばらくして、その友人はその彼女と付き合い始め、僕は再び呼ばれて、今度は呑み屋かなんかで再会した。

そしたら、彼女、なんだかえらくバツが悪そうな顔をして、僕をなんとなく尊重して、立てて、謙虚に振る舞うのよ。あの、僕を滔々と説教した彼女はどこへ行っちゃったんだろう、っていう感じ。

それで思ったんだけど、彼女、あのあと、あの原稿を読んで、これはまずい、と思ったんじゃないかな。というのは僕の文章は素人にしてはかなり文学的でシリアスで、おそらく彼女が想像していたような思い付きで書かれたエッセイとかけ離れてたからだと思う。書籍出版は相変わらず無理なのは変わらないけど、自分が説教できる相手じゃない、と思ったんだろう。

僕は、格の上下はどっちでもいいんだが、逆に、あれだけ突如と態度を変えた彼女に好意を持った。それは素直で率直だということだし、君子豹変すの心を持った人だと思ったから。

というわけで、それ以降も、彼女との交流は続き、しばらく文通みたいなことになったこともあったっけ。しかしいつしかそれも途絶え、いまは彼女がどういう私生活を送っているのか知らない。

とある人の思い出

ふと思い出したが、大学生のころ常連で出入りしてたお店は、いろんな人が来る人間動物園のようなところだったが、そこに、笑顔がすごく可愛い美形の若い女性が来てたことがあった。

彼女とっても童顔的に可愛かったのだが、いざしゃべると、可愛い顔に似合わず、頑固で強い、しかし思慮の浅いステレオタイプな発言をする一般人的で、理知については残念な人だった。

笑顔があんなに可愛らしいのに惜しいなあ、などと思ったものだが、いま思えば、笑顔の方が彼女の地で、理知の方は若気の至りで背伸びして、そこにくっ付けただけだったんだろうな。

そのころ、僕は西洋絵画に夢中で、ポケット画集のFrom Giotto to Cezanneって洋書をいつも持ち歩いてた。で、あるとき、その呑み屋でその画集を取り出し、ああだこうだと皆にしゃべってた。

そのとき、その可愛い彼女が横に座ってて、それちょっと見せて、って言うんで、画集を渡した。

その画集は、ルネサンス以前の宗教画から始まっていて、最初の方のページには、前期ルネサンスの奇妙な絵がたくさん載っているのだけど、その初期の宗教画の数々の絵を見てる時の彼女の表情を、いまだに覚えてる。

侮蔑の薄ら笑いを浮かべながら、物凄い上から目線で馬鹿にしきったように、それら初期の宗教画をながめていたのである。僕は、へえー、こんな表情するんだ、この子は、って思ったけど、あまりのひどい対応に驚いた。

彼女が見ていたのは、たとえばオレの愛するピエロ・デラ・フランチェスカの描いた聖母と信者の絵だったりした。マリアが普通の人間の三倍ぐらいの大きさに描かれて、衣服を広げ、そこに小さなあれこれ信者たちが完全な無表情で祈りを捧げている図である。

極度の神秘と、宗教感情と、リアリズムの欠如であり、言ってみれば、現代人から見れば反理性的な絵である。

それをこんなに分かりやすい侮蔑を持って見る、って、いったいどういう人生を送って来たんだ、この女は、って、オレは呆れて見てたよ。

で、ページを繰って行って、ようやく彼女の眼にとまったのが、マサッチオのアダムとイブの楽園追放の絵だった。絵の中の二人は、今の人でも分かる、号泣と嘆きの表情なのだ。彼女、ようやく口を開いて

「この絵は、パワーがあるな」

と、言ったそのイントネーションまでいまだに思い出せるほど、それは浅はかな発言だった。

かわいい子だったけど、いまごろどんな人生を送ってるのかな。名前も忘れちゃったし、辿りようがないが。

ミッドサマー

友人が紹介してた映画の「ミッドサマー」。スウェーデンから撤退してしばらく忘れてたけど、この映画の題名を見て反射的に鮮明に思い出した。

この映画は怖い。

オレはスウェーデンに十年住んでいたが、現地で毎日見ていたスウェーデン人の振る舞いが、この映画にはっきり描かれていて、自分的に怖くて仕方なく、この映画、何度も見たよ。たぶん、今夜、改めて全編見ると思う。

スウェーデン人の何が怖いかは、たぶん、僕がいくら言葉であれこれ説明しても伝えるのは無理だと思う。ところがこのミッドサマーはそれを見事に描き切っている。

たぶん、こんなことをネイティブのスウェーデン人に言ったら気を悪くして、賛同しないと思うけど、極東のアジア人の僕がスウェーデンに長く暮らして、見て、経験して、感じたところのものは、この映画に描かれた「怖さ」なの。

実は日本人はあまり知らないと思うけど、スウェーデンは同調圧力の国です。しかし、その同調圧力は、日本人の同調圧力と、根っこが根本的に違っていて、同じ同調圧力なのに、こうまで違うか、と十年間で思い知った。で、僕から見ると、スウェーデンのそれは「怖い」同調圧力なの。

おそらく、ある種のスウェーデン人は、日本の同調圧力を見て僕と同じく「怖い」と感じるだろうと思う。よく自分は思うが、二次大戦の時のアメリカ人が、日本の神風特攻隊に対して本能的な恐怖を抱いたのと、同じものがあると思う。

根本的なところが異なっている生物同士というのが出会うと、相手に対する恐怖というのが、まず心理と生理の底の底から湧き上がってくるものだと思うが、その恐怖を極力見えなくすることを「文明」と言うのかしらん、とまで思う。

僕の十年スウェーデン暮らしは、結局、そこはかないけど、はっきりした苦手感覚で終わったのだが、その根底には恐怖があるんだよ。

あー、うまく説明できずもどかしい。でも、オレは「見た」んだよ。で、このミッドサマーという映画を初めて見て、オレ、狂喜したよ。これだよ、これ!って感じ。

スウェーデン人の人、読んでたら気を悪くしないでね。ある意味、これ、お互い様だから。

兼好先生

朝起きて、独りで徒然草を読んでいると、もののあわれのただなかに放り込まれるようだな。

オレ、よく兼好先生を引き合いに出すが、先生を付けるのはだてではなく、吉田兼好はオレの唯一の先生なの。オレは性格的に生きている先生はただの一人もいない。先生と呼べるのは兼好だけ。不思議だな。

かつて自分は兼好の残した境地を「明るい知性」と称したことがあるが、まさに、それ。これは比べるのもバカバカしいけど、徒然草とパスカルのパンセを並べてみるといい。それはもう一目瞭然だ。

おそらく、オレの読まない兼好以外のたくさんの日本の知性があるだろうが、兼好に出会ったからそれでいいや、と思っているところが、オレの極めて怠惰なところで、飽くことの無い好奇心を、実は自分は忌み嫌っている。したがって研究者失格。引退してせいせいした。

あれこれと忙しく詮索したり追及したりするより、鴨長明のように独居して方丈記を書いてる方がどんなにかいい、と思ってみたりもする(贅沢を覚えた自分には無理だが) 

枕草子も源氏物語もいいが、自分にはなんだか雅過ぎてね、合わないみたい。やはり徒然草がいいな。やたらと矛盾したことを言い散らす先生が大好き。雅な描写にも知性が染み渡っているのもいい。