中毒(アディクション:Addiction)というのはひとつも悪いことではない。古今東西、なにかに中毒にならずになにか飛んでもない創造行為を成就した人は、おそらくひとりもいない。
なので、中毒というのは社会行為に限定して使うものであって、個人に対して使っても仕方ない。
それは分かってるよ、って誰もが言うが、再三言うが人間というのは弱いもので、分かっていながら、その中毒に対する規制や取り締まりや刑罰は個人へ及ぶことになってゆくものだ。なぜなら中毒しない人間の方が大多数であって、その自称ノーマルな人間たちは、人間がなにかの中毒になることの意味が、もう、ハナから分からないからだ。だから結局のところ、自分たちの平和を維持するために規制に加担する。
もちろん、それがマジョリティの役割なので、それでいいのだが、上述の原理原則は理解していてくれないと、困る。社会にはキチガイが必要で、キチガイがいないと、平和に暮らしてるあんたらもじきに平和が維持できなくなる。
キチガイに対応するには、まず、無視して遠ざけておけばいい。それ以上の行為は不要。で、もし、あなたが少しは賢いならキチガイに内心感謝したり、応援してくれると、なお良い。