この前、イケダ君が僕のこの覚書集を思い出させてくれて、100個作ってすべてに解題を付ける、という構想だったので、ヒマなときに続けようと思う。
http://hayashimasaki.net/oboe/index.html
で、この中の第30段に「太陽系に大巨人が現れて月をスコンとたたき出したら日食の予言は外れる」っていうのがあって、これには思い出がある。
むかしまだ若いころ、研究所にいたとき、そこで、週二回の夜、社食で酒が呑めるっていう企画をやってた。そこでオレも仕事後、よくビール飲んでた。あるとき、その中の先輩と宇宙の話になった。で、その先輩が
「この広大な宇宙の、果ての果てに星があって星雲があって、そういうものを今この地上にいる僕らがそれを知っているというのはすごいことだな」
みたいに言うので、当時はまだ若く、食えなかったオレは、いきなり
「それは、宇宙の単なる一つの見方に過ぎず、ただのロマンチシズムです」
と発言し、その先輩、怒ってえらく熱くなって、なにい? 林、お前そう思ってるのか、なんて奴だ、云々となって、しばらく論争になった。
で、その食堂呑みに、別の先輩(その先輩より先輩)がいて、その人はパワハラで有名な食えない人だったのだが(まだパワハラという言葉が無い頃だけど)、その人に、口論してる先輩が
「Xさん! 聞いてくださいよ。こいつ、科学が明らかにしたこの宇宙に広がる物質の世界をつかまえて、ロマンチシズムだ、って言うんですよ」
と言った。そしたら、その先輩の先輩が、予想に反して、うーん、としばらく考えたのち
「それは、林君の言う通りかもなあ」
と言ったのである。その先輩の先輩は、論理的に説明することに超うるさく、それがゆえに部下にパワハラしていたわけで、部下が論理的に正しく説明するまでは一切許さない人だったので、ガチガチの理屈屋だったと言っていい。
なんとその人が、物質科学は一種のロマンチシズムだ、というオレの暴論に賛成してしまったのである。
それを聞いた、当の先輩は、一瞬で閉口して、二の句が継げなくなってしまい、なんかぶつぶつと文句を言ったあと、黙ってしまった。
こんなことがあった若いころだけれど、その後、自分は、冒頭であげた覚書のように、宇宙のことが科学で分かるようになった、って言ったって、もし、たとえば突然、太陽系に大巨人が現れて月をスコンとたたき出せば日食予想などあっさり外れるじゃないか、と考えるようになった。
もし、あのときその先輩にそんなこと言ったら、お前オレをバカにしてんのかって余計怒っただろうな。でも、大巨人なんていうから荒唐無稽扱いされるけど、人類が核弾頭を月に打ち込んで軌道を変えれば、やっぱり日食予想は外れる。その月へ飛んで行く核爆弾を大巨人、と名付けても何の問題もなく思える。
そして、さらに年月が経って、最近では、物質科学信奉者を捕まえて、あなたのそれは宗教の一種で、あなたは科学教の信者だ。自分が信者だと気づいていないところが、よけいに科学教の信者だということを証明している、などと、だいぶ過激なことを言ったりする。
でも、考えてみると、自分の若いころの初心に戻って、あなたのそれは一種のロマンチシズムですね? と言った方が良さそうだね。そしたら、その人はロマンチスト、ということになり、なんか、いいじゃん。僕はロマンチストは大好き。