ことあるごとに思い出すささいなことがあるので書いておく。
大昔、たぶん30歳過ぎぐらいのとき、学会発表の仕事でアメリカのオーランドに行ったことがあった。すでにアメリカは仕事で数回目だったが、このときは一人の出張で、発表以外に何も仕事を入れなかった。なので、行って、数日間のコンファレンスに参加して、帰ってくるだけ。相棒もいないし、自分は車を運転しないし、観光地にも興味が無いので、アメリカへ行っても全くすることがない。
で、ホテルの部屋に着いてしばらくして、バスルームで水が漏れているのを発見した。たしか一階の部屋だった。フロントに電話して説明すると、人を送るから待て、というので、しばらく待ったら、たぶん自分と同じぐらいの30歳ぐらいの、すごくオタクっぽい、背が低くて、小太りで、髪の毛がペタっとしてて、白人だけど、どこから見てもオタクな男が来た。腰に水回り修理グッズのベルトを巻いてたからその手の人なのはすぐわかるけど、ああ、このベルトを外したら、こいつ完全なオタクなゲーマーだろうな、と反射的に思った覚えがある。
で、僕がドアを開けたとたんに、彼、真面目な顔をして、当たり前なんだけど、すごくはっきりくっきりした英語で
Bathroom leaking
と言った。相手が東洋人だと見て取ったせいで余計なセンテンスを言わずにこう言ったのかな、とも思ったが、なんだか、その言葉の抑揚と調子だけで「バスルームの水漏れですね。私にお任せください、すぐに修理します」という、やけに真摯な気持ちが、まるでかたまりのように投げつけられたような感じがして、驚いた。
バスルームに入ってからも、今度は自分に言い聞かせるように、もう一度Bathroom leakingと言ってたから、あながち、英語が分からなさそうな相手だからそう言ったわけでも無いみたいだった。
結局、つごう二回聞いたのだけど、その英語のBathroom leakingが、なぜか耳に残って仕方なく、なんとあれから25年は経ったであろう今でも、その、彼の発声したBathroom leakingがはっきり思い起こせる「音」として残っているのである。おまけに、なぜかときどき定期的に思い出すのである。なぜだろう。
彼、すごくテキパキと、水漏れを調べ、原因を特定し、処置をして、たしか15分ぐらいで直って、出ていったが、これまたたしか、そのテキパキした仕事ぶりとは裏腹に、えらくいい加減な応急処置だけで帰っていった覚えがあるが、まあ、直っているのでそれはいい。それより、そのオタクな彼が、自分の仕事を、すごくきっちり、天職でもあるかのようにこなしていたのが、当時の自分にすごく新鮮に映ったのだった。
そのオーランドのホテルで、もうひとつ覚えているのが、部屋にいても何にもすることがないんで、外へ出て界隈を歩いたこと。
ホテルの近くは片側4車線はあるんじゃないかみたいな巨大な道路に大量の車がびゅんびゅん走っていて、歩いても歩いても、道と、その周辺の、草がまばらに生えた荒れ地ばかり。途中、ドライブインの大型レストランがあったりしただけで、それらをぼんやり見て、何も見るものもないんでそのままホテルへ戻った。
Bathroom leakingの彼は愛すべきやつだったけど、ああ、この土地では、こういう風景の中で、ああやって生きるんだ、って思った。これで自分はUSAが嫌いになり、それ以来、自主的には一度も行ったことがない。
(Facebookより)