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耳なし芳一

短編四つからなる怪談を見てた。小林正樹監督。黒髪、雪女、耳なし芳一、茶碗の中。

耳なし芳一はなんかよく知ってるなあ。

平家の霊が夜な夜なめくらの芳一を呼び出して、平家物語を語らせる。で、お寺の和尚さんがそれに気付いて、住職さんと二人で般若心経を若い芳一の身体にびっしり書き込むんだよな。で、耳に書くのを忘れちゃったせいで、出てきた霊には耳しか見えず、その耳をちぎって持って行ってしまう。で、耳なし芳一になってしまう、と。

よく知られたプロットだけど、見てて、しかし、書き忘れたのがなんで耳なのかなあ、って思ったよ。なんかさあ、おちんちんと金玉にお経書かなかったら、チンなし芳一とかタマなし芳一になっちゃうよな、って思って見てたけど、待てよ、お経を書き込んだのは和尚さんと住職さんの男が二人。そりゃ、まだ若い芳一で、いちばん大切なおちんちんと金玉にだけは入念にお経を書いたんだろうな。それに気を取られて耳を忘れたのかね。

それで、若くて男前な芳一の目が見えない、というのがエロチックだよなあ。目の見えない若い男の裸体に筆で隅々までお経を書くだなんてねえ。

しかし耳か。耳ってさあ、改めて、人間の持ってる器官の中で破格に変な形してるよね。地球外の宇宙人が地球人を見たら、まず、耳がヘン、って思うだろうな。鼻もヘンだけど、耳の形態にはかなわないかも。口を開いたら歯がぎっしり、もヘンに見えるだろうなあ。

その後、耳を失った芳一は回復して、琵琶語りの平家物語がたいそう評判になって、お寺には贈り物や付け届けがごまんと届き、芳一は大変なお金持ちになったんだって。そういうエンディングだったんだね、知らなかった。

きっと美しい女を迎えていっしょになり、子をたくさんもうけて、家族を繁栄させたであろう。チンポコとタマを守ってくれた和尚さんと住職さんも、いい仕事をしましたね。

というハッピーエンドだった。

日本という国

考えてみると、日本という国に侘び寂びとかもののあわれとかいう概念があらわれた、というのはなかなか含蓄のあることだな。

なんにせよ日本はアイソレートされた島国。このまえ、スウェーデン人がやって来たときも、オレ、何度かそれを言ったっけ。

日本では人間の純粋性は自動的に守られている。でも、人間が混淆すればその純粋性は失われる。なので時代が進めば日本のような特殊な国は、必然的に崩壊に向かって行く。まあ、物理の世界のエントロピー増大のようなものだ。

それは物理のように抗えない。そこでどうするか、というと、その崩壊そのものを自然の必然的な流転の結果として、美化すること。すなわち滅びの美学、すなわち侘び寂び、ということになる。

エントロピーの法則などというけしからぬ物理法則を美とみなして、近親相姦による奇形をも美とみなして、乱れて一定せず形態を特定できない様子をも美とみなす。

ここは本当に美の国だ。

そうして崩壊して行くものがもののあわれ、ということになる。なにせいま現代の日本の誰がもののあわれなどという感覚を共有しているだろう。心の奥底に訊けばあるいはそれを取り出すことはできるだろうが、たやすいことではない。

そして仮に無傷で取り出したところで、その純粋性ゆえに早晩崩壊する。それをよしとして、それを流転として、肯定するとき美を使うだなんて、本当に力の弱い優しい民族だと思う。

でも、それでいいじゃないか。現在の世界を見てみなよ。その方向と完全に逆を向いて突き進んでいる。

そして今の日本人たちも多くが現実(つまり物理)を信奉し始め、美と心を置き去りに現実の奴隷になっている。

とかとか考えて、オレは現実(物理)を却下する。

で、そうなると、論理必然的にオレも美のもとに滅びることになっちゃうな。

でも、それもイヤだな。

だからって、戦う? それもイヤだ(笑

ここまで来ると、これってさあ、西行の詩魂だよな。むかしの人ってのは偉かったな。

ユング

最近、朝、運動しながら、このユング心理学入門ってのを聴いてる。お勧めはしない。なぜかというと、まず長い。そして音声合成。しかも外国人が意味も解らずテキストを流し込んでるらしく、読み間違いが多い。

https://www.youtube.com/@%E3%83%A6%E3%83%B3%E3%82%B0%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6%E5%85%A5%E9%96%80

でもオレには、すんなりと聞こえて来ないそのつまづきのせいで、むしろ心地よく聞ける。

誰のテキストを朗読してるかわからないけど、ユングその人の著作の読み上げじゃなくて、ユング心理学の解説書がどっかにあって、それを読ませてるみたい。

いろんなことを学ぶわけだが、オレ、ユングは、彼が死ぬ直前に非公式に書いた「ユング自伝」というエッセイの単行本二冊を持っていて、それをけっこう熟読したので、そのエッセンスは身についている。だからむしろ、そのエッセイでカジュアルに語られていることを、ユングの学術的な意味での心理学として学び直しているような感じで、すんなりと理解でき、しかもとてもおもしろい。

外に見せている仮面であるペルソナを捨て、自身の心が抑圧しているシャドウを明るみに出し、完全な混乱を経たうえで、自分に戻る個性化を遂げることによって、本当の自由を手に入れることができる、と説くわけだが、この、毛虫が蛹になって、中でいったんどろどろに溶けて、今度はまったく新しい蝶という個体になって、殻を破って出て来て、大空高く飛び立つ、という変態の過程を、そのまま人の心理と人生になぞらえた様子は、なかなかに魅力的。

それで蝶になって出てきた個体は、おそろしく悟ってないの。もう、ぜーんぜんアホみたいなの。ぜんぜん揺ぎ無くないの。揺れ揺れで心元ないけど純粋で、天真爛漫で、恐れを知らないの。すなわち自由なの。

この光景はさあ、まさにニーチェのツァラトストラそのもので、感心したよ。ユングがいかに深くツァラトストラに影響されたかよく分かる。ツァラトストラには四部あって、第三部でひと段落して、そのあとに最終章として第四部がくっついているんだけど、その第四部に出て来るツァラトストラがまさにこの感じ。もう、ぜんぜん聖人っぽくなくて、軽いけど、深い。

長らく読んでないけど今までよりはるかに時間があるし、読み直してもいいかもな。

九条ねぎ

さいきんスーパーへ行っても、わけぎ、というものをあまり見ず、代わりに九条ねぎになってる気がするけど、見た目は似てるけど同じものなのかな?

九条ねぎって、あの京都の九条に生えてた葱なのかな。数年前、京都へ遊びに行って、宿、たけーなあ、と思いサーチしてたら6000円で破格に安いきれいなホテル見つけて泊まったことあった。スタッフに日本人が一人もいなかったけど特に文句はないビジネスホテルだった。

で、京都の人に九条に泊まってる、っていったら、あそこは京都では、そこらじゅうで鳥葬の死体が転がってる異界の地、みたいに言われ、がぜんおもしろくなって、ホテル界隈をあちこち散歩したっけ。

しかし、そのせいでホテルも安いのかねえ。ま、とにかく京都駅より向こうは死体の転がる異界のエリア、とこれで刷り込まれてしまった。

九条ねぎがそこに生えてた種なら、鳥葬の死体のエキスを吸って生えてた葱ってことなのかな。うわー、カッコいいなあ。

九条ねぎ、いいじゃん。

東郷青児美術館にて

ふとしたことから父が死んだときの様子を、過去のオレの日記から探し出した。そうしたら38年も前だった、おそろしく古い。当時オレは大学ノートにボールペンでわりとまめにぎっしりと日記を書いていたのである。

そこで、久しぶりに自分の昔の文をいくらか読み直してみた。38年前のオレはずいぶんとシリアスだったが、日記を見ると、いまオレの書いてるリストラっていう私小説につながりそうな、笑える状況描写もときどき出てくる。

そっか、オレの文才もそれほど大きな変化はないんだな。むしろ人間の中身の方が昔のシリアスから、いまの軽いノリに変化したらしい。

ということで、38年前の日記から、東郷青児美術館へ行ったときの様子の描写があったんで、おもしろいのでここに書き写しておく。

ーーーーー

土曜の午後、新宿の東郷青児美術館へ行ってきた。ボッティチェリの女性の半身像が展示されていると聞いたのと、ゴッホの向日葵が常設展示されているということだったので、その二点を静かに見に行くつもりで出かけた。

しかし実際は静かに見るどころじゃなかった。高層ビルの立ち並ぶ新宿オフィス街の一角にあるのだから、土曜の午後には半ドンのサラリーマンたちが群をなしてやってくる。以下は彼らの傍若無人な会話である。

(ボッティチェリの前の7、8人の年配サラリーマンたち)

この絵は丸紅さんが会長室に飾るために買った絵なんですよ。今回、ウチに展示してもよいという許しが出たのでこうして展示しているのですな

ほぉーう

ずいぶん古い絵ですな。えーと、500年前ですか

丸紅さんの社員も見に来るようですよ。会長室にあっちゃあ、見れませんからなあ

そうですな、はっはっは

どうやら、安田海上火災が取引先を招待しているらしい。いずれも幹部級のなりをしていたが、ボッティチェリなどにはてんで用が無い様子だった。

僕はその場を早々に引き上げた。広い部屋がそのあとに続いていたが、そこは東郷青児とグランマ・モーゼス、それから日本の画家たちの絵がかかっていた。僕はそれらが嫌で見たくなかったので、なるべく目を逸らして奥へ進むと、そこにゴッホの展示場がひとつだけ隔離されて用意されていた。

厚いガラスの向こうに大仰な額に入れられた彼の向日葵が輝いていた。なんという美しい絵だろう。僕はもうそれ以上の言葉を知らない。

しかし雑音はなおも続く。中堅サラリーマンと思われる数人の群れが、ひととおり見終えてソファーに座る。そのうちのひとりなど、あまり勢いよくソファーに身を投げるものだから、うしろの壁に頭をぶつけてコツンと音を立てた。

あの絵、見たかよ

どの絵だ

あれだよ、あれ(と言って顎で向日葵の方向を指して)

ああ、ああ、見た見た

どうだい、58億の価値があると思うかい

あー、ありゃ額が高いな

そうだな。額が1億で57億ってとこか

はっはっはっは