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汎用人工知能(AGI)

これはずっと前から言っているのだけど、脳の機能というのは「制限する」ことだと思う。僕の感触では、生物には、本来はおよそあらゆるものがすでに見え、感じられていて、脳や、目とか耳とかの器官というのは、その、世界にすでにある、あらゆるモノが生物に無尽蔵に流れ込んで来て起こる無意味な混乱をせき止めて、それを生物の行動にとって意味ある知覚認識になるように「制限」をかけている器官の数々だと思う。

この考え方は、フランスの哲学者ベルグソンのもので、彼がこうしたアイデアを唱えたのはいまから百年以上前のことである。僕は彼の著作を何度も読むうちに、正確な理解は難しいながら、世界に対する全体的なイメージ図を、このベルグソンから引き継いだのである。なので、そういう意味で、上述は僕の単なる思い付きではない。

たとえば、麻薬やある種の薬物は人に幻覚を引き起こす。これらの物質は脳に働き、脳の機能を麻痺させる、あるいは過度に活性化させ、脳の機能を狂わせ、それによって幻覚を起こす、と一般には考えられていると思うけど、上述に照らすと、それはちょっと違うと思う。これら薬物は、脳の外界を制限する機能の一部を破壊して、その部分を無防備にするのだと思う。そうすると人の周囲の外界にすでに存在している錯乱が、脳で止められることなく、意識に侵入してくる。それで幻覚を見るのである。

この事情は、およそヴォワイヤン(見者)系の芸術家なら自らの経験からよく知っているはず。それは、ヴァン・ゴッホでもいいし、ランボーでもいいし、モーツァルトでもいいし、ドストエフスキーでもいいだろう。

だから、昨今のAIに関する議論で、AGI(汎用人工知能)が出来る、出来ない、いや、すでに出来ている、と、喧々諤々の騒ぎだが、僕にとってはAGIの議論ほどバカバカしいものはない。

前述の考え方から言うと、「知能」というのは、「人間」により作られた「制限」そのものに過ぎない。したがって、その知能をAIで実現する、というのは、単に人間がどのような知能という制限をAIに課すか、というだけの問題で、現在取りざたされるAGIは、お話にならないほど狭い人間的活動だけをターゲットにして、それを実現するために必要な制限を作って掛けているだけに過ぎない。

人間の広大な認識思考は、知能という制限をはるかに超えている。知能がAIで実現され、AGIができあがって何かいいことがあるかというと、それはひとえに、そういうお話にならないほど狭い知能というものをもって、人間は知能を持つ優れた存在だとする、そういう愚かな、主に科学主義な連中をAIに置き換えて、世間から一掃させることぐらいしか思いつかない。

彼らは単に、自分で自分の首を絞めて、自分らを世の中から抹殺しようとしているに過ぎない。どういう料簡なのだ、と思う。

ところが、そういう彼らは、自分たちはAIを一段高い見地から見て論じている、という自負があるせいなのか、自分たちはAGIでリプレイスされない層にいると信じて疑っていないように見える。でも、たぶん、AIが進歩すれば、もう彼らみたいな知識層は不要になる。理由は、AIと同じで、彼ら、下らんことしか言わないからだ。

でもそれは、彼らという「人間」が不要になるわけではない。不要になって置き換えられるのは彼らの「知識層としての仕事」だけであり、彼らという人間はそのまま残り、その後も、飲みも食いもして、泣いて笑って生活する、そんな人生は続くわけである。めでたくAGIが実現してシンギュラリティが来て、彼らのつまらない学問知識をAIに委譲して、ようやく彼らも「人間」に返るのか、って思わず言いそうになる。

で、これが皮肉ならカワイイもんだが、シャレにならないほどそのまんまかも、とついつい思ってしまう。

頂き女子

頂き女子の話、なかなかド外れていてすごいが、女も、はまるバカ男も、ホストとかも、実はオレはかなり共感できたりする。こんな詐欺まがい(あるいは詐欺そのもの)に引っかかって何千万もつぎ込む男はバカに違いないが、これは、もう、ファンタシーだよねえ。もうさあ

Is this the real life? Is this just fantasy?

って思わず口ずさんでしまうよ。

いまのこの日本の世の中だけど、すべからく人間というのは昔からそういうものだとはいえ、社会を見る側の人間があるファンタシーに冒されていれば、日本の世間はすでに餓鬼や畜生ばかりが闊歩する地獄の様相そのものでしょう。

そんな世界を日々見て生活しているときに、そこに、頂き女子が現れてファンタシー提供してくれれば、カネがあれば逃避ぐらいするさ。いや、オレはすでにもう、それは、逃避だとも思わない。

社会全体がひとつの大きな詐欺である、と言ってひとつもおかしくない、そういう世界がひたすら進行している。その只中で、自分こそ正常であり正義であり少なくとも騙されていない、と自信を持って語っている人の方こそ、オレには愚かに見える。

そのむかし、小林秀雄を熟読し、そして、長らく敬遠していた池田晶子をようやくいま読んでいる自分は思うが、その昔、小林が世の中に絶望し、20年後に池田が世の中に絶望し、さらに20年後にオレが世の中に絶望している。

そして小林が鮮やかに言い放ったように

「絶望の中から物を言わんと願う者は詩人である」

ということ「のみ」を信じて、小林秀雄も、池田晶子も、文を紡いでいるわけだ。願わくばこのオレもそうであらんことを、ってことだ。

でもね、絶望な世の中に沿ってただ生存しているだけの大多数に比べれば、この頂き女子や騙されるバカ男の方が何倍いいか分からない。ましてや、絶望に気づこうともしない体のいい秀才については、なにをかいわんやだ。

Anyway the wind blows…

むかしの偏屈技術者

いまから十数年前、たまたまNHK放送技術研究所の一般公開へ行った。その展示の最後の方に、NHK放送博物館のブースがあって、そこで、昭和の当時に使われた真空管の白黒テレビカメラの映像を真空管のブラウン管モニターにリアルタイムで映すデモをしていた。で、そのブラウン管に写った白黒のカメラ映像が、ものすごく生々しい独特な味があって、すごく感心してずっと見ていた。

解像度、ノイズ、焼き付き、などなど、いわゆる画質はひどいものだったが、その絵は確かに生きていた。僕らは、生き物を見たとき、それが生きているか死んでいるかすぐに分かる、生き物としての直観を持っているが、それに照らすと、あのボロボロに汚い白黒画像は確かに「生きて」いた。

あれから六十年以上がたち、テレビ技術は劇的に進歩し、現在は8K解像度の時代である。自分は仕事がら、この8Kの映像をずいぶん見ているのだが、正直言って8Kカメラの映像は、絵が全体に汚れていて、味が無く、美が無く、先の白黒テレビカメラの絵が生きているとするなら、8Kの絵は完全に死んだ絵に見える。実は、開発技術者たちが、なんであんな絵を出して平気なのかどうにも分からない。

もっとも、それら映像システムを設計製作している技術者は、優秀で、根気よく、真面目で、スペック通りの機器を作ることにかけては何らの問題も無いことは確かなのである。だから、こうしてこき下ろすのは気が引けるが、やはりあえて言っておきたい。出て来る絵があれでは、どんなに高スペックを並べても、少なくとも自分にはなんの説得力もない。

実は、自分は、技術者に美意識がないからこうなるんだと予想している。

そんな、映像を扱う技術の話をしていると、僕がかつていたNHK技研のむかしを思い出す。僕はあそこに20年いたけど、その最初のころが今から35年ちょっと前の大むかしである。その当時はまだ古い社屋で、ロックがなく誰でも出入り自由だし、売店はあるわ、床屋はあるわ、寝泊りしてる人はいるわ、と言い出すと切りがないほど、相当に気ままな場所だった。

まあ、それは昭和だから当然なんだが、そういう場所の当時の研究所には、偏屈で癖のある名物先輩みたいなのが、けっこうな数いた。そしてそういう先輩らは部下に対し、今で言えば、パワハラ全開でもあった。僕は幸い、それらすべての名物先輩たちになぜか可愛がられており、僕が何をしても「林なら仕方ねえか」と見逃してくれたりで、実害はゼロだったが、周りの研究員は大変だったらしい。

で、そういう偏屈先輩の多くは当時、主にハイビジョン(HD / 2K)の研究開発をしている人々で、僕は彼らに画質の見方とかを教わったのである。すでにそのころ、自分は絵画鑑賞野郎だったので、絵の良し悪しは分かったのだが、画像を、信号波形上、そしてモニター上で、分析的に見る方法を実地でいろいろ習ったわけだ。

あのころの技術者も、たしかに、解像度やノイズやダイナミックレンジなどなどのスペックの向上を主に目指し、官能的な意味での画質にはそれほどこだわらなかったようだが、そのスペックの見方が技術的な意味で微に入り細に渡りだった。かすかな傷を見つけただけでも、あっさり却下する、その厳しさゆえ、スペック以上の最終画質が必然的に得られていた時代なんじゃないかと思う。

思い出すが、皆が大型のハイビジョンモニターの周りに集まって、画面から5センチぐらいまで目を近づけて、なめるように絵を見て、「これだ、ここがおかしい! やり直し!」とか、寄ってたかってダメ出ししてたっけ。そういう職人気質が、結局、クオリティを担保していたのだろう。彼らの大半は純技術者で、映像美とか芸術作品とかに詳しいようにあまり見えなかったが、技術的ハードルの設定が非常に高く、おそらくそれゆえに、絵の最終的な芸術的価値を取りざたせずとも、よいものが作れたのだと思う。

そういや、あのころはアナログからデジタルへの変換期にも当たっていて、当時の技術者はみな両方、設計・製作できていた。特にアナログ回路技術の知識は重要で、そこがダメだとまともな絵は出ない。光を電気に変えるイメージセンサーは今現在であってもアナログ部品で、出て来るのはアナログ信号。そこの回路設計と実装が甘いとそもそもまともな絵にならない。

当時は、はんだ付けして基板を作って配線して、というのは普通のことだったし、はんだ付けのプロみたいな人もいたっけ。思い出したから書くが、そのころの技研には僕よりたぶん十(もっとかも)ぐらい上の田村さんっていう常駐の業者の人がいて、技研試作機のはんだ付けを一手に引き受けていた。おそらく来る日も来る日もはんだ付けをして30年以上、とかそういうレベルの超職人芸だったと思う。昔の人はすごかったなあ。

またまた思い出したが、その田村さんはずっと技研勤務だったので、幾多の優秀かつ偏屈な技術研究者を見てきたわけだが、彼に、「私は技研でたくさんの秀才を見てきましたが、天才は林さんだけです」って言われたっけ。へえー、天才ねえ。お世辞を言う義理もないはずだが、たぶん、僕が、技術ができて、ギター弾いて、中華料理作って、絵を描いて、とマルチだったからそんなことを言ったんだろう。

ま、とにかくだ、研究所はすっかりさま変わりして、以上の混沌とした雰囲気は、もう、無い。それでも面白いものやいいものが作れているなら、それに越したことはないのだが、僕は今の研究所の現状をあるていど知っているが、残念ながらそうなっていない。

エントロピーはほっとけば増大するって、ホントなんだねえ、ははは。

太宰治

嫌いだった太宰治の「嘘」と「家庭の幸福」という短編2つを読んだ。太宰を見直した。素晴らしいではないか。いや、素晴らしいなどという立派なものというより、人間と心理、それを取り巻く社会、そして世界についての、極めて正確なリアリズムそのもの。理想や思想や信念信条やらという、いわゆる「男々しい」ものが、潔いぐらい欠片もない。

しかし、自分はなぜ太宰治が嫌いだったか。

太宰を初めて読んだのは20代で、それは、太宰好きな友人が貸してくれた中編小説の「人間失格」だった。有名な小説だが、まあ、あんなものをよく好んで読むもんだ。当時の僕は、文学ではドストエフスキーに夢中であり、同じようにどうにもならない泥沼な人間模様を描いていながら、どうしてここまで違うものか、と思った。

人間失格を読み終わり、確か自分、すごく腹を立て、日記に罵倒の言葉を書き付けた覚えがある。以下は原文がないのでうろ覚えである。なにせ40年前のことなんでだいぶ事実誤認があるだろうが、そこはご勘弁。

人間失格の小説の中ごろに、無邪気で優しくあどけない娘が出てきて、それまで大変な人生を歩んでいた主人公は、その娘と所帯を持ち、ようやく安息の日々が訪れる。しかし、何年かの平和な日々ののち、その日が来る。主人公は外でしたたか酔っぱらい、グルグルとなにやら考えながら家に着いて、襖を開けると、出入り業者のおっさんが妻と姦淫の真っ最中だった。結局、無防備な妻が強姦されたと知る。その後、悪いのは妻ではないのだから、妻を責めることはせず、いろいろ慰め、またもとの楽しい生活に戻ろうとするが、主人公がどんなに努力しても妻は臆して元へ戻らず、夫に対しいつもビクビクし、笑いも無邪気も消えてしまい、結局、夫婦は破綻する。

しかしひどいプロットを作るもんだ。そして、こういう醜い人間模様を描かせると太宰はまさに天才で、その技量に僕もそのときやられたのだろう。

主人公は、妻の姦淫現場に至る道で、酔っ払った頭で考えるのだが、それがドストエフスキーのことなのである。ドストのあの錯綜した人間劇が、もし、くっきりとした人格を持った人間たちが織り成す悲喜劇などという体のいいものではなく、ひょっとして、あのドストの描いたドロドロの人間模様そのものが、単にこの世のあるがままの姿だとしたら? 救いなどはどこにもない永遠の泥沼だとしたら・・・

そしてそうぐるぐると考えた直後、彼はその場に遭遇するんだ。

これを読んだ当時の僕は、

「この野郎、何を白ばっくれてやがる、何がドストの青ミドロだ、この、偽善にも達し得ないような弱々しく意気地のない屑野郎が。そしてこれははっきりしているから言うが、そのとき、お前の愛する、というより愛玩するお前の妻を辱しめるために、あの中年男を裏でけしかけたのは、お前だろ! お前だ! お前以外の誰だって言うんだ!」

と、まあ、20代の若いオレはそう反応したわけだ。この、僕が反射的に喝破したあまりに醜い構図ゆえ、そのときオレは、太宰治を人間の屑認定し、それ以降彼の小説を一切読まなかった。

あれから40年(きみまろ風にて)

オレの30代、40代、50代、そしていま60代の半ばだが、自分としては大変な40年であった。そしてそのオレの人生の変遷は、どう考えても、太宰のそれに似る。こんなところで懺悔したくないので説明はしないが、結局、太宰さん、オレはあなたと同じ筋の人間でした。太宰が屑ならオレも屑、というか二人とも屑。

これは決してオレという人間が、太宰という人間の大きな度量の手の平の上で右往左往していただけ、とかいうよくあるケースじゃない。オレたちには同じ血が流れている、という意味だ。

太宰が生きてたら牛鍋屋かどっかで酒を呑みながら

「太宰さん、俺たちって屑ですねえ。まさに屑の再生産じゃないですか、ハハハ」

とか言って、まったりしそうだ。

しかしまあ、これで終わるのはさすがに忍びないので、ひとこと言っておくと、この屑ぶりは、何千年以上にも渡って日本の庶民が培ってきた平民の民族性に属している、と自分は思っている。

そう思いませんか、太宰さん?

ロシア文学と戦争

岸田首相が夏休みだかなんかで読書をしようと「カラマーゾフの兄弟」を読み始めたけれど、第一巻で挫折して放り出してしまった、って話、そういえばあったなあ。なんというか、ほほえましい話だな、と思い、笑ってすんだ。

逆に、あの本を読みこなし、なおかつ血肉にしてしまう首相がいたとすると、それはむしろだいぶ危険だと自分は思う。

実は今だから言うが、一年半ほど前の2月、ロシアがウクライナに侵攻した、というニュースを初めて聞いたとき、自分がほとんど反射的に思ったのが、それだった。おそらくプーチンは、岸田首相とは逆で、ドストエフスキーもトルストイも読んで血肉にしているはず。そして、これも彼についてよく言われるけれど、もっといろいろ広範に、ときには過激な書も自分のものにしているはず。

それが予想できただけに、侵攻に踏み切ったのを知り、それだけは踏みとどまって欲しかった、と思ったけど、とき遅し。だから、大国の長が、それこそ、カラマーゾフの兄弟が読みこなせて、さらにそれを我がものにできる教養を持つ、というのはむしろ危険でもある、と僕は思う。ああいう歴史的な著作というのは、時に絶大な暴発を引き起こす危険を内に持っているものなのである。

そんなことを言う理由のひとつは、ほとんど害のない小さな話とはいえ、この自分も、あの小説に過度に影響を受けすぎたせいで、自分自身が収集つかなくなる時があり、よくドストエフスキーの本は悪書なので若者に勧めるな、と言ってたから。もっとも、あの小説は、長過ぎて、くどくて、ロシア人の名前がこんがらがって、そもそも読みこなせないのが幸いしている。でも、それをきちんと読んでしまい、あれに本当にトラップされると実際は危ない、ということを自分は身をもって知っている。

そういえば僕の思い違いでなければ、大昔(たしか)フセインが捕まった直後に、ニュースで、彼が潜伏していた地下の部屋をカメラが映し出した映像が流れたそうで、そこにたしかカラマーゾフの兄弟(罪と罰だったかも)の本が一瞬映ったそうだ。これが思い違いでなければ、彼も、ドストエフスキーを愛読し、自分のものにしていた、ということになり、これは僕には感無量な出来事だ。

日本人が、ドストエフスキーとトルストイという、押しも押されぬ19世紀ロシアの文豪をいまどう理解しているか知らないが、あの二人は、二人とも手が付けられないほどの過激派だと自分は思っている。彼らの小説はその芸術性や多様性のせいで名著として歴史に残っているけれど、その核となる思想は過激で、あれは、正直に言ってしまうと、過度のロシア民族主義がその背景にあり、同時に、欧米文明に対する強烈極まりない批判に貫かれている。

だから、プーチンのような反欧米な国において絶大な権力を持つ人があれを持つと、はなはだしく危険なのである。

一方、日本人のこのウクライナ戦争に対する大方の反応は、まことにおめでたいもので、僕は呆れ果てて見ていた。さすが平和の国の日本だ。三島由紀夫が割腹自殺するはずだ、こんな国、と思った。

しかし、このおめでたい南国的反応は、日本に最後に残ったアドバンテージなので、これはもう絶対に大切にしなければいけない。矛盾して聞こえるだろうけど、寒い国々の謀略がこれまで世界を過度に牛耳って来たがゆえに、世界にはいま「南国」が欠乏している。日本はそれを持つ良い国の一つなので、そこは無くさないように。

ひょっとして地球温暖化って、そのせいで起こってるのかねえ、南国の不足…(笑

能力

知的障害者の人たちがいる施設でコーヒーの自家焙煎と販売をしてて、そこで3種類のコーヒーを買って、家で淹れてみたんだけど、なかなかおいしい。豆の種類でちゃんと味がはっきり変わるし、なに飲んでもあんまり変わらないどこぞのブランドよりよほどいいかも。

彼ら、日がなコーヒー豆を焙煎したり、悪い豆を一粒づつよけたりする、そういう仕事に向いているんだそうだ。

すぐ思い出したけど、そういう彼らが湖でボートに乗って遊んで、その感想文を集めたのを見たことがあって、その中に「ボートが右や左に行っておもしろかったです」という感想があって、けっこうその文にノックアウトされた。

いわゆる健常者の僕が言うとホントに変に聞こえるので困るのだけど、ああ、ボートが右や、左に、曲がっただけで物凄く楽しいんだろうな。きっとオレも5歳児ぐらいのときは、彼らと同じ感動を感じてたんだろうな、と思うと、なんだか今の自分が痛ましい気がしてくる。

同じ無邪気な喜びを得るために、今のオレはなんと紆余曲折したややこしい感覚を追い求めなければ済まないことだろう、と思うと人間の能力ってなんなんだ、って思う。

ちょっとしたホビー工作をするのに、モーターを見てるんだけど、探しても探しても中国製で、日本製で自分が知ってるのって、マブチとタミヤぐらいで、探してみるんだけど、プロ用と子供用の間の製品がごそっと抜けている印象で、逆にその中間の領域の製品は中国製が圧倒的。

で、これまた中国って、こういう、なんか、どーでもいいホビー用ニッチな製品を、よくもまあ、これだけの種類作るなあ、と呆れるレベルで揃っている。もちろん、そのうちの何割かは不良品のゴミで、買うのは賭けに近いんだけど、それにしてもゴミじゃないのもあるわけで、やっぱり品揃えがすごい。

こういうのってさあ、どんな分野にも言えてるんだけど、いわゆる「層が厚い」というやつで、こういうどーでもいい系のモノがふんだんに作れて揃ってる、というのが、その国の文化を支えるもっとも大切なことなのよねえ。

昔の日本はその層の厚さで、たとえば、マンガとかアニメの隆盛に見るような世界レベルのトップ作品の製作能力を支えてたんだけど、たかが工作用モーターで考えすぎかもだけど、こういう経験をすると、日本はもうダメかも、って思っちゃう。日本でいま残ってる層の厚い分野って飲食店ぐらいか?って思ったりする。

いまの何不自由なく育った政治家や官僚には、この層の厚さの重要さを理解する人があまりいないらしく、彼ら、結局、国でトップを張れる層にばかりカネを出して、そういうどーでもいい中間層、しかし実はもっとも大切な層を、丸ごと無視する政策しか打たないしね。

中間の厚い層を国が支援するとしたとき、たとえばどうすればいいかというと実は簡単で、カネで特定のものを支援するんじゃなくて、カネをばらまいてそのままにしておけばいい。植物に水をまくのと同じで、一定量の水を毎日まけばいい。

こんな簡単なことは無いのだが、官僚側から見るとこんな難しい策は無い、という風になってしまうところが問題なんだろうな。というのは、官僚の仕事というのは、まず目的を設定して、施策を立てて、金額を見積り、出せる金を施策に従って与え、その結果を当初の目的と比べて達成度を測る、というサイクルでしか動けないから。

一方、支援しようとする中間層は、基本的に無名で無目的なので、そもそも目的化できない。「カネのばらまき」が官僚の仕事にならないということは、官僚は動かない、ということになる。そのときは今度はカネのばらまきが得意な政治家の出番になるのだが、その政治家がこの「層の厚さの意味」を理解していないとそもそも彼らそのばらまきを思いつきもしないことになる。

そうこうしている間に、空洞化はどんどん進んで、ある点を超えると、そこでその分野は終了するだろうな。現在、空洞化がどれぐらい進んでいるか知らないけど、まー、もうダメっぽいので、あとはまったり暮らしましょ。

中国製買って当たり外れしながら(笑

日本ぎらい

思えば30年前の自分は、日本人を超反省好き民族と思っていて、まー、いま思うとそれは日本式左翼のことだったんだが(朝日とかNHKとか)、日本人は自己反省をし過ぎのバカ民族って、日本人を忌み嫌ってた。

他を批判する秘訣は、自分を棚に上げることだ、というのがそのときの自分の考えで、合理的な批判というのはそれを為す人間が根本的に対象に対して他人事でなくてはならず、それができないと、そもそも批判そのものができなくなる。そうすると、社会は弁証法的に機能せず、必ず低迷停滞する、と考えていた。

この考えは今も変わらずなのだが、昨今の日本のネットでの醜い喧噪を見ていると、こんどは日本人は最近、その自分棚上げ批判を中途半端に覚えたらしく、逆に、合理的思考を使って、他人をあげつらったり攻撃したり貶めてバカにしたり、ということをそこらじゅうでやるようになった。

一神教の神のいない民族が批判という西洋合理主義に基づいた方法論を猿真似すると、ああ、こういう結果になるんだ、って見てて思うわ。だいたいが、見苦しい。

そうなると、こんどは逆に、少しは自己反省というものをしたらどうだ、この糞日本人が、ってなるわけで、まー、オレは40歳になるまで、日本が大嫌いで、日本人は糞だ、という、いわば民族的自己嫌悪にかられた人間で、それは、上に書いたように、左翼的な意味での日本人の劣等性という呪縛のせいで誇りと優等性を持てないように骨抜きにされている同国人を見るのが耐えがたかったかららしいが、今度は現代になると、幼稚な優越感と粗雑極まりない論理を使って自己嫌悪から脱したような顔をしたやつらがそこらじゅうに見えるようになった。

今も昔も日本嫌いなのか、って思うと閉口するが、でも50歳を超えて、自分、ようやく大昔の日本文化を知ってねえ、それでアイデンティティ解決!みたいな単純な人間になった。ああ、よかったよかった。もののあわれの日本人、で、それでOK、みたいな。ここで、もののあわれとは何か、と問うことはバカげたことで、それはすでにそこに「在る」ものだから説明を要しない。それを基に、あとは多くのバリエーションが個性に応じて現れる。それでいいじゃないか、って思うようになった。

ここ最近、澁澤龍彦の「三島由紀夫おぼえがき」という薄っぺらい文庫がどっかから出てきたせいで、ぺらぺらめくっているのだが、本当に、心底、おもしろい。ああいう気品に満ちた知性というのが、いまのこの汚い現代日本にいちばん欠けているようにも見える。

ニヒリズム、そしてデカダンスが日本においては、いったいどのような形を取るか、ということが、いろいろ書かれている。いいなあ。

スタバ青年の哲学講釈

このまえスタバに行ったら、隣のテーブルにいる若者二人のうちの一人が、ひたすら哲学を講釈してた。ソクラテスから始まって、プラトン、ニーチェ、カント、どうの、といろいろ出て来て、すらすらと流暢に解説している。それにしても、おまえよ、いろいろ間違ってるぞ。完全には間違ってないし、うまく説明してはいるけど、おまえが解説しているそれは、哲学じゃねえぞ、どっかに書いてある攻略本の受け売りだろ。

高齢のオレはそう言いたいところだったが、ま、好きにしなはれ。

とはいえ、ここで言っておこう。まず、若い彼、最初にソクラテスの「無知の知」から講釈を始めたが、彼のその説明は表層的過ぎる。

では、ソクラテスの言った無知の知とは何を意味するのか。それは、論理的言語に基づく知の帰結は結局すべて無知に終わってしまう運命にあると言っているのであって、それをその時、ソクラテス自らが気づいたことが大きな事なのだ。で、その結果、彼は多くの知者を敵に回すことになり、そしてそれら知者たちが実は無知であることを明かした彼だけがそれら知者たちより一歩抜きんでた特殊な存在であった、ということをソクラテスは神託を基に悟ったのである。

そしてもしそれが最高の知であったとすると、彼はその空っぽな知の元に自らを犠牲にして、死罪を受け入れて、静かに毒をあおって死ぬわけだが、ああ、空虚な真実のもとに死を受け入れたその最高の高貴さを、間近で見た弟子のプラトンの心はいかばかりであったか。ソクラテスはその最も空虚であると同時に最も貴重なものを自らの死をもって若いプラトンの胸に永久に刻み付けたのだった。

こういう人間劇に精神を動かされることなく、ソクラテスの無知の知だとか、プラトンのイデアだとかを口にしても、それはこれっぽっちも、なんの意味もない。そのソクラテスの思想が西洋哲学史を貫徹し、それがニーチェに否定されるまで続いた、だなんていう、つじつまが合っているだけの、体のいいことしゃべってんじゃねえよ!

と、オレは即座に反応し、スタバなんかに来なきゃよかったよ、って思ったわけだ。

隣のタリーズにしときゃよかったぜ。なんちゃって(笑

しかし、若者はさあ、「哲学が大切だとか言われて読んだけど、ほんっとわけわかんない!」って言っているむかしの若者のころが花だったな。いまは、一部の若者のやつら、哲学どころか、なんだって分かったつもりになってしゃべりやがるからな。ひろゆきやホリエモンや中田敦彦その他もろもろの悪い影響だろうな。

だいたいのところ、哲学には、ある「核」のようなものがあり、それが掴めていないと、論理をいくら深く掘っても無駄だ。そして、その「核」は論理によっては掴めない。そこを察知するのは、一種の哲学的カンや経験による。世に言う天才は、それをすでに学ばずとも持っているものだが、一方、秀才は、長い経験を経て身に付ける人もいるけど、無駄に高IQの人は、論理を追っている間に核を見失ったり、そもそもそれを軽視したりする。したがって、秀才には、ちゃんとした人と、大バカが混在している。で、さて最後に凡人は、これはもういろいろたくさんで、いろんな裾野を形成する。それこそ凡人の方が秀才なんかよりはるかにはるかに哲学を理解していることだってある。

と、まあ、勝手なことを言ってるが、以上は哲学に限らず、なんだってそうだよな。

そしてもうひとつ哲学に必要なのは「しつこさ」である。ではなぜ哲学者といわれる人種はしつこく追及するのか。これは、ちょっと考えれば分かるが、なぜそうなるかというと、それがその人にとってかけがいないほど切実であること、偏執狂的にこれが分からないと世界が終わる、自分も破滅する、と思い詰めていること、自分に真理に見えるものは誰がどう数学的に完全に否定したとしても全無視して自分の真理を信じないと気が済まない性癖、などなど、といったもののせいだ。

つまり、病人なのだ。

現実に沿って普通に生活をすることを旨とする人は、ダメだったらあきらめるか、いいところ迂回ルートを考えるでしょ? それが出来ない病人。

こんなわけで、一般生活を送る一般人にとっては哲学は害毒に違いない。でも害毒になるほどの哲学狂、ってことになると、これは不幸だ。

これが文学だと、それがわりと世間の目にも留まるね。太宰は心中マニアみたいなもんで最後はホントに死んじゃったし、芥川も川端も自殺、三島に至っては人騒がせぶっそう極まりない凄惨な死に様。ああなってしまう人たちを性癖では済ませられないでしょう。それと同じなので、病人、と言うのだ。

ところで、ソクラテスのこの有名な無知の知という日本語は誤訳だ、という説があるらしいのを知った。「無知の知」ではなく「無知の自覚」だとか。

もしこれが、「無知の自覚」だったらこんなに有名な言葉にならず、みなふつうにスルーしそうだ。自分がまだまだ無知であることを自覚しなさい、って、今ではごく普通の処世訓だから。ソクラテスは、ちまたにあふれてた「オレはすべてを理解した」とおごっている知者を次々と論理で粉砕して行った、そうしたら皆に恨まれた、それで死刑宣告された、というなんだかおそろしく平凡な劇になっちゃう(で、すごくありそうなこと)

ところがこれが「無知の知」ってことになっちゃうと、とたんに、無いものが在る、いや、在るものは無い、いや、それじゃおかしいから、そもそも無いや在るという言明がおかしく、万物は生成の途中だ、いや、それもおかしい、と論理が循環する。これは論理というものの宿命であろう。何千年もたって数学者のゲーデルがとどめを刺したが、ギリシャの時代からその宿命は自覚されていたような気がする。

スタバ青年の講釈によれば、ソクラテスは無知の知(自覚)を発見したが、同時に「知」が確実に存在することを知っていた。そして、それを初めて形あるものとして取り出したのがプラトンで、それが「イデア」である、だそうだ。哲学論理的に考えて順当に映る話なので、ここで

「なるほどねえ、若いお人よ、あんたモノが分かってるじゃないの」

と言ってもいいところだが、彼に決定的に欠けているのが、その「知」がソクラテスからプラトンへ譲渡される劇を成就させるために、ソクラテスは自らの死を賭けた、ということについての自覚がまったく欠けているところだろう(などと若者に説教するのは、極めて大人げないのでしないが 笑)

若いお人が言った「ソクラテスのこの原理はニーチェまで続いた」、という説は、おそらくニーチェがソクラテスを初めて完膚なきまでに批判したことから来ているのだろう。ニーチェの批判は、ソクラテスは無知の知という本質的に無意味な論理の構造を、アテネ市民を騙して吹き込んだ。当時のアテネ市民は論理もそこそこに、善いのびのびした「本能」で生きていた。ソクラテスは論理という空虚な武器で、その本能を根絶やしにしようと目論んだ、というところだった。

しかし、ニーチェはニーチェで、当時のアテネ市民の本能が、爛熟を越して堕落していたことも分かっており、それは一掃される運命にあったのだろう、ということも認めており、ソクラテスはその重い重い荷を負わされた悲劇の人、と捉えることもできる。そして、ソクラテスその人は、その心に邪悪な本能を擁していた。それは彼のその醜い容姿を見れば分かる、とニーチェは言うわけだ。

ニーチェその人は、この堕落してソクラテスが抹殺する前の、ギリシャの善きのびのびした本能を、まるでかつて14世紀にイタリアルネサンスが花開いたように、19世紀に花開かせようとして、強引に、ツァラトストラという一大詩を書いて目論んだが、失敗して、狂死した。

ニーチェがどこかでソクラテスに兜を脱ぐ場面がある(見つからないけどどっかの本)

「ああ、ソクラテスよ、ソクラテスよ、それがそなたの秘密であったか、その時代で誰よりも賢明な知を宿した巨人よ」

みたいな文句がある。僕はかつてそれを読んで、ショックを受けた。こういう二つの巨大な魂の交感を「分かる、感じる」ことが哲学であって、それ以外はただの屑に過ぎない、と僕が考えるようになったのもそういう経験からである。

ああ、それにしても、オレはオレで語り出すと、止まらない(笑

しかし自分は自分で、哲学を文学的にとらえ過ぎなんだろうなあ、とは自覚している。

ああ、中国

とある大学で聞いたんだけど、ある中国人の先生が入ってきたら、その人の論文の引用数がその大学で断トツに高く、表彰されたそうだ。で、その人のその年の研究発表リストが大学のホームページに掲載されて、それを見たら、10人ぐらいの中国人研究者が相互リンクして大量に投稿していて、その数が、明らかにほかのふつうの研究者の発表数とバランスが取れていない(1人だけ20倍30倍の発表数)

そうなっちゃうと、論文数がすご―い、って感心するより、かえって中国の信用を失う結果になっているように見える、って言ってたな。僕もなんだかそう思う。その中国人先生も、少しセーブして最低でも自分が筆頭のペーパーだけを自分の大学では公表すればいいのに(もっともそれでも多い)、と思っちゃうな。

僕は、過去に日本に新しい文化を伝来してくれた中国、その昔には孔子が出た中国、仏教と儒教をベースにした高いモラルなど、中国をずっと尊敬してきたのだけど、昨今の中国には閉口することが多い。金と権力とクオリティを極限まで追求する浅ましい亡者に見えることが多くなってしまった。

世界のアカデミアもおそらくかなりの部分、中国人に支配されているんじゃないかと、なんとなく邪推してしまう。

ところで中国といえば、大学生のころ中国料理に魅せられてから、もう40年以上ずっと、作ったり、食ったり、調べたりしている。

僕が好きだったのは、中国料理は、それがいかに絶大な権力を持つ皇帝の料理由来の宮廷料理であっても、そこに消されることなく刻印されている中国庶民の感覚だった。どんなに贅を尽くした高級なものにも必ず付きまとう庶民感覚。それこそが、僕が心に抱き続けた中国文化の尊敬と憧れの対象そのものだった。

それは広大な土地に生きる無数の庶民の群れと、それを統治する絶大な権力の間に共有、共感された文化そのものの姿で、それが中国料理の膨大な世界にいちばんよく表れていると思った。

これは、一神教のもとに人民主導の民主主義というフレームワークに行き着いた西洋圏と鮮やかな対照を成していると思った。そういう意味で、「僕にとって中国料理は別格で、西洋思想と対をなすもの」だったのだ。

昨今の状況を見ていると、この僕が尊敬する中国文化が、だんだん見えなくなりつつある。もし中国が、明示的には毛沢東から始まる唯物論に完全に侵されてしまったとすると、これは恐ろしい。庶民にはいまだに共感されている形而上的な感覚が、権力中枢とエリートたちから遮断されてしまったとすると、おそらく彼らエリートたちは留まることを知らずに突き進むだろうと思う。

ただ、それでも、僕はときどき中国本土を訪れ、そのへんをほっつき歩いて場末で食って飲めば、変わらず執拗に維持された中国庶民感覚にいまも圧倒されるわけで、こういうものが無くなるはずがない、と確信する。

でも、中国上層の人々は、いま、もういちど、孔子や仏教の国だったことを思い出し、その強靭な庶民感覚を上層エリートの世界にもきちんと持ち込んで欲しい。

実は、以上の事情は、日本もほぼまったく同じである点、同じ東洋の国という気がする。