この前のジミヘン追悼ライブ、どうだった?

いやー、ガットギターでジミヘンを歌うって、実はやっててけっこう冷や汗ものだったよ

想像できるな

オレはどうも準備が悪くてさ、当日もえらく遅刻して、着いたらリハの時間は終わっててね、なんか悪くなっちゃってちょっとだけ音出しして、もう、これでいいっす、って音を追求しなかったんだよ、それもあったな

生ギターの弾き語りは意外と音作り難しいもんな、わかるよ。それにしても相変わらず詰めの甘いやつだな、おまえ

反省

でも、まあ、役目は果たしたってわけだよな

うん、なんだかんだで楽しかったよ

で、他のバンドは?

オレの前にひとつ、オレの後にひとつ、ジミヘンなんでちゃんと3ピースできちっとアレンジも音作りもやったバンドが出てきたよ。聞いてても、楽しかったな

いつものように終わったらすぐ帰ったのか? おまえ、だいたい、あんまりお客さんとか他のメンバーとかとコミュニケーションせずに、おざなりに挨拶して、「あ、どうもどうも、じゃ、また!」とか言って、だいたい逃げるようにすぐ帰っちゃうけど、あれは、なんで?

うん、なんでかな。元来がシャイだからかな。どうもオレは語り合う、ってのが苦手なのかな

いや、そんなことないだろ。ときどき堰を切ったように語ってること、あるぜ

そうそう、今回のジミヘンライブでは何のきっかけからだったか、ライブがはけたあと、終電ぎりぎりまで店に残って語り合ったんだぜ

へーえ、めずらしいこともあるもんだ、何を語ってたんだ? ジミヘンか?

いや、それがさ、音楽理論について論争

ははは、音楽理論か! しかもジミヘン追悼のあと、っていうのが意味深長だ

うん、彼、たしか最初に出たバンドのベーシストだったと思うんだ。30歳ぐらいかな? わかんないけどオレよりずっと若い。それで、最初は、ふだんはどんな音楽やってるの? みたいな話から始まってさ、それが音楽理論論争に発展して、ところどころ大声出して言い争ったぜ

おまえにしてはきわめて珍しいことだな。だいたいおまえは論争はもうしたくない、ってひたすら避けてただろ

そうなんだ、でも、まあ、そのときはたまたま成り行きかな。オレが論争を避けるのは、自分が論理的にものをしゃべれない、その能力不足から来てるんだけどね。そのせいで、論争してると自分にまで腹が立ってきて、もういい、って思って途中でやめちゃうんだよな

論理的にしゃべったり、書いたりするのは得意だけど、論理的に対話するのが苦手ってことだよな。まあ、おまえは短期的な頭脳回転が極端に遅いんだな、病気みたいなもんだ

うん。で、そのときはさ、そこそこに酔っ払ってせいもあって、心の中で、たまには冷静に論争というものを続けてみよう、と、ほとんど修行のような意味合いで、がんばって論争を続けてみたんだ

うまくいったのか?

だめだな。すぐに極端な、説得力のない物言いになっちゃって、相手を威圧するようにしゃべってしまって、はっと気がついて不自然に譲歩したり、さんざんだよ。それに較べてそのベースの彼の方は堂々として、たいしたものだったな。言い合いしながら相手がうらやましくなったりしたよ

で、音楽理論について何をしゃべったの?

あのね、彼、今回はジミヘンバンドサポートだけど、ふだんはジャズやフュージョン系の、いわゆるインプロヴィゼーション的な音楽を演奏してるんだって。それで、自然と、ジャズの音楽理論の話になったんじゃなかったっけな。あ、いや、ひょっとするとハナからフュージョン嫌いのオレが相手にからんだのかもな

でも、さいきん、おまえ、コーネル・デュプリーとか繰り返し、聞いてるじゃん

Teasin’だろ、あれは、いいな~

ゲンキンなやつだ。まあ、デュプリーはブルースギタリストだからな

うん。ま、それはともかく、彼はね、その音楽理論のテンションの構造について言うに、たとえばピアノが鳴らしたあるコード、ベースが弾いたあるノート、ギターが弾いたあるノート、といったものの相互関係というのは音楽理論的にいかようにも解釈できるわけで、その点において制限と言えそうなものはない、と言ったんだよ

まあ、そりゃそうだ。テンション構造とか、コード進行のムーブメントとか、いろんな解釈が理論上可能なのは理論というものの性質上、そうなる

うん、それで彼いわく、その解釈の仕方が一通りどころか何種類もあり、それがプレイヤーによって異なるので、おそらくはほぼ無限に近い組み合わせが、プレイのそのときそのときに現れる。それが、一種の、無限の可能性となってプレイヤーを刺激して、その場で音楽を作り出す原動力になる、それがインプロヴィゼーションの醍醐味だ、みたいな、そういう風に言うんだ

なんだ、その通りじゃないか、なんの異論も、ないぜ

だから、プレイヤーが理論に精通すればするほど、インプロヴィゼーションの密度は高くなる。あと、彼いわく、ジャズ、フュージョンを演奏していて何が楽しいって、演奏しながらプレイヤー同士が、音の解釈についてリアルタイムでコミュニケーションする、そのスリルだっていうんだ。お、あいつ、オレのこのノートをナチュラル11thで解釈しやがったか、そう来たか、じゃ、オレはIII7にいったん逃げだ、とかなんとか、あ、いや、これ、デタラメ言ってるんだけど

楽しそうじゃん。 ま、おまえには、無理な芸当だな、ははは

うん、II-Vもロクにできないオレにとっては、嫉妬の対象かもな、ははは

で、嫉妬して食ってかかったのか、性格悪いな

いやいや、さすがにオレもこの歳なんで、嫉妬ってことはなくってさ、ただ、そういうのを聞いていて「音楽理論の上でのインプロヴィゼーション」、という構図に、気に食わなくなってきたんだよ。それで、彼のそういう説明にいちいち難癖つけはじめたの。そしたらしまいに論争になって、ところどころ言い合いになって、二人とも酔っ払ってるので、声はでかくなるし、周りには迷惑だっただろうな~

なんだ、やっぱり性格悪いじゃん。でも、ところでどういう難癖をつけたんだ?

オレは、理論理論っていうけど、理論が万能か? とかそんなこと言った気がするな。そしたら、彼、もちろん万能なはずはない、って答えたよ。で、じゃあ、どこが万能じゃないんだ? ってね。そしたら、理論で説明できないものは今でも山のようにあるが、それは理論の整備がまだまだだ、ということで、理論自体は次々と拡張されて行き、より大きくて、より有用なものになるはずだ、みたいに言った気がするな。 まあ、いまとなっちゃあ、正確に覚えてないので、もし、いま彼がこれを聞いたら、俺はそんなこと言ってない! とか怒るかもしれないけど、まあ、勘弁ね

ふーむ、彼のそれは、きわめて正論だし、なんら難癖をつけるところは、ないな

そうなんだ。で、オレは、それが気に入らなかったんだよ

まあ、おまえらしいな。おまえ昨日、なんか本読んでて、その中で、「難点がないのが難点だ」って言葉を見つけて独りで喜んでてただろ、駅のホームで

お、さすが、おまえはオレだな、よくご存知で。で、オレは、あっという間に論理をすりかえて、理論ってのが発展し続けることは賛成するけど、その当の理論では絶対に到達できもしないし、説明できもしない、原理的に言って理論で説明不可能な「もの」ってのがあるはずだろう、ってからんだわけだ

論理学かなんかにすりかえたんだな? あのさ、音楽理論って「理論」という言葉はついているけど、論理学や数学でいうところの「理論」とはかなり趣が違うと思うぜ。で、彼は何て言ったの?

うん、彼は、説明できないものはあるのは当然のことだけど、やがては説明できるようになるかもしれないし、それはどっちとも断言できない、って言ったっけな、忘れた。でも、彼は、また音楽理論にちゃんと立ち戻って、音楽理論の論争に軌道修正したよ

よし、えらいヤツだ。論争っていうのはそうじゃなくちゃ。おまえみたいに気に入らないとすぐに論点のすりかえをするのは、おい、こら、言語道断だぞ。

うーん、オレとしては単にすりかえってだけじゃなくて、彼には見落としがある、って感じたんだけどな。それをきちっと言う前に、いきなり論理学の不完全性なんていうことに話を飛ばしちゃうから、いけないんだな

そのとおり。で、お前はたぶん、黒人音楽や民族音楽の「魂」みたいなものを想定してたんだろ

ああ、この場合、特に彼が持ち出したのが「ジャズの音楽理論」だったんでね、余計に、その「ジャズ」を成立させている魂がオレの頭を直撃したってわけだ

でもさあ、おまえ、音楽について「音より魂だ」って言う人たちを、ものすごく忌み嫌ってなかったか? 矛盾してないか?

いや、そのとおりだけど、オレは音楽は音でも魂でもなく「型」だって思ってるんだよ。だから、もちろん、そのときも「魂」なんていう怪しげな言葉は一度も使わなかったぜ、そんなこと言ったら元も子もないもんな。なので、その「魂」が言葉を、音を、そして音楽を発するときに最初に自ら作り出す「型」について言ったはずだよ

それは、あれか、ロバートジョンソンが一見音痴だ、とか、ジミーペイジは一見、あ、いや、明らかにギターがど下手だが最高だ、とか、クラプトンは裏で魂をすりかえたせいでいくらブルースやってもダメだ、とか、そういうことか

まあ、そういうことだ。おまえの言ってる例もずいぶん語弊があるがな、ははは。 それで、その「型」については音楽理論は無力だろう? みたいに話を運んだ気もする。でも、ちょっと忘れた

なるほどね、でもそういう魂的な問題だってやがては音楽理論に吸収できるかもしれない、って考えても罪はないと思うがな

そりゃ、そうさ。彼だって、音楽理論ていうのは結局は後付けですから、って言ってたし。 でもなあ、こと音楽の魂みたいなものが関わっちゃうと、理論構築は困難を極める、ってか、無理じゃないか? それこそ「公理」から考え直さないと吸収できないだろ。あと、魂っていうのは現世に現れたとたん、動き始めて決して止まることがないからな。つまり諸行無常の「流れ」になってしまうからな、理論っていう「姿」と、オレは相容れないと思うな

哲学に走ったな。また論理のすり替えをやってやがる

ごめんごめん、止めよう。あ、そう、あとオレはこんな風にもからんだぞ。あなたのいう音楽理論のルーツはなんだ? ジャズ? いやいや、テンションだコードだという概念をベースにするからには、それは西洋音楽だよな、バッハあたりがそのベースになった音楽理論だよね? それじゃ、その適用範囲は目に見えてないか? とか、言った

いきなり本質論か。それもあんまり性格のいいやり方じゃ、ないな

あと、こんな一幕もあった。彼がこういったんだ。たとえばベースがCを弾いたとするでしょ? で、そのときの楽曲のキーもC、それでせーので演奏始めたときギターがC#のコードをジャーンと弾いたとしても、その音は音楽理論で解釈できますよね、テンションとして。と言ったわけだ。それで、オレ即座に、それは理論とは言わない! って言ったっけな

そりゃ、微妙だな。理論で解釈できるのは本当だが、そのときのプレイヤーの心いかんだな。その是非は

まあ、オレとしては実践で有用じゃない音楽理論なんかいじくりり回してもムダだろう、というていどだったんだが、この点は、いまでは彼が正しいと思うな。そういう理論解釈から新しい世界だって生まれないとも限らないからね

さて、いい加減にきりをつけろよ

ああ、結局ね、議論は平行線だったんだよ、最後まで。彼は、音楽理論には限界はなく発展し続け、そしてそれをみなが共有することで音楽を進歩させることができる、といい続けていて、オレは、音楽理論には明らかな限界があって、新しい音楽を創造する源にはならない、といい続けてた、ってことかな

とすると、音楽理論について、彼はそのいいところを、おまえはその悪いところを、お互いに主張し合ってたってことで、そりゃ平行線だわな

うん、でも、オレたちたぶんたっぷり1時間はしゃべってたと思うんだけど、ああいうの久々でなんかすごく楽しかったよ。ただ、調子に乗って飲みすぎたけどね

ごくろうさん!

ところで、おまえが最初に言ってた、ジミヘン追悼と音楽理論っていう組み合わせが意味深長だ、ってのはどういう意味だ

いやー、それを話すとまた長くなるからしないけど、ジミヘンほど音楽理論を無視した独自の音を作った人もいないと思うんでね。しかも、巨大なブルースの魂を秘めていて、そのエネルギーを使って当時のブルース自体を否定して進化させて、しかも音楽理論すら塗り替えてしまった、っていう風にオレには見えるんでね

ふーむ、分かったような分かんないような

ま、この話はあとな。ただ、彼が死んで41年たったけど、ジミヘンという爆弾があのときに爆発させた音楽そのものの革新性をそのままの形で継承発展した人はすごく少なかったな

うー、なんかよくわからん

いや、すまん! おい、そろそろ時間じゃないか?

お、そうだそうだ、今日はこれから音楽仲間とBBQだもんな、楽器持ち寄ってさ

いやー、楽しそうだなー

そのときにジミヘンの話の続きでも、するか?

あ、いや、面倒だから、いいや。食って、飲んで、演奏するだけで、じゅうぶん

そうだな、そうしよう!



新どうでもいいこと7