よう、1年ぶりだな

ああ。元気?

元気とはいえないな。とてもとても

毎年おなじだな。それでも毎年、こうやってしゃべってると、いつも少しずつは元気になっていってるみたいだがな

だからやってるんだしな、こんなこと

それにしてもだいぶ参ってますなー

そうなんだよ、オレね、そろそろ来年ぐらいが限界じゃないかって思えてきてね、最近

だんだんやばくなってとうとう限界点に達したと

ま、そんな感じなんだが、もういくらなんでもスウェーデン生活、っていうか外国生活は潮時かなって思うよ

とはいえ、今年になって、いよいよ、少しは土地の人とソーシャライズしないと、って感じで、いろんなスウェーデンの家に呼ばれたり、パーティーに出たり、バースデーイベントに出たり、いろいろしたけどな

ああ、バラライカオーケストラのせいもあって、いろいろ出入りはした。で、こっちはベースが鬱なもんで、そういうとこ出て、楽しみはするけど、なんか余計に合わねえなー、って思っちゃったな

どこが

なんていうかなー。オレねえ、つくづく思ったけど、日本人って明るいよ。あんなに暗いニュースばっかり伝わってるけど、基本、あの国はやっぱり南国だよ

ああ、わかるよ。スウェーデン人って、はっきりいって、暗いな

そうなんだよ、暗いんだよ。この前もさあ、スウェーデン人の二人が遊びに来たじゃん。で、こっちもこっちで、ヨーロッパ風に部屋をやけに暗くして迎えたせいもあるのかしらんけど、まあ、なんか話もノリも暗い暗い

日本でお客ってさあ、少なくともオレたちの場合、まず「こんにちわー!」って玄関入って、すぐ食卓に付いて、そうすると食い物がだーって出て、ビールや酒がバンバン出て、だからさー、それがさー、って下らん話して、呑みまくって、じゃ、カラオケ行きましょー!とか言ってタクシー呼んで、深夜まで歌いまくって、って感じじゃん

そーなんだよ、それがさー、こっちは、なんか玄関で挨拶して、立ったままどーでもいい世間話の交換を15分ぐらいやって、一向に座る気配なし。ようやく座ったか、っていうと、言語の話とか産業の話とか政治の話とか環境の話とか糞つまらない仕事みたいな話して、ロクに食いも飲みもしないで、えらく静かにまったりして、そんで帰るときも、席立ってから、おまえらいったいいつ帰るんだよ、ってくらい世間話を20分ぐらいして、ようやく帰るだろ

ドア閉めた後、よーやく帰ったか、って毎回思うよ。オレが客のときは、ようやく家出れたよ、みたいな

結局、ぜーんぜん酒飲まないしな。まあ、オレたちの付き合いが社会上層なせいだろうけど、酒飲まない、煙草吸わない、肉食わない、騒がない。そんなのばっか。

安定した過ごしやすいいい国といい人々なことは認めるが、東京から来たオレらには暗くて退屈過ぎ

しかしどうもいけませんな。愚痴が長過ぎ

だろ。限界だって証拠だよ

で、おまえ、これからどーすんの?

まず、仕事量は減らすよ。100%を80%、あるいは50%にしちゃうかも。60歳過ぎてると、仕事50%でもサラリー80%くれるらしいし、ホントかよって思うけど

そういうところはスウェーデン、最高だな

ああ、そういうところだけね。で、それを利用してとりあえず半年スウェーデン、半年日本って生活にシフトすると

なるほどね。それにしても、おまえ、今回ばかりはホントに参ってるらしいな

え、いまさらなんで?

このどうでもいいことでそんな現実的な話が出たの、これが初めてじゃないか

そうだっけ? そうかな。そっか、そうかもな

あんた大丈夫なの?

大丈夫じゃない。オレが酒に強かったら確実にアル中になってたよ。でも、さいきんアルコール飲むと体調が悪くてねえ、歳のせいだろうが

ああ。そのおかげでバカ飲みできないせいでアル中はまぬがれてるが、酒がないと耐えられない生活ともいうな

さてと、ちょっと気を取り直して、スウェーデンでさいきんあったいい話でもすっか

そうしろや

このまえ、あれは12月に入ったばかりのとき、ハンスのうちにお呼ばれしたじゃん。そのときの話

ハンスのおもてなし料理はすごいからなあ。7年間ここにいて、オレたちの食った料理で最高の料理は、ハンスの手料理だった、ってぐらいの腕前。あれには心底参る

うん、ハンスはねえ、あの人は、古き良きヨーロッパを体現したような人だな

もっともスティーブンは、仕事でいちどハンスに裏切られて、ハンスは二度と信じないって言ってたけどな

うん、そういう悪いところも含めて、古きヨーロッパだよ、あの人は

今回の料理も酒も最高だったな

うん、ホントに最高だった。濃厚なキノコのスープ、ジビエ肉のシチュー、特別な手作りコンポートとアイスクリーム、どれも絶品だった。あと、イタリアで買ったんだかもらったんだかの特別な年代物の赤ワインのあれ、どうよ

正直ね、オレ、あれ以上の赤ワインって飲んだことないよ。高いワインはレストランとかでいろいろ飲んだが、あれは特別だ。あんなにさわやかな、雑味のまったくない、でも、深い深い香りのワインは初めてだ。完璧とは、あのことだ

だよな。ディナーは素晴らしかったが、そのあと、食後酒のグラッパを飲みながら、ふと、生物学だか植物学だかの話になった。そのことなんだけどね

うん。あのときはミカエルがいて、彼がいろいろ話を振ってくれて助かったっけ

で、ほら、ミカエルがハンスに、改めて、って感じで聞いたじゃん。この植物学の本の中でたった一種類の植物の種についてひたすら研究している研究者っていますよね。ハンスに聞きたいんだけど、その彼らの追及のモチベーションって何だと思いますか? ってね、聞いたんだ

うん、そうしたらハンスが答えたと

そう。彼、しばらく考えて「それは誰かがそれをしなければいけないだろう?」と答えた

Because that's something that has to be done by somebodyって言ったんだっけ

なんかちょっと違う気がするけど、まあ、そうだ。そのハンスの答えを聞いてね、実はオレは一人で瞬間的に陶然としたよ

わかるよ。それって、オレたちがその昔憧れた古いヨーロッパの魂の大切な部分だもんな

そうそう。それをオレたちはヨーロッパに7年も住みながらずっと忘れてたな、ってね

あれはオレたちが30代のときだったな。朝から晩までヨーロッパ芸術一色に染まってたっけ。そのころのアイドルの一人が澁澤龍彦、だった

澁澤さんは基本、ヨーロッパの博物学系。それをオレはずっと忘れていたな、ってね。論理と演繹でできた物質科学ばかりを相手にして、オレはそれをずっと攻撃していた。でも、科学は博物学分類学的な側面があって、それがあって初めてその両輪が揃うんだ、ってこと、すっかり頭から抜け落ちてたよ

ハンスはそのあと、なんていったの?

うん、いろいろ、そういう研究の例を見せてくれたよ、本をいろいろ持ってきて。その中の一冊に、「sk」だかなんだか忘れたけど、そのたった2文字について10年以上研究して書いた本があって、それについて説明してくれたっけ

でもさあ、ハンスはもう70歳過ぎだろう? 結局、ヨーロッパの本場だって、そういうものが急速に失われてるんじゃないの? 古き良き日本が失われつつあるように

そうかもな。オレらの職場にいる何人かの若めのヨーロッパ人なんか、なんかぜんぜんダメだしな。よくしゃべるだけで、平板で、たいした見識もなく、弁が立つだけだったり、たいしたことないしな

っていうか、それを通り越して嫌悪なんだろ、お前の場合

まあな。でも、彼らの議論も言葉のせいで半分ぐらいしかフォローできないから、辛いところだ

まあ、仕方ない。そういう意味でも、母国へ帰るんだな

それにしても、今年のどうでもいいことは、だいぶお堅いですな

お前のせいだろ

まーねー

なんか気楽な話はないのか

無い。ホントに無い。お前の方は無いのか

ま、俺たちしょせん一人だし、お前が無ければオレも無い。でも、そうねえ。音楽ネタでなんかなかったっけかな

音楽で思い出したけど、今年はK君と仲たがいしたな。あれ、音楽がらみじゃなかったっけ。FBのフレンド切ったやつ。オレたち、FBで自分からフレンド申請したことないし、向こうから来たやつだけ承認して適当にSNSやってるから、いちいちフレンド切ったりしないじゃん。だから珍しい

あ、それで思い出した、K君だけじゃないよ、そのまえにKTさんのフレンド切ったじゃん

あ、そうだそうだ。まったくいい歳して喧嘩なんかしちゃって、よくやるよ

ずっと音信不通だったのに、なぜか今年の夏の前に仲直りして、ライブで再会したけど、あれがあだになったな。向こうは毛頭そう思わなかっただろうが、オレの方が彼の言葉が説教に聞こえたせいで反発したら、先方酔っ払って、ひでーこと言ったから、フレンド切ってやった

ま、潮時ってやつでしょう。スウェーデンが潮時と同じようなもの

K君はなんだっけな。考えたらギターの話じゃないな。たぶん政治の話だろうな。あいつ、安倍寄りだからなあ。オレがなんか言ったら、やつもなんか言って、それが頭来た。あいつ、低姿勢で腰が低いくせに、ときどき実に気にさわる言葉遣いで書いてくるんだよな

でも、まあ、K君の場合はFBで切れただけで、リアルでまたどっかの演奏会で会うだろうな

それは、別に、いい。オレの方がギターうまいし

ははは! でもさあ、これでK君の方がギターうまかったら、悔しくない? 

別にー あいつの方がうまいジャンルはあるだろうよ。でも、まあ、負ける気がしないね

ずいぶん自信あるんだな

K君とオレがギターくらべなんて、まあ、たいしたレベルじゃないから、自信もへったくれもないよ、低級

でも、ギターをうまく弾く、歌をうまく歌う、って重要だよなあ。それがあって初めてオレたちのロバート・ジョンソンの分析もあるんだしなあ

そーいうこと。それがなけりゃただの頭でっかちの何不自由ない学者の仕事だよ

それにしても、どうもうまくオチが付かないな。酒もほとんど飲んでないし、そのせいかもな。まだ30日だし、明日続きやろうか

でも、もう、だいぶ長いぜ。それに明日は人んちへ呼ばれちゃったから、行くんだろ?

ああ、めんどくせえなあ、心底。仕方ないが。しかも酒抜きだしな。いったい何するんだろ?

品行方正なスウェーデンの年越し、と

ま、とにかく、このへんにしとこう。気が向いたら再開な

わかった

(中座)

どう? もう31日の大晦日。少しは気が晴れたか?

あんまり変わらないな。さっき散歩へ行ってきて、今日は珍しく晴れてるし、さばさばしたけどね

大晦日の夜の今日もまたソーシャライズしにいかないと行けないしな

そうだよ、めんどうだよ。大晦日と元旦は家にこもって酒呑んでおせち食ってまったりする日。じゃなければライブバーとかでカウントダウンライブで演奏してる日、って思うけどな。こんな田舎じゃ仕方ない

こっちの人、ソーシャライズ好きだな。ソーシャライズと家族がすべてなんだな、ヨーロッパって。日本はだいぶ違うね。それを思い知りました、ってことか

うん、もう合わせるの無理。あと定年までの5年で年季明けだが、来年は、ぜったいにその一歩を踏み出すことにしよう。それが新年の抱負だ

これまでは、新年の希望とか予定とか、いっさいなかったオレたちだが、とうとう来たか

とはいえ、それまでの間は、せいぜいソーシャライズもして、欧風に暮らそうじゃないの。バラライカオーケストラでも交友してるしさ。このくそ寒い北国でそれってちゃんとやらないと鬱病になるしな。で、鬱病になったら、抱負どおり行動するエネルギーが無くなって、いつまでたっても南国へ戻れないからな

ま、がんばりましょ

ところで、毎年聞いてることだが、来年の2020年って、なにか特殊性はあると思うか?

そーねー あんまりピンとこないな。ちょっと前までは年が変わるたびになにかが待っている、と感じたものだが、2020年にはなにもないな。激動の年は2、3年前にすでに終わっていて、俺たちはもう新しい時代に住んでいる、って感じがあるな

そうか、そんな感じだな、だからあまり感慨もないと

年が変わっても関係ない、って感じ。だから、新しい時代に何をするか、だな

で、オレたちはとりあえずここを脱出すると

そうしましょ。なんとかなるだろ

しかし、今年のどうでもいいことは、どうにも不調な会話になってしまったが、それもまあ、いい。来年は少し現実的になるんだな。きっとそういう年だよ

それに、そういう歳でもあるしな

じゃあ、客に呼ばれる前に、元旦の食いもののおでんでも仕込んでおこう

で、元旦にはそれで酒呑んでまったりするわけね

そう。じゃ、キッチンへ降りるか

そうしようぜ



新どうでもいいこと29