ようやく少しは心が落ち着いたみたいだな

ああ、ある意味、だいぶ落ち着いた、と言っていいかも

でも、そのわりには、浮かない顔してるじゃないか

うん、それはね、問題がひとつ片付きそうなのと同時に、今度はそのせいで新しく大変なことをやらないといけなくなってさ、考えてみるとそれで帳消しってところだ

何のこと言ってるか言っておいたら? ここクローズドだし

うん、この前スウェーデンへ行って、それでお仕事のオファーを受けたんだ。これでようやく正規の肩書きが手に入りそうで一安心というわけ

おめでとう!

まあ、まだ確率的には80パーセントってところだけどね。日本語でいえば内々定ぐらいかな。まだ正式に決まるまでいくつもハードルがあるんだ。途中でダメになったら何となく恥ずかしいから詳しくは言うの止めとくよ

で、今度は、その当のお仕事のプレッシャーがのしかかってきた、ってことね?

そうなんだけど、でも、決まるまであと半年ぐらいは猶予がありそうだから、あんまり先のこと考えて不安になるのはやめるようにしてるんだ。だって、心配したって仕方ないもんな

でもさ、そのお仕事って別に終身じゃないだろ、契約だろ? そんなんだったら今と同じじゃん。今だっておまえ契約で仕事しておカネもらってるからたいした違いはないはずだけどな

ああ、オレもそれは、そう思ったよ。なのにほっとした、というのはね、これはきっと社会的肩書きを正式に手に入れられる、ってことへの安心感だろうな。われながら、社会的タイトルがないと心が安定できないっていうのはちょっと情けないよ

ブルースマンをきどることは、できない、と

そうだよ、ブルースはもともと社会的地位の最下層から生まれた音楽だからな、それを演っている人間が地位がないと辛いって感じるのは、やっぱり、ヘンだな

でもさ、まあブルースはおいておいても、おまえ、これまで地位を手に入れるチャンスはいくらでもあったはずだろう

そうなんだよ。大企業の上の方でエライ人になって、たくさんの部下の上に立って大きな事業を推進、とかできるチャンスは何度かあったんだけど、全部、自分から蹴ってしまったんだ。それも、さしたる理由もなしで。まあ、理由については、世間知らず、っていうのが一番大きかったけどね

無知ほど怖いものはない、ってやつか

ああ、でも、無知の状態でなにか道を選択しろ、っていう局面になったときって、無知ゆえに目先の理由で選ぶわけで、それで大局を見落として失敗するだろ?

よくある話だな

でも、その目先の理由ってのはそんなに大切なものかっていうとそれほどでもなかったりする。今、この現在、その目先の理由で選んだ当時の自分のことを思い出してみると、結局、なにか大きなものから逃げたくて、そのせいで目先の利益に走って大きなものと別の道を選んでしまった、という感じを思い出せるな

わかった、わかった、なんだか話が面倒だし、クソマジメだし、もうやめようぜ

ああ

まあ、いいじゃん、これからなんかいいことがありそうなんだからさ

まあな

それにしても、おまえの話を聞いていると、やっぱりさ、たとえばお前の、そのブルースやなんや、とかいう趣向が人生を邪魔してるみたいに見えるな

おい、こら、止めるって言っただろうが

うん、もうちょっとおまえの心を切り刻んでやるよ

ははは

だってさ、かたや、社会でエライ人になれないことを辛く感じて、順当に上っていった人間に劣等感を感じたり、してるんだろ? で、かたや、やれブルースだ、料理だ、ってそういうものとはおよそ遠いものを一生懸命やってるって、なんかヘンじゃないか

劣等感ね~ 自分には、幸い、妬みという感情はないみたいだから、順当に上に上がって行く人を見て妬みは感じないけど、なんというんだろう、劣等感ともちょっと違うしな、とにかく、なんか「あーあ、オレは失敗しちゃったな」っていう気持ちを持っちゃうことがずいぶんあるよ

要は、後悔ね。カワイソーなやつだのお、ははは

社会を変えたいとするだろ? そのときは、まあ、99パーセントの場合、エラくなってからだな。エラくない状態で何らかイノベーションでもって変えられるのはまあ、1パーセント以下ぐらいかな。天才の部類に入るかな、それは。ふつうは、エラくなって、人を動かして、カネを使って、社会を変えるのさ

あたりまえじゃん、そんなの

それがわかんなかったわけ

アホよね~

ま、今となっては笑い話ですませることに、しような

ああ、それがいいよ。精神衛生上、よくないよ

まあ、そうなんだけど、やっぱりオレの場合、ブルースとドストエフスキー、そしてゴッホみたいなのは、どうもそれら自分の人生選択においては、元凶ってことになりそうだな

そのせいで、おまえがいつか言ってた、「若者に考えなしに芸術作品を与えない方がいい、それは特に爆弾のように作用することがある」、ってことになるわけか

そのとおり

でも、まあ、コレも人生、アレも人生、さ

そうだな、このまま書いてたら終わらないから、このへんで止めようぜ

自分のことを話しだすと、長くなるよな、ホント。よほど自分がかわいいのか、好きなのか、ナルシストなのか、ペシミストなのか、分析好きなのか

これまた、もう53にもなると、自分がいったいそのうちのどれなんだか分からなくなるよ。カラマーゾフの兄弟の前半に、ミーチャとアリョーシャが裏庭の鬱蒼とした草木の中にある古びた東屋でたった二人で酒壜を真ん中に置いて語り合うシーンがあるだろ? あれさ、ほとんど大半がミーチャの独白なんだよ

火をふくような心の懺悔、の章、だな?

ああ、あの、ほとんど無闇にあたりかまわず発散するエネルギーの塊、で、そのミーチャの発散するエネルギーを受けて周りに生え放題に生えている、木苺や、スグリや、菩提樹や、蔦や、何やらが生き生きと渦巻いてざわめくんだよ、まるでゴッホが描いた捩れ渦巻く草木の風景のようにさ。若いオレは、その様子に一発でやられてしまい、その後遺症が53まで続いてる

おい、こら、もう話、止めるんじゃなかったのか

うん、わかったわかった、さっきカミさんが、「お風呂入ったわよ、早く入らないとさめちゃうよ」、って言ってたしな

ははは、庶民的だな~ これが、現実

さてと、今日はレバニラ炒め作るんだったっけな

そうそう、レバー料理なんて、久しぶりじゃないか

で、例によってクックパッドに載せると

そうしてくれ、はやく風呂入れよ

さめちゃうからな!

うん!



新どうでもいいこと12