さっき自分のホームページの古いページ見てたらさ、「どうでもいいこと」、ってページがあってさ
ああ
それで、「どうでもいいことは真面目な文にするのがめんどくさいので対談ものにする」とか書いてあって、笑ったよ
なるほど、お前がまだ自信満々だった若いころの文だな?
ああ、世間知らずっていうか、世間なんぞ知りたくもないっていうか、そういうころだな、たしか30ぐらいだろ
それでそのどうでもいいことには何が書いてあるんだ?
それが、まあ、クソまじめなことが書いてあってさ、とてもとても「どうでもいい」とは言いがたいことばかり書いてあったな。ヨーロッパ行きの飛行機の中であいもかわらず罪と罰を再読して涙の谷になったとか、なんとか
ふーん、でも、まあ、そのへんは今のお前もそうそうは変わってないぜ。お前、今朝だって、なにやら哲学の本かなんか読んで涙が出てきた、って言ってただろ
え、そうだっけ。それ、何の本だ? えーと、メルロ=ポンティか? なんだっけ。あ、いや、そうだ、違う。西行だ、そうだ、西行だ
西行の何で涙したんだよ
たしか、あの、ほら富士山の煙に消えて行くわが心がどうの、ってやつだよ。ぜんぜんちゃんと覚えてないんだが。悩んでいる自分の心が、まるで風になびく富士の山の煙のように行方知らず、っていう句だったよな、あれ
うん、あれはいい句だ、たしかに。それにしても、30のころのお前は西行なんか目もくれなかったから、ま、歳をとったってことだな
ところで、いましゃべってるお前は何者なんだ、え?
オレか。 オレはオマエじゃないか、見ろ、顔がそっくりうりふたつだろ
じゃ、これは独り言ってことか
そうだ
独り言なのに、なんで対話で書かないといけないんだ
そりゃ、お前、むかしの自信満々のお前に聞いてみるんだな。どうでもいいことは対談ものにしたいんだろ?
あ、そっか、それで思い出した。クソまじめなオレは対話以外の文章を書くときは、クソまじめに文を組み立てることを習慣にしていたから、そういうきちんと体裁の整った文を書くのが、「めんどくさい」んだったな
ということは、対談ならめんどくさくないってことだな
そりゃ、そうだ。たとえば、お前に何か外に向かって言いたいことがあったとしよう。それで、そのお題についてA4一枚の文章を書くのと、気心の知れた友だちにビール飲んでだらだらしゃべって言うのと、どっちがいいって、こりゃもう、圧倒的にビール駄弁だろ?
そりゃ、そうだ
だから対談調がいいんだよ、ラクじゃないか。まあ、いまオレはビールは飲んでいないが、これで飲んでればなおさらだな
たしかにな。それにしてもビール駄弁よりは少しめんどくさくないか? キーボード打つのってさ
ああ、まあな。そういえば昔、なんとかいうエッセイストがテレビに出ててさ、けっこう売れっ子なんで本人自身満々なんだよ。それで、彼はエッセイをワープロで書いてる。ま、当たり前なんだが。それで、インタビュワーが、物書きの人って原稿用紙に万年筆で書くっていうイメージがありますが、どうのこうのみたいなどうでもいい質問をしたんだよ
ああ、で?
そしたら、そのエッセイストが、「私は、書きたいことが心の中で次から次へと沸いてくるので、キーボードでタイプする速さじゃないと、その着想についていけないんですよ」って、なんとなく得意げに答えてた
わかった。それでお前はそのエッセイストを見て、なんて馬鹿なやつだ、って思ったんだろ
ああ、オマエはオレだからよく分かってるな、そのとおりだ。着想をリアルタイムで書き留めるなんてことは、誰かとビール飲みながらどうでもいい駄弁を弄しているのと正確にイコールだろうが。だから、こいつは、たいした物書きじゃないな、って思ったんだな。それを得意そうに言うに及んで、馬鹿馬鹿しいと、ま、唾棄したってわけだ
ははは、ようやくお前も、いま、少しだけ、以前の自信満々だったころのお前に戻ってるな、ま、いいことだよ。少しは毒舌を吐くことだ、それはきっと健康な証拠だよ
ああ、今のオレは精神健康とはほど遠い、っていうか、きわめて弱っているからな
お前の好きなニーチェがショーペンハウエルについて、たしか言ってたよな。ショーペンハウエルがいかに孤独で静かな厭世の哲学を語ろうが、彼とて、自身の思想の敵に対して侮蔑と怒りをもって書くときに、その本来の精神の健康を代謝している、みたいな、そんなこと言ってただろ?
でも、まあ、ああいうのは第一級の趣味があっての言葉だよ
さてと、たしかに対談ものはいくらでも書けるみたいだな
そう。くだんのエッセイストと、同じことだ。このへんでやめるか
ああ、そうしよう、もう11時過ぎたしな。こんなことやるヒマがあったら、寝てる方がマシだろ
そのとおりだが、なんか、これ、けっこうやってて気晴らしになるな。また明日もやってみようかな。やっていいか?
オレに許可を取ってどうする。オレは別にどっちでもいいよ
うん、じゃ、ちょっとやってみるか。実は、なんかね、セザンヌについて書いてみたいんだよ。あ、いや、駄弁してみたいんだよ
セザンヌか、唐突だな
今朝ぱらぱらめくってたメルロ=ポンティの解説本の中にセザンヌのサント・ビクトワール山が載っててね、それでちょっと
まあ、なんでもいいよ。書いて、いや、しゃべってみたらいいじゃないか
うん、そうするよ。 まあ、明日になったらわからんが
じゃ、歯みがいて、寝ることにしよう!
新どうでもいいこと1