俺とおまえは同じ人間だ。同じ人間が話し合っているところを人に見せてるって訳だ

その通りだ、ほれ見てみな、言葉使いから考え方までまるで同じで対立するところがない

ま、俺達は小説家にはなれないな、小説家は感覚的に多重人格である必要がある

ま、いいんじゃないの、なる気もないし

いや、俺はときどきほんとに小説を書いてみたいと思うときがあるよ

なんで?

まず卑近なところから行けば、俺の回りで起こり、そして俺が目撃するあらゆる下らない雑事を笑い飛ばしたくなるんだよ

なるほどな、つまり批判するとなると笑う根拠を書かざるを得ないからな

そう、それが面倒臭いのだ、この前ツァラトストラを眺めてたら、直観で掴んだものの理由をあとでいちいち詮索する必要を認めない人、って文句があったっけ。そうなりたいよ

いいか、俺はおまえと同一人物だから、今度は俺が言うぞ。ツァラトストラは当然雑人を寄せ付けない書だ。それで思い出したけど、昔友達と3人で飲んでてさ、Mという奴がSという奴に、孔子の論語はその教えを遂行する能力のある人間だけを対象としていて、民衆を対象に入れていない、と言ったんだよ

バカな奴だな、あたりまえじゃないか、全ての偉大な思想は民衆にとっては屁の役にもたたない、そんなもん読んだりしてるヒマがあるなら働いて金稼いで遊ぶべきだ

まあ、ちょっと待てよ。そのSって奴がさ、昔学生運動に手を出していて、革命思想がはやらなくなった後、おさだまりの連中のコース、つまり民衆相手の草の根的運動に走った奴なのだ

ああ、ああ、革命思想でいっぱいになった頭を持って民衆の生活の場にまで降りていって、その奢った頭で、あわれな民衆を感化しようとした奴等か、あいつらの強欲ぶりには我慢がならないよ

ほぼその通りだ、だからその論語でさ、民衆を対象に入れてないっていう批判で民衆と言っていたのはそういう人たちだ。なにせSはその頃、身体障害者の家かなにかでウンコの始末までしてたんだぜ、ふん、Sはエリートだよ、そしてそのせいでわざとそんなことをやってみる

もっとも長続きしないだろ、そんなこと

その通り、しばらくして彼は止めたよ、当然だ。しかしね、その仲間の中には本当にドロップアウトしてそれをライフワークにした奴もいる。そこで小説についてだがな、どんな下らない所、どんな低俗な所、どんな欺瞞的な所でも、そこでは何らかの生活が行われていて、それはいかに唾棄すべきものでも描写の対象に十分なり得る、といことだよ。おまえやってみたらどうだ

やだね、書いてる内に腹が立って先へ進まなくなる。ところでMはどうなったんだよ

いや、忘れてた、何でこんなこと思いだしたかっていうと、Mがその自説を述べたらな、これがSに絶大な称賛を持って受け入れられたのだ、当然だよ、Sはそういう欺瞞で生きたことがあるからだ。そしたらね、Mはその称賛の言葉が限りなく嬉しかったらしくてね、喜びを顔に出すまいと必死の努力をしながら言葉をつないでた、それが第3者から見るとおかしくてね

嘘付け、おかしいんじゃなくて嫌悪したんだろ、おまえは

バカやろう、おまえは俺だからな、話をマイルドにしようとする俺の気遣いがことごとく通用しないな、はっはっは。その通りだ、俺はそれを見てすぐに感じたよ、これは調教だってね。SはMにおいしいエサを与えて調教にかかっているのだ。

それで、あまり褒め過ぎず、あるレベルでぴしっと叱りつけるんだろ?はっはっは

そう、その通りだ、その後の会話もそんな感じだったよ、褒めたり叱ったりご苦労なこった

そうか、分かった、Sが下層民衆へ自ら入っていった、その理由は調教したかったからだろ。高級だけど奴隷じみた思想で民衆を感化しようとした、それ自体が既に調教の臭いがする。つまり連中は民衆の革命などと口では言っていながら、実は自分達も自分たちが支配する下層階級が欲しかったんだろ、どうしようもない欲求不満野郎共だ

待て待て、これをその手に人達に読まれたら大変かもよ、人非人呼ばわれされるかもしれないし、現実をもっと良く見ろだとかいう、おきまりのお叱りが来るかもよ

だから言っただろ、小説書いてみたいって。小説の中の登場人物が俺が言ったような事言うのは構わないだろ。あとでそいつを殺すか何かして文句が出ないようにしておけばいい

おまえさっき腹が立って書けないっていったじゃないか

まあな、忍耐力がないんだよ、俺には。これでやめようか、このままエスカレートするとタダでさえ少ない友達がどんどん減って行くかもしれない

いいじゃないか、そんなこと気にするガラかよ

ふん、まいいや



元祖どうでもいいこと9