定食屋はその名のとおり各種定食を揃えていて、いわゆるメシを食わせるところだが、これと特定できるはっきりした姿をなかなか定めがたい。今どきの東京では、三度のメシを食いに入れる店は無数にあり、そのバリエーションもさまざまなので、どの角度から分類するか悩むところである。
しかしながら、この「定食」という言葉に注目すると、なにかしら東京で古くから親しまれてきた定食のある決まったバリエーションというものはありそうである。そして、その定食を供給する定食屋の古い形というものも、まだかろうじて残っている。ここでも、やはり、「町の定食屋」とでも称したくなる店がその特色を保っているように思う。
昔から親しまれてきた定食には和風のもとと洋風のものがあるが、これらはすでに調理自体が入り交じっていたり、さらに一つの店舗で混在していたりするのが普通で、きれいに二つに分けることはできない。ここでは洋風のものは洋食屋の方でまとめるとして、主に和風の定食を出す店について紹介することにする。
町の定食屋
先にも書いたとおり、定食屋というまとまった店舗を示すのは少し無理があり、むしろ、定食という「食」の方を切り口に紹介した方が実態に合っているかもしれない。しかしながら、変哲ない小さい町を歩くと、ああこれが定食屋だな、と思える店が存在していることに気づくことが多い。
写真の店はその一つである。いわゆる昭和の昔では「定食屋」とか、あるいは単に「食堂」とか称する店は確かにあって、ここなどはその名残りと言えるだろう。店舗の外装も内装も特に特徴はなく、全体に素人っぽい感じがある。外装ではプラスチックサンプルがあることもあるし、店外にそして店内の壁に、本日のランチそのほかのアナウンスをべたべた貼っていることが多く、基本、すべてが実用一点張りな感じが特徴であろう。
定食メニュー
以下は典型的な和食系の定食屋メニューである。以下のメニューではおかずについて説明しており、これに、ご飯、味噌汁、お新香が付いて供給される。
焼き魚定食 | 和風の定番の焼き魚。塩を振って焼き、大根おろしを沿える。好みで食卓で醤油をかけて食べる。季節の魚を何種類か揃えていて選ばせることが多い。アジ、サバ、サンマ、シャケなど。 |
煮魚定食 | 醤油と砂糖に生姜を加え甘辛く煮た魚。カレイ、ブリなど。特になぜだかサバについては「サバの味噌煮」という味噌を加えて煮たものが非常にポピュラーである。 |
フライ定食 | アジ、キスなどの魚にパン粉をまぶして揚げたもの。魚のほか、イカ、エビなどのフライもあり。タルタルソース(ゆで卵とマヨネーズを合わせて作ったソース)が付くこともある。付け合せはキャベツの千切りをはじめ生野菜が多い。好みで卓上のソース(ウスターソースやとんかつソース)などをかけて食べる。 |
コロッケ定食 | コロッケ。付け合せはフライと同様。好みで卓上のソースをかけて食べる。 |
唐揚げ定食 | 鶏肉を一口大に切り、醤油、酒などで下味をつけ小麦粉や片栗粉をまぶして揚げたもの。付け合せはやはりフライと同様。 |
とんかつ定食 | 豚肉の切り身にパン粉をまぶして揚げたもの。このとんかつについては独立した料理として専門店が存在する。 |
ショウガ焼き定食 | 豚肉の薄切りにおろし生姜、醤油、酒などで味をつけ、これをフライパンで焼いたもの。 |
焼肉定食 | 豚肉や牛肉の薄切りに韓国料理の焼肉のタレをまぶし、フライパンで焼いたもの。ネイティブ韓国料理としてはプルコギに相当するが、定食屋の焼肉にその意識はなく、日本式焼肉の醤油ダレで焼いた肉、というていど。 |
豚汁定食 | 味噌汁の代わりに具だくさんの豚汁がどんぶり一杯付き、これで飯を食べる。豚汁の具は、豚肉、大根、にんじん、ごぼう、豆腐、こんにゃくなど。 |
これが定食屋で出される焼き魚定食の一般的な姿である。写真はサバの塩焼きで、右下に大根おろしがついている。ご飯はどんぶり飯で、お新香は大根と青菜の浅漬け、手前にポテトサラダがついている。このように、おかず、ご飯、味噌汁、お新香を基本として、これに小鉢(補助的な食べもの)が付くことも多い。
これはアジフライ定食。生アジを開いてパン粉をつけて揚げている。このようにフライ系には付け合せにキャベツの千切りを使うことが多い。とんかつや唐揚げ、焼肉もしかりであるが、一般に揚げものにキャベツの千切りは定番である。しかし理由はよく分からない。この写真では加えてトマトが付いている。フライや唐揚げは和風の料理ではなく外来の料理という感覚があり、そのせいでこれにサラダを合わせるという発想が生まれ、それで生野菜をつけるのかもしれないが、定かではない。
小鉢
先の焼き魚定食にもついていた小鉢についてである。わりとどこの定食屋でも定食に小鉢をつけている。小鉢の料理はいわゆる家庭料理的なものが多く、その内容はふつうその日その日の仕入れによって変えていることが多い。以下は小鉢で出てくる料理をざっとまとめたものである。
きんぴらごぼう | ごぼうとニンジンを細切りにし、醤油、砂糖、唐辛子粉などで炒りつけたもの |
野菜煮 | 各種野菜を角切りにし、醤油、砂糖、酒、かつおだしで煮たもの。具は大根、ニンジン、ごぼう、レンコン、こんにゃく、絹さやなど。 |
切り干し大根 | 大根を細切りにして干したものを戻して、醤油とダシで煮たもの。 |
ひじき | ひじきを戻し、油揚げなどと醤油、みりん、ダシで煮たもの。ひじきは海草の一種。 |
青菜の煮浸し | 小松菜と油揚げを醤油とダシで煮立てそのまま汁に浸したもの。 |
冷奴 | 豆腐を角切りにし、みじん切りのネギ、おろし生姜、かつお節を乗せたもの。卓上の醤油をかけて食う。 |
魚の南蛮漬け | 小魚に衣をつけて揚げ、これを玉葱などと共に甘酢に漬けたもの。 |
肉じゃが | 豚肉とジャガイモとこんにゃくなどを醤油と砂糖とダシで煮たもの。 |
マカロニサラダ | ゆでたマカロニ、キュウリなどをマヨネーズで合えた冷たい料理。ゆでたじゃがいもを潰して加えてポテトサラダとして出すこともある。 |
わかめ酢 | わかめとキュウリなどを酢と砂糖などに漬けた酢の物。 |
定食メニューのメインのおかずにはならないものが小鉢扱いされるが、そもそもこれらはおかずとしてご飯と味噌汁につけて食事としてもよいものばかりである。昭和の古い定食屋では、これら小鉢の料理が大皿に盛って店内に並べられていて、その中から自分の好きなものを選んでご飯と味噌汁をつけて食事する、という形態の店がけっこうあったように記憶している。
一種のビュッフェのようなものだが、そうした形態で以上に上げたような料理を出している店舗は今では少なく、むしろ社員食堂や宿泊施設などでこのようなやり方をしていることを見ることはある。町の定食屋においては、この、昔は大皿に持ったおかず類が、小鉢となって定食メニューに適宜つけられる、という風になったのかもしれない。
その他
定食屋は基本的にはメシを食うところだが、酒を飲んでも構わないので、ときどき居酒屋的に使っている個人や団体を見かけることがある。ただ、あくまでも飲み屋ではないので、置いている酒類もビール、日本酒ていどで種類は多くない。
ここでは町の定食屋を意識して紹介したが、今ではこの手の定食はむしろ、居酒屋が昼時に営業するランチで提供されることのほうが多いかもしれない。居酒屋はランチ営業で儲けようとするというよりは、ランチで店を知ってもらい、夜、酒を飲みに来てお金を落としてもらいたい、という宣伝目的でランチ提供するようである。ここで紹介した定食屋メニューのほとんどは、そのまま日本の居酒屋のメニューとかぶっているので、当然、出す定食はほぼ同じものになる。
そのほか、定食屋をうたったチェーン店がいくつかある。東京では大戸屋がもっとも有名であろう。昨今の東京のチェーン店はかなり優秀なので、味もバリエーションもサービスも細部に渡ってこだわって洗練されていることが多く、すべてが非常に安定している。ただ、逆に、昔ながらの町の定食屋で味わえる、そこそこに旨くて、そこそこに適当で、そこそこに汚い、いわゆる場末的安心感というものは期待できない。
(*) 画像はGoogleサーチで持ってきた無断転載である。写真撮影次第差し替え予定。