町のそば屋とは、その名のとおり、一つの町に比較的古くからあるそば屋のことである。東京の小さな町のだいたいどこへ行っても、あたりを散策するとこの「町のそば屋」を見つけることができるはずである。
立ち食いソバ屋とは営業形態が違っていて、テーブル席が並び、給仕がいて注文を取って料理を運び、後でレジでお金を払ういわゆるふつうの食堂の形態である。さらに、この町のそば屋は、この後に説明する「高級蕎麦屋」とも異なっている。実はこの境界はあいまいなのだが、まず店構えで、それは判断できる。なぜだか分からないが、すぐに分かる共通した特徴がある。
この写真は典型的な町のそば屋の外観である。だいたい、茶色の木枠を基調とした入り口と外壁デザインになっており、入り口の横にガラスのショーケースがあり食品サンプルが並ぶ。入り口にはのれんがあり、筆文字で店名あるいは生蕎麦などと書かれている。店のネーミングにもわりと共通したところがあり、たとえば、この写真のような長寿庵、藪そば、大むら、更科などをよく見かける。
立ち食いソバ屋はふつう駅の構内、あるいは駅のすぐ近くの一番人通りが多いところにあることが多いが、町のそば屋はだいたいその町の商店街の中にあることが多い。あるいはいくらか離れた住宅地の只中にあることもある。立地条件的には高級蕎麦屋と同じであろう。
味、蕎麦そのものの質、サービス、値段設定すべてにおいて、立ち食いと高級のちょうど真ん中になっている。
かけそば
立ち食いとの比較ということで、町のそば屋でのかけそばを見てみよう。
ぱっと見てそれほど違いはしないが、日本人であれば細かい差異にすぐに気がつくであろう。
まず、このように、立ち食いではネギだけだったトッピングに、わかめやかまぼこがプラスされていくらかにぎやかなことが多い。値段も、立ち食いで280円のかけが、こちらではたとえば450円以上したりする。それだけ分内容もよくなっているわけだ。どんぶりもプラスチックではなく、安物だが本物の陶器である。さらにお盆の上に乗り、小皿にネギが別に出されるというしゃれたことをしている場合もある。
使っているソバだが、立ち食いは茹で麺を暖めるだけだが、町のそば屋は生麺を茹でて出すのがふつうのようである。生麺をゆでるのには2,3分かかるので立ち食いより出てくる速度が遅い。店で実際にそばを打って出すところまで行くと、どちらかというとふつうは高級蕎麦屋に分類されることになる。町のそば屋では製麺所で生麺を仕入れているのがふつうだと思う。
うどんについては、そばで食べる料理はすべてうどんでも食べられる。うどんの質は店によって異なるが、立ち食いと同じ蒸しうどんを使っているところが多く、その場合そばに比べあまりおいしくない。そば屋なので当然とも言えるかもしれない。うどんについても生でゆでて出すところもあるが、そういうお店に当たれば幸運である。それから昨今は、そばもうどんも冷凍ものがあり、こちらは品質維持がかなり進歩しており、イージーな割にけっこうおいしいのを出すことがある。技術の進歩である。
つゆは一見、立ち食いと同じ醤油色の真っ黒な汁だが、町のそば屋ではつゆは自家製で、鰹節や昆布で実際にだしを取っているところが多いようである。立ち食いのつゆは素を水で溶いただけなので精製度が高く非常にきれいな透明であるが、町のそば屋は自分のところで取っているせいか若干の濁りがあったりすることで見分けられる。味も、よくよく味わうと、雑味があり少しあらっぽい味がする。しかし、やはり、さすがに立ち食いのインスタントだしよりは美味であることが多い。
これがこの後の高級蕎麦屋になると、再び、きれいな透明で雑味もなくなるが、こっちはつゆの味と香りのグレードがずいぶん高くなることが多い。
店内
店内のテーブルと椅子も茶色を基調とした木であることが多い。古めの町のそば屋では特に、奥に畳敷きの一段高い座敷を持っているところも多い。一昔前の庶民がくつろぐ場所的なイメージになっているので、雰囲気は庶民的で、テレビなどがついて、席には新聞や雑誌が積んであったりして、そこそこに古びていて、そこそこに汚れているところに安心感が醸し出されていることが多い。
調理場は別になっていて立ち食いのようにオープンキッチンではない。給仕はなぜかおばちゃんが多いようで、これまた気さくで気楽な雰囲気を出しているところも多い。
以上、見た目も、味も、サービスも、立ち食いソバより上で、庶民的くつろぎを持っていて、主に地元民の常連などが立ち寄ったりする変哲ないそば屋がこの「町のそば屋」である。
メニュー
立ち食いソバではトッピングを変えるのみであったが、町のそば屋ではトッピングはもちろんだが、調理そのものを変えて作るそば料理メニューが主流になる。以下は典型的な町のそば屋のそばとうどん共通の料理のメニューである。
かけ | 基本はネギ。その他、わかめ、なるとなど |
たぬき | 揚げ玉。立ち食いでよく使う発泡剤を入れた人工あられみたいなのでなく、実際に油で揚げて作っているものが使われることが多く、油っこく美味。 |
きつね | 甘辛く煮た薄い揚げ。手製で煮ていることも多いようで、わりと美味。 |
月見 | 生卵一つ |
玉子とじ | 溶き玉子を流し込み、麺を覆うように玉子がかぶさったもの |
山菜 | 山菜の水煮 |
きのこ | しめじ、椎茸、えのき、まいたけなど数種類のきのこを汁で煮て入れてある |
ちから | 餅が入っている。東京では焼餅を2ケほど入れる |
おかめ | 卵焼き、ほうれん草、椎茸、なるとなどが入る |
あんかけ | 汁に片栗粉でとろみが付いている |
かき玉 | 溶き玉子でかき玉になっている |
肉南 | 豚肉薄切りと白ネギの縦割りが入っている |
鳥南 | 鶏肉そぎ切りと白ネギの縦割りが入っている。鴨肉で作れば鴨南。 |
カレー南 | カレーとつゆを小鍋に混ぜ、豚肉、タマネギなどと煮て片栗粉でとろみをつけ、そばにかけている。 |
けんちん | けんちん汁をそばにかけている。具は、さといも、ゴボウ、ニンジン、椎茸など |
天ぷら | ふつう大エビを天ぷらにし、1本ないし2本、ぺろっとそばの上に配置する |
なべやき | 土鍋にそばうどんと具を入れそのまま煮込み、土鍋のまま供される |
これは鳥南そば。南が付くのは「南蛮」の略で、南蛮は異国のことなので、なにかしら異国なのであろう。メニューで南が付くのは、肉、鳥、鴨、カレーなど。
鶏肉のそぎ切りと、白ネギを5センチほどに切って縦割りにしたものが入る。これにさらに最後に白ネギの荒みじん切りが乗る。
これはカレーうどん。カレーうどんは日本大衆料理の傑作の一つであろう。かけうどんとカレーライスのカレーを統合した料理である。立ち食い屋ではかけうどんにカレーをかけただけで出されるのがふつうだが、ここ町のそば屋になると、小鍋でつゆとカレーと肉やタマネギを煮て片栗粉でとろみをつけ、これをうどんにかけたちゃんとした料理になっている。
もちろんうどんではなくカレーそばでもかまわない。このカレーうどんについては専門店まで現れており、独立した大衆料理のジャンルを得ている。
冷やし
町のそば屋の冷やしのメニューの定番はだいたい以下である。
もり | そばのみ。つゆにはネギと練りわさび |
ざる | もりそばの上に刻み海苔が乗る |
大ざる | ざるの大盛り |
天ざる | ざるに天ぷらがついてくる定番もの |
冷やしたぬき | 平たい皿にそばを入れ、揚げ玉、かまぼこ、わかめ、キュウリ、ネギなどを乗せ、冷たいつゆをかけてある。練りわさびが付く。夏季限定が多い |
冷やしきつね | 冷やしたぬきの揚げ玉の代わりに薄揚げの甘辛煮が入る。夏季限定が多い |
そうめん | 冷麦の場合もある。冷麦はそうめんより麺が若干太い。夏季限定が多い |
下の写真はざるそばである。写真のようにざるの上にそばが乗る。このひとおりを「1枚」と数えるので、たくさんたべるときは2枚、3枚と増やして行く。大ざるとして注文すると2枚で出てくる店もあれば、一枚に山盛りにしてある店もある。
冷やし系は、そばをつゆにつけて食べるが、そばをあらかた食べ終わったころあいを見計らって「そば湯」というものが、写真のような片口の容器に入って出てくる。この中には、そばを茹でた茹で汁が入っており、これを余ったつゆに入れて薄めて飲むのである。
下は夏季限定の冷やしたぬきである。こちらはつゆは最初から入っており、このまま食べる。そば湯はふつうは出てこない。ただお店の人に頼めば出てくるので頼む人もいる。
ご飯もの
再三だが、立ち食いとの違いは、ここは料理屋だということである。したがってご飯ものもきちんと調理して出てくる場合が多く、メニューも多い。次に町のそば屋に定番なご飯ものメニューをあげる
玉子丼 | タマネギ、ネギ、かまぼこなどをつゆで煮て玉子で閉じご飯にかける |
親子丼 | 玉子丼に鶏肉が入る。鶏肉の代わりに豚肉を使うと他人丼になる |
カツ丼 | とんかつを1cm幅ぐらいに切り、これをつゆで煮て玉子で閉じ、ご飯にかける |
カレー丼 | どんぶりにご飯を入れ、カレーをかけ福神漬けを添える。ふつうはカレーライスをどんぶりに入れただけ |
天丼 | 各種天ぷらをご飯に乗せ、つゆをかける |
下の写真は親子丼である。一品物の料理として盆に乗って味噌汁とお新香と共に出されることも多い。
こちらはカツ丼。このカツ丼も日本大衆料理の傑作の一つと言っていいかもしれない。とんかつ自体も日本に独特なものだが、これをさらにそばつゆに入れて玉子で閉じるという発想がおもしろい。町のそば屋にはこのカツ丼のカツを一から揚げてから出すところもあり、そういう店に当たれば幸運である。
酒
町のそば屋にはほぼ必ずアルコール類が置いてある。ビール、日本酒、ところによっては焼酎などがある。どうやら時代劇のころから、町のそば屋で酒を飲むことは定番だったようで、簡単な肴で酒を飲み最後にそばを食って締めてお勘定という使い方が定着していたらしい。
古めの町のそば屋には座敷があるが、酒を飲んでいくらかゆっくりできる場所という意味もあるのかもしれない。実際、日曜日の昼過ぎなどに町のそば屋に入るとよく座敷で一族が集まって酒を飲んでいるのを見かけたりする。
そば屋の酒の肴は簡単なもので、板わさ(かまぼこにわさび醤油をつけて食べる)、お新香、出し巻き玉子(玉子にだしを入れやわらかく棒状に焼く。おいしく作るのはなかなかテクニックがいる)などである。
あと、酒を出すからには、酒を飲まない子供などに出すジュースやコーラといったものも置いている。
その他
立ち食いでもそうだったが、ほとんどの店でセットメニューを置いていて、ご飯ものとそばを組み合わせて注文できる。この場合ハーフサイズを組み合わせることが多く、たとえば、半天丼と半たぬきそばといった感じである。
ここで紹介したメニューはごく定番で共通したもので、店舗によっていろいろな料理がこれに加わる。ラーメン、タンメン、夏場は冷やし中華、といった中華そばを置いている店も多い。あと、名古屋方面で一般的な平たいきしめんを置いている東京のそば屋も多い。
(*) 画像はGoogleサーチで持ってきた無断転載である。写真撮影次第差し替え予定。