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出産の場と餓鬼

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貴族の屋敷で女が出産し、いままさに赤ん坊を産み落としたところを描いている。かたわらには一匹の大きな餓鬼がいて、それを指さして嬉しそうに舌なめずりしている。

この平安時代の出産風景はまことに興味深い。出産の場にいるのはすべて女で、男は席を外すもののようである。みな満面の笑みで無事に子供が産まれたことを喜んでいる。昔の出産はこのようにしゃがんだ姿勢で行っていたそうだ。産婦の向かって右にいる女は産婦の母親であろうか、産婦は左腕で母親につかまって産み落としている。

その右に一人だけ婆さんがいるが、その姿格好からして助産婦あるいは乳母であろう。もっとも、手づから赤ん坊を取るでもなく、ふつうに喜んでいるだけである。婆さんの手前の後ろ向きの女は右手に小刀を持っていて、臍の緒を切る役割の近親者である。婆さんが、手ぶりで「あんたが切るのよ」とアドバイスしているようである。

平安時代の出産の場で必要なのは、医者よりも坊主で、絶え間なく安産のご祈祷が続き、たいへん騒々しいものだったそうだ。右側の坊さんはそれであろう。女が坊さんに「産まれましたよ!」と指をさし、職務まっとうした坊さん、まことに嬉しそうである。左側の隣の部屋から心配そうにのぞき込む、気の弱そうな貴族の男は、きっと赤ん坊の父親であろう。

さて、この、女ばかりの喜びの場のど真ん中に、醜い大きな餓鬼がいる。一説には産み落とされたばかりの赤ん坊を狙っているとも言われる。赤子を喰う餓鬼もいるそうだ。しかし、餓鬼は、排泄物など不浄なものが大好きなので、ひょっとすると、出産につきものの血や粘膜や臍の緒などを狙っているのかもしれない。さらに、この出産の後に出る胎盤はきっと餓鬼にはご馳走中のご馳走であろう。

貴族たちの喜びと、餓鬼の喜びはまったく違うが、同じ喜びの表現がとても面白い対照を形作っている。当然、誰もそんな餓鬼の存在には気づいていない。