旧曹源寺本(京都国立博物館所蔵)

本図には詞書があり、「盂蘭盆経」などいくつかの経典の記述が元になっていて、ストーリーのあるものもある。ここでは、餓鬼たちが登場する七つの場面を描いている。



一 渇きに苦しむ食水餓鬼

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中央に川が蛇行していて、手前と向こうに餓鬼がいる。手前は旅人の後ろに這いつくばり、向こうの餓鬼は鬼に追いかけられている。詞書にはこうある。

「これは食水餓鬼という。この餓鬼は、長く乱れた髪に顔が覆われて目は見えず、それで、飢えと渇きの火に身のうちを焼かれて耐えがたく、おのずと、川のほとりへ水を求めて行き、水を飲もうとするのだが、水を守っている鬼に追い立てられ逃げまどう他ない。それで、川を渡ってゆく人が落としてゆく水の滴りをなめて命をつなぐのである。昔、酒に水を入れて売ったり、酒にミミズが沈んでいるのを知っていて売った人がこの餓鬼道に堕ちる」

二 供養の水に集まる食水餓鬼

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これはまたまことににぎやかな絵である。左に餓鬼はいるものの、なんと言っても、右側の道端の喧噪の描写が圧巻である。平安時代の人々のさわぎ声が聞こえて来るようだ。これらの人には餓鬼は見えない。これは何を描写しているのかは詞書でわかる。

「同じ餓鬼は、死んだ親の供養のために汲んで施す水のわずかなしたたりを飲んで命をつなぐ」

餓鬼は、つねに渇いているが、まっとうな水は飲めず、わずかに厳しく制限されたおこぼれの水が飲めるだけなのである。これは、お寺で行われる供養の日なのであろうか。市が立ち皆が楽しんでいるが、三匹の餓鬼はわずかな水を求めて必死である。供養の塔にみながかける水のおこぼれを長い舌でなめている。

三 仏弟子が餓鬼道に堕ちた亡き母を救済する その1

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この絵と次の絵はひと続きのストーリーになっている。右下に餓鬼と坊さんが向かい合い、左上に天上の仏のいる場所があって、同じ坊さんが面談している。詞書にはこうある。

「目連が初めて六通を会得して、亡き母の恩に報いようとその霊を探してみると、なんと母は餓鬼になって群れの中にいるではないか。目連は悲しんで、鉢に食べ物を入れて与えるが、餓鬼になった母が食べようとすると炎になってしまいどうしても食べられない。目連は悲しみ、仏の元へ行きなんとか母を救える道はないか伺いを立てる」

座っている坊さんが目連で彼は釈迦の十大弟子のひとりである。六通というのは6種の神通力のことで、その力を使って目連は亡き母の霊を見るのである。そして、火に包まれた飯が食べられずに苦しんでいるのが、なんとそのいまは亡き母親なのである。懐かしい母が餓鬼になって苦しんでいるのを見るとは、なんという悲しみであろうか。何とかしてやりたくて目連は仏のところへ赴く。

四 仏弟子が餓鬼道に堕ちた亡き母を救済する その2

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広い河のほとりに、餓鬼になった母親と他の餓鬼3匹がいて、目連が座っている。詞書にはこうある。

「仏は目連にこういった。食べ物を用意して、それで自恣の僧を供養しなさい。そして、その残りを持っていって与えれば食べられることもあるだろう。目連は仏の教えの通りにしてその残飯を母に与えると、それは火にはならず、心ゆくままに食すことができた」

餓鬼になった母親をよく見ると、目連が与えた飯の入った鉢の上にどっかり腰を落としている。左の3匹の餓鬼たちは手を揉み合わせて「その飯を俺たちにもくれないか」と頼んでいるようで、母餓鬼は彼らに「これはわしのものじゃ、やらん」と言っているような顔をしている。詞書に記述が無いのでこれは想像だが、そうだとすると、この母はやはりそのように強欲だから餓鬼道に堕ちたのだろう、と合点がゆく。目連はなんだか困ったような表情をして口を開いているので、たぶん、「これ、母よ、仲間にもわけてやりなさい」と言っているようにも見える。

あるいは、母餓鬼は右手で飯をつかみ、仲間の餓鬼たちに分け与えているのかもしれない。なんともいえない。それにしても、広い川のほとりで、あたりの木々は若葉をつけ、母餓鬼もひととき苦しみを忘れて飯を心ゆくまで食べられて、小競り合いはあるにせよ、これらあさましい姿の餓鬼たちが可愛く見えてくる。

五 川の水が飲めない餓鬼を仏の力で救済

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この絵は三つの順に起こる出来事が一つの絵の中に描かれている。右下に火に包まれた餓鬼がいて、左は佛に救けを求める餓鬼、そして真ん中上で餓鬼は人間の姿に変わり水が飲めるようになり、そしてそのまま右上の天上へと昇天してゆく。詞書にはこうある。

「恒河のほとりに五百匹の餓鬼がおり、無量劫の間、水を飲むことができなかった。川のほとりにいるのに水がすべて火に変わってしまい飲むことができないのである。そのときに仏が川のほとりの鬱曇鉢林の下にやって来た。五百匹の餓鬼は仏の御元に来て、苦しみに耐えられませんどうか救けてください、と言った。それで仏は餓鬼のために、慳食の咎の説法を説くのだが、餓鬼たちは苦しみ責められていて心ここにあらず、説教を聞くどころではない。そこで仏は仏力を使って、まず餓鬼に水を飲まさせて、しかるのちに説法を説いた。そうしたら、餓鬼はこれを聞いてたちまち餓鬼の形を捨てて、天上の身を得ることができた」

餓鬼たちの飢え渇きの苦しみは絶え間なくえんえんと続くのであるが、こうして仏の慈悲によって救われることもあるのである。ちなみに、恒河はガンジス川、無量劫は計り知れないほど長い時間、慳食の咎は貪欲の戒めのことである。

六 仏弟子が焔口餓鬼を救済

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僧と大きな餓鬼が相対している。餓鬼は口から炎を吐き、苦しそうである。詞書にはこうある。

「焔口という名の餓鬼がいる。その姿は醜くて、痩せて枯れていて、口の中で火が燃えて、呑み込むと針のようで、髪は乱れて、爪は長く、長い牙があり、はなはだ恐ろしい容貌である。この餓鬼が阿難尊者に会って、その苦しみの耐えがたいことを訴えた。阿難尊者はこれを聞いて憐れみの心を起こして、餓鬼の苦しみを救う方法を仏に訊ねなさった。そして、仏号を唱えてさまざまな施しを行って、この餓鬼を苦しみから救った」

阿難尊者は釈迦の十大弟子のひとりである。この阿難尊者の端正で若々しいきれいな描写と、赤い炎を吐く黒く穢れた大きな餓鬼の描写が対照され、まことに見事である。

七 餓鬼に施しをして援ける

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だいぶ横長の絵の右側におおぜいの僧がいて、おおぜいの餓鬼たちに食いものを与えている。詞書にはこうある。

「仏が阿難に教えられたとおりに、比丘たちが鉢にいろいろな食を持って、南無多宝如来、妙色如来、広博如来、離怖畏如来と四仏の御名を唱えて、救抜餓鬼陀羅尼を七へん唱えたのち、腕を伸ばして清い地の上に食物を移せば、仏法の力により、百千万那由他恒河沙数の餓鬼たちがことごとく食を得て飽満することができた」

右なかの立派な椅子に座っているのが阿難尊者で、その指示で修行僧たちが鉢に入った飯を地面にあけている。目の色を変えて食いものに群がりむさぼる餓鬼、左から荒野の中を飯をめがけて大あわてで走り来る餓鬼たちは、黒や青や茶色で顔付きもいろいろ、白や赤のふんどしを締めた奴もいてコミカルで、見ていて飽きない。