安住院本(東京国立博物館所蔵)

本図は経典の「正法念処経」を元にしたもので、四つの地獄を描いている。



一 髪火流

裸の男の左足に黒い犬が噛り付き、ざんばら髪の頭を鳥が突き、真っ赤な血が流れだしている。

詞書にはこうある。

「むかし人間だったころ、殺生したり、盗みを働いたり、邪淫にふけったりし、あるいは、五戒を守る人のところへ行って、酒を呑むのは喜ばしいことですよと言って、戒を破らせるようなことをした者がこの地獄に堕ちる。ここには熱鉄の犬がいて罪人の足を喰う。また、炎のくちばしのある黒鉄の鷲がいて、罪人の頭を突き割ってその中身を吸い取る。苦しみは耐えられないもので、叫び声が絶えない」

凄惨な光景である。男はおちんちん丸出しだが、それが微妙に勃起しているように描かれて見え、これは断末魔の硬直みたいなものが起こっているのであろうか。とはいえ、この男、死んでもすぐ生き返り、また同じ責め苦を味わうのである。

二 火末虫

上にうつぶせの女、下にあおむけの男がいて、血まみれになっている。体中に白い蛆虫が這って、上の女など左の二の腕の肉が落ち骨が露出している。

詞書にはこうある。

「むかし人間だったころ、殺生し、盗み、邪淫にふけった者、あるいは、酒に水を足して水増しして売ったりした者が、この地獄に堕ちる。この地獄にいる罪人は体にたくさんの虫が湧き、皮を突き破り、肉や骨をくだいて、虫がこれを吸い喰らう。その苦しみは忍びがたく、叫び声が絶えない」

血の赤と髪の黒のコントラスト、そして、二体が入れ違いに描かれた構図がまことに秀逸である。ところで、酒を水増ししてこういう責め苦になるというのもおもしろい。この蛆虫は身体の中から湧き出て来るわけで、酒を薄めて人に売り与えたものは、飲まれたその酒の報いで、体の中から蛆に喰われるなどという連想につながるのであろうか。

三 雲火霧処

轟々と燃えさかる炎の中におおぜいの罪人がいて苦しんでいる。左の鬼は罪人の足をつかんで火へ投げ入れ、右の鬼は棍棒で火の中へ追い立てている。

詞書にはこうある。

「むかし人間だったころ、殺生、盗み、邪淫にふけった者、あるいは、戒めにしたがってまっとうに生きる者に、酒を与えて酔っ払わせ、戯れ侮り恥をかかせて、それを見て喜んで自慢する者がこの地獄に堕ちる。この地獄は炎で満ちていて、その大きさは二百肘に達し、獄卒の鬼が罪人をこの猛火の中に投げ入れる。罪人は頭から足まで焼かれて最後は灰と消えてしまうが、すぐに蘇り、そして蘇ったらまた炎で焼かれ、その繰り返しが延々と続くのである。叫び声は天をも響かせるほどである」

原文では炎の厚さ二百肘とある。肘という単位がなにを指すのか分からないが、肘の長さと解釈すれば、50メートル以上になる。想像してみると、地獄の炎にふさわしく、まさに天まで届くかとも思える様相である。

四 雨炎火石

左上半分には黒い石と炎が見え、罪人たちがこれに苦しみ、右下は真っ赤な血の川が流れ、そこにも罪人がこれに溺れている。

詞書にはこうある。

「むかし人間だったころ、殺傷、盗み、邪淫にふけり、あるいは、心を惑わして気を失わせる酒を使って、荒野を旅する人にそれをやって飲ませ、飲んで酔って倒れたその隙をうかがって、旅人の持つ金目のものぜんぶ盗んだり、あるいは殺してしまうような者が、この地獄に堕ちる。この地獄には、炎に包まれた焼けた石が降り罪人を焼くが、彼らは倒れても逃げるところがない。また、熱沸河という名の川があって、ここには溶けた赤銅と白錫と血が混じったものが流れていて、罪人は常にこの中で苦しむ。その苦しみはたとえようなく、叫び声が絶えない」

赤い河と白い岩場、落ちて来る黒い岩と、流れる赤い血のコンポジションがとても美しい。その中に、戯画化されたいかにもみすぼらしい体をした昔の日本人がさまざまな姿態で苦しんでいるようすがなんとも印象的である。