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餓鬼草紙について

餓鬼草紙は、今からおよそ800年前の平安時代末期から鎌倉時代初期に描かれた絵巻物である。餓鬼というのは仏教の言葉で、この世の六道(地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人、天)の中のひとつである。地獄の次に位置していることからも分かるように、生前、さまざまな悪い行いをした人が死んで餓鬼に転生し、餓鬼の姿で苦しみを受けるのである。地獄においては、すべての罪人は地獄というあの世の場所へ移され、そこでえんえんと苦しみを受けるのだが、餓鬼の場合はいくらか罪が軽いせいなのか、餓鬼世界というあの世の場所で苦しむ場合はあるものの、餓鬼の姿で人間の生きるこの世で過ごして苦しみを受ける方が多いようである(経典によって所説ある)。人の世に住む餓鬼たちは霊なので、ふつうの人たちにはその姿は見えない。しかし、そこらじゅうにいて、その生前の行いに応じてさまざまに苦しむのである。

この餓鬼については、仏教の経典の中にいろいろ書かれているので、絵師はこれを絵にして、この餓鬼草紙を完成させた。餓鬼の姿は醜く、だいたい黒ずんで痩せているが腹だけが大きく膨らんで、常に飢え渇き、苦しんでいる。とはいえ、実際に絵を見てみると、なんだか楽しそうな餓鬼や、リラックスした餓鬼もいて、ユーモラスでおもしろい表現も多い。さらに、餓鬼は浮世に出て来るものなので、当時の平安時代の生活の様子も絵の中に描写されていて、それは極めて興味深い。八百年前の日本の絵師の技術と、その心に感心する。

現在残っている餓鬼草紙は、京都国立博物館が所蔵している旧曹源寺本と呼ばれるものと、東京国立博物館が所蔵している旧河本家本と呼ばれるものの二種がある。どちらもひと続きの絵巻物である。前者の7図には詞書が残っていて、「盂蘭盆経」をはじめいくつかの経典に書かれた内容に沿っており、餓鬼が仏の情けにより救済される内容なども含んでいる。後者の詞書は無く、その10図はさまざまな人々の生活の場にいる餓鬼を描いている。


作品データ

餓鬼草紙(曹源寺本)

紙本着色
26.8 × 538.4 cm
平安時代・12世紀
京都国立博物館蔵

餓鬼草紙(河本家本)

紙本着色
26.9 × 380.2cm
平安時代・12世紀
東京国立博物館蔵