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東郷青児美術館にて

ふとしたことから父が死んだときの様子を、過去のオレの日記から探し出した。そうしたら38年も前だった、おそろしく古い。当時オレは大学ノートにボールペンでわりとまめにぎっしりと日記を書いていたのである。

そこで、久しぶりに自分の昔の文をいくらか読み直してみた。38年前のオレはずいぶんとシリアスだったが、日記を見ると、いまオレの書いてるリストラっていう私小説につながりそうな、笑える状況描写もときどき出てくる。

そっか、オレの文才もそれほど大きな変化はないんだな。むしろ人間の中身の方が昔のシリアスから、いまの軽いノリに変化したらしい。

ということで、38年前の日記から、東郷青児美術館へ行ったときの様子の描写があったんで、おもしろいのでここに書き写しておく。

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土曜の午後、新宿の東郷青児美術館へ行ってきた。ボッティチェリの女性の半身像が展示されていると聞いたのと、ゴッホの向日葵が常設展示されているということだったので、その二点を静かに見に行くつもりで出かけた。

しかし実際は静かに見るどころじゃなかった。高層ビルの立ち並ぶ新宿オフィス街の一角にあるのだから、土曜の午後には半ドンのサラリーマンたちが群をなしてやってくる。以下は彼らの傍若無人な会話である。

(ボッティチェリの前の7、8人の年配サラリーマンたち)

この絵は丸紅さんが会長室に飾るために買った絵なんですよ。今回、ウチに展示してもよいという許しが出たのでこうして展示しているのですな

ほぉーう

ずいぶん古い絵ですな。えーと、500年前ですか

丸紅さんの社員も見に来るようですよ。会長室にあっちゃあ、見れませんからなあ

そうですな、はっはっは

どうやら、安田海上火災が取引先を招待しているらしい。いずれも幹部級のなりをしていたが、ボッティチェリなどにはてんで用が無い様子だった。

僕はその場を早々に引き上げた。広い部屋がそのあとに続いていたが、そこは東郷青児とグランマ・モーゼス、それから日本の画家たちの絵がかかっていた。僕はそれらが嫌で見たくなかったので、なるべく目を逸らして奥へ進むと、そこにゴッホの展示場がひとつだけ隔離されて用意されていた。

厚いガラスの向こうに大仰な額に入れられた彼の向日葵が輝いていた。なんという美しい絵だろう。僕はもうそれ以上の言葉を知らない。

しかし雑音はなおも続く。中堅サラリーマンと思われる数人の群れが、ひととおり見終えてソファーに座る。そのうちのひとりなど、あまり勢いよくソファーに身を投げるものだから、うしろの壁に頭をぶつけてコツンと音を立てた。

あの絵、見たかよ

どの絵だ

あれだよ、あれ(と言って顎で向日葵の方向を指して)

ああ、ああ、見た見た

どうだい、58億の価値があると思うかい

あー、ありゃ額が高いな

そうだな。額が1億で57億ってとこか

はっはっはっは