スウェーデン人の友人

スウェーデンにいたときの一番の友だちはMike(Mikael)っていうスウェーデン育ちのイラン人、教育はアメリカMIT、っていうやつだった。彼はおそらく超高IQだが、あまりにそれがぶっ飛んでて、完全なる変人であった。

ネイティブ米語でものすごくしゃべり、ものすごく元気。で、空気がぜんぜん読めない。あの、例の、ナントカいう症例そのものなやつだった。

結局、オレ、スウェーデンでは彼としか親しく付き合わなかったなあ。

彼はバハイ信教という宗教の信者で、そのせいもあるのか、女っけが完全にゼロ、そのせいで恐ろしいほど純潔であった。食べるものはベジタリアンではないがむちゃくちゃ変。酒を一滴も飲まないので、そこが僕と合わないけど、彼はいわばナチュラルハイなやつだった。

いまでもときどきメールを交わすけど、話題がどうにも変だったり、哲学的だったり、宗教的だったり、する。

ここしばらくAIに関するメールのやり取りをしてたけど、数日前に僕が、人間とAIの関係ではeros(エロス)こそが重要なカギになる、みたいに書いたら、エロスはゴミだ。でもゴミも役に立つことがある、みたいに書いてきたので、おっと、これはたぶんerosをポルノと誤解したんだろうと思い、そう書いたら、ごめんごめん僕はマサーキがeroticismのことを言ったのだと思った、とか書いてきて、いや、まさにeroticismのことを言ってたんですけど。。。

そのあとの彼の言葉を読むと、eroticismはフィジカルな欲であり、対して、loveはプラトニックな創造する力である、みたいに書いてあるので、恐ろしく純潔な彼はきっといわゆる性的欲求は低次のものであり、愛こそがそれを昇華した高みにある真のエネルギーの源である、としているのであろう。

Mikeはたぶん、性的なeroticismを理解しないのは当然として、erosですらうさんくさく感じるだろうけど、僕にはそれらは大切なので、Mikeには反対だが、そういう感覚の差というのはなかなかに埋めがたい。

なんとなくだけど、彼の世界の理解は、ギリシャのパルテノン神殿のように乾いていてすっきりしていて硬くて幾何学的で、数学的だ。

対して、僕の世界の理解は、芭蕉が詠った蛙が飛び込む池のように、狭い池の水に藻が生えて大量の微生物の坩堝のような生命を含んだ水の、その表面に広がる波のイメージだ。

この二つは、もう、ぜんぜん違う。

彼は確実にぶっ飛んでいるが、実際、この僕もかなりぶっ飛んでいるみたいだから、きっと両極端として友人同士でいられるんだろう。僕はMikeみたいなやつ、好き。

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