東海道四谷怪談 (鶴屋南北)

これはすばらしい! 僕の買った昔の岩波文庫のは、当時の歌舞伎の台本そのものらしく、すべて江戸の言葉で書いてある。言葉がかなり難しいのだが、それはそれ日本人なだけあって、ゆっくりと一生懸命に読むとだいたい分かる。いつもの速度で読んでいるとページだけは進むが、意味がまったく頭に入ってこないのである。この四谷怪談を読んで、文章をゆっくり読む、ということはいいことだなあ、と改めて思った。

四谷怪談は、実は、お岩と、その妹お袖の物語で、けっこう長い。江戸の庶民の生活や、浪人と町人の微妙な力関係や、そのころの女の独特の風情やらなにやら、本当に面白く、夢中で読んでしまった。

もちろん、当の怪談話もおどろおどろしく、怖い。お岩を裏切った民谷伊右衛門のところに最初に出てくるお岩の幽霊は、伊右衛門の新妻のお梅になりかわり、現れる。恥ずかしげに床でうつむくお梅を呼ぶ伊右衛門、お梅がふっと顔を上げると、それはお岩の崩れた顔になっている。逆上した伊右衛門は即座に首を落としてしまうが、転がった首をよく見ると、それはお梅の首であった。そのときのト書き。

顔を上げ、くだんの守りを差出し、おいわのかほにて、伊右衛門を恨めしげに、きつとみつめて、けらけらとわろう。伊右衛門はぞつとせし思い入れにて、そばなる、刀引き取り、抜き打ちに、ぽんと首うつ。その首、前のえんへ落ちると、お梅の本首出て、うすどろどろ。

なんとすばらしい情景描写、本気で感心してしまう。この、ぽんぽん、軽いリズムで飛び出してくる簡潔な描写、まるで浮世絵を見ているようである。やっぱりこれは、本物の歌舞伎を見に行かないと。