オレの子供のころかあ。
鉛筆、のちにボールペンで、ひたすら細密画を描いてたのを思い出す。ちょうど、写真がなかったころの昔の生物学の研究書の挿絵みたいな感じ。日本画の鳥獣の絵にも似るかも。
小学校低学年では鳥ばっかり描いてた。なんでだろう。
本を読まず図鑑ばかり見て、父にいつも叱られてた。
父は僕に文のある絵本をいくつか与えたが、かなり強烈に覚えているのが、たしかウォーリーの冒険みたいな題の、アザラシの子供が海を巡って各地を放浪する話だった。でも、いま思い出すのは、水面からアザラシがアタマを出している絵柄で、これはいま思うと屹立した男根以外に連想が思いつかない(笑
全体に小さいころは、まだ未分化な性的快感の薄いベールに覆われているような世界で、完全に上の空だったっけ。
あと、人間の内臓にハマった。人体模型っていうプラモデルを買ってもらって夢中だった。
そのとき、異種合体の快感の虜になった。その古いプラモデルの部品にあった、プラスチックと金属の絡み合いがどうしても魅力的で、離れがたかった。
この異種合体に魅せられる癖は大人になってはっきり形になった。これまで自分が夢中になった、ドストエフスキー、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ、フランシスコ・ゴヤ、ロバート・ジョンソン、そして中国料理体系ですら、この異種合体にどうにも惹かれる性格によるものだった。
オレの今後には、いったいこんどはどんな異種合体モノが現れるであろうか。きっとまたまた夢中になってわけが分からなくなるであろう。
とまあ、以上の子供時代は小学五年ごろで終わり、その後は科学の子になった。
大学で発狂して完全に科学を捨てる。なんでか分からない。
初めまして。LEDビジョンによる空間プロデュース業をしている者です。
林さまの「人々が感動するものはなにか」を拝読したのですが、
【感動=再現しないもの】という考え方にはとても共感いたしました。
近年、飛び出す映像「裸眼3D」映像が大流行しましたが、
LEDビジョンのコンテンツ表現技術においては、そこが行き止まりのような気がしていました。
次にするべきことは何なのか?1度体験した経験は、2度目には「感動」には繋がらないのではないか?
昨年から答えを探していました。
私としては、体験者が主体的に「体験して、入り込めるもの」が感動をつくるという結論に至り、
そのようなコンテンツ制作に取り組んでいるところです。
この論文にたどり着いたのもたまたまです。
昨日見終えた韓国ドラマに大変感動し、目が腫れるほど泣いたのですが、
「そもそも、ここまで感動するのは何故なのか?」と疑問に思い、
映像と感動に関する論文を探したのがきっかけでした。
林さまの論文に共感して思わずコメントさせていただきました。
「人々が感動するものを制作する」仕事、より一層頑張りたいと思います。
東様
コメントありがとうございました。僕の書いた「人々が感動するものはなにか」ですが、そういえばそんなのあったなあ、と思い、調べたらありました。しかもpdfで読めるじゃないですか(僕はどっかに捨てちゃったみたい 笑)。改めて17年前の自分が書いた文をさっき読んでみました。
あれから17年たち、僕もだいぶ大人になり、哲学なんかにうつつを抜かさず堅実な人間になったかと思いきや、なんとそれは逆で、さらに過激になったなあ、と自覚してます。
あと、文を読んで、なんといってもちょっと新鮮なのが、そのころはまだ自分を「エンジニア」だと思っていたことですね。なんだか僕の半生は、いかにしてエンジニアの自分を捨てて違う世界へ行くか、に費やされて来たようで、感慨します。でも、僕もあの文を書いたときのエンジニアの自分を、もっとまっとうに進めていれば、もっと違う現在になっていたかもしれない、と思います。
とはいえ、感動については、17年前とそれほど違う考え方をしているわけではないですね。
よくよく現在考えてみると、「感動」と「共感」には非常に強い関係があるのは間違いないだろうな、ということを思います。しかし、それでは共感させれば感動を生むのか、というと、それだけではだめなようです。
たとえば、二人の人間が共感するとき、それは魂を共有するに等しく、そこでは二人の魂に齟齬が無くなるので、それはめくるめく一体感を感受させるけれど、それはどうも、僕らがいう「感動」と違うような気がするんですよ。これは僕の考えですが、感動には逆に「齟齬」が関与していると、直観的に思います。
たとえば、二人の心情は共感しているけど、二人の身体は離れていて、その齟齬ゆえに、人は強烈な感動を受け取るような気がします。感動というのは、同じなのに違う、というその距離感を表す尺度なような気もします。
ほとんどたわごとですが、このアナロジーでなんか今までと違うものが生まれると、おもしろいんですけどね。でも、きっと、こういうほとんど直接役に立たないことを常に考えていると、あるとき、どっかで回路がつながって、おもしろいものを生み出すのでしょうね。
空間プロデュース業のお仕事、がんばってください!
林正樹