中華街で、老舗なのに協調性のない孤高の中華料理人がやっている上海飯店という店がある。孤高なんて言っても求道的なところはまるでなく、むしろいい加減。でも、この人は昔からオレの憧れの人なのである。オレは中華料理を作るときの身のこなしをこの人を見て覚えたのである。いまでも中華街へ行くと、必ずこの上海飯店へ向かって、あのあんちゃん(今ではもちろんおじちゃん)が元気でいい加減に店をやっている様をのぞきに行く、そして、ときどき店に入って食う。もう、30年来の客だ。
料理のコツは、最後には、結局、カッコよく作ることにあるみたいなんだ。ただしこれはあるていど以上のレベルの人の場合の話で、レベルが高い場合、最後の最後、このカッコよくってのが料理に品と深みを与えるのである。これは音楽の演奏と、同じ。オレが上海飯店のあんちゃんから習ったのは、この「カッコよく作る」っていうことなのだ。
そういう意味じゃ、料理のレシピなんてものは、たいしたものじゃないな。さらに現代では、プロの料理人でさえ惜しげもなくレシピ公開してるからね。レシピだけで作れるのはあるレベルまでで、それ以上のレベルを目指すことになるとやはり壁が現れる。そりゃ、そうだよね、レシピには「どうやってカッコよく作るか」なんて、書いてあるはずないし。
ま、曲のコピー譜だけ見て一生懸命演奏してるようなもんだ。コピー譜には、どうやってカッコよく演奏するか、とか書いてない。演奏の場合、ビジュアルのウェイトが大きいことは当然だけど、料理も、実は、そうなんだぜ。