嫌中のはなし

最近、やけに中国が嫌い、っていう言葉を聞くけれど、思えば、いまから15年ほど前、僕がまだ会社にいたころ、周りでは、韓国が嫌いな人がけっこう多く、そのころ僕は、韓国と日本なんてメンタリティが正確に同じなのになんでそんな嫌うの、と言うと即、韓国人と日本人はぜんぜん違う、ってけっこうな権幕ですげー言われたっけな。

でさあ、なんだか最近、こんどは嫌韓があまり聞こえなくなり、代わりに嫌中になった感じ。ひょっとして15年経って、同じ人たちがスライドしてきた?

多民族職場で働くある人から聞いた話だけど、そこにまだ20代の若いフィリピン人がいて、日本語・英語・フィリピン語のバイリンガルで、フィリピンを出たくてしかたなく、いま、日本で働いてるけど、ゆくゆくはヨーロッパへ行きたい、と言っているそうだ。で、その彼に、フィリピン出たいなら日本国籍取ればいいんじゃない?って言ったら、彼、国籍取るってどこでも大変だけど、日本はいま、ナショナリストの高市首相だからダメじゃないかなあ、って言ったそうだ。

東南アジアの国々の人たちは、日本のナショナリズム台頭について、そんな風にふつうに思われてるんだなあ、って面白かった。

特に日本の爺さんたちが目につくんだけど、まず、韓国を忌み嫌い、次は中国を忌み嫌い、ってのはなんか同じ原理じゃないですかね? 中国も韓国も、おまえら昔には日本が統治して、惨憺たる途上国だったのをオレたちが近代国家にしてやったのに、今度はその恩を忘れて成り上がり、傍若無人に振る舞いやがって、感謝の心がない下品なやつらだ、って一部の日本爺は思ってるんじゃないですかねえ。

ま、こんなこと言ったら、そういう人たちに喧嘩売ってるようなもんだけど、おそらく、中国、韓国、東南アジアの国々は、自分たちの過去のひところに日本に侵略され支配された、という風にふつうに認識しているはずで、そういう目で、以上の忌み嫌い日本爺たちを見ていると思うけどね。ま、下品なのは一体、どっちだよ、って話。

もっとも、隣国を嫌うのは、実は、ふつうのことで世界じゅうどこでも起こっていることなので、特別じゃない。僕のアイドルのボードレールだって「哀れなベルギー」という文庫一冊分ぐらいの本をわざわざ書いて、ベルギーをこれでもかというほど罵倒しまくっている。かのニーチェは、自国のドイツを最大限に侮蔑しているのはいいとして、その次にはイギリスやアメリカを味噌糞にこき下ろしている。

そういうわけで、他国を嫌うのはよくあることで、それは別にかまわないけれど、まあ、嫌韓も嫌中も、見ていて気持ちいいもんじゃないし、みっともないので止めるんですな。やるんだったら、ボードレールかニーチェぐらいの知能を持ってから、やるんですね。すなわち、一般人には無理。

僕は韓国も中国も好きなので、以上となんの関係もない。若かったころはニーチェと同じく自国の日本が大嫌いだったので、かえって隣国の韓国と中国が好ましかった。いまでは日本も好きになったので、東アジア三国は好きだな。そして東南アジアは、昔から好き。だいいち、大昔、中国と朝鮮の文化にここまでお世話になった日本なんだし、彼らを嫌う理由は僕にはない。

僕が嫌いなのはむしろ西洋だけど、これはまた別な話。

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