オレ、小学校のとき成績は良かったんだけど、なんで勉強してテストをするのか皆目わかっていなかった。それで、小学の先生がたぶん、この子は勉強できるからって中学受験を勧めた。
というのは母は学業にまったく無縁だったし、父もオレの素行以外の成績に言及したことゼロなので、たぶん先生が言い出したのだと思う。
で、父がその気になり、駒場東邦中学ともう一個忘れたけど秀才私立中を受験することになった。親父が、それら名門校の受験問題集を計2冊買ってきて、オレにこれをやれ、と言った。
オレは本当になんにも分かってない、ほとんどそういう意味では白痴のようなやつだったので、おとなしく問題集で受験勉強をして受験したら二校とも落ちた。ホントの秀才では無かった、ということがこれで証明されたわけだ。
で、公立中へ行き、その後、都立三田高へ行き、大学受験はひと夏受験勉強して国立に受かったが、そのぜんたいにおいて、自分がなんで勉強するのか、なんでその学校に入るのか、何をしたいのか、将来どうしたいのか、とかのアイデアがまったくの「無」だった。ただ、言われたこと、あるいは周りがやっていることをやっていただけで、おそろしく主体性の無い子であった。
主体性が無いのでもちろん責任感もない。まことに当時流行った三無主義な子だった。
これは大学へ行っても変わらず、就職時でも変わらなかった。某公共放送に入社したのも別に行きたかったわけじゃなくて、ラクそうだったから推薦で労せずして入っただけ。大阪放送局の3年間も遊んで暮らし、東京に戻り、研究所に入って、数年たったころから、ようやく世の中の仕組みが分かって来て、勉強や、学歴や、社会的人間関係や、そういうものの意味が分かるようになった。
しかし、おそらくオレの主体性はその最初から、ふつうの人より十年は遅れているわけで、これは三つ子の魂なんとやらで、そうそう埋められるものではない。
オレは、明日、新しい世界へ移動するが、こんなのもそういうズレが生んだ悲喜劇であろう。オレの会社の部下が、とある女性に「林さんは大変な人ですよ」と忠告したそうだが、さもありなん。そうやって多大なはた迷惑をまき散らしながら生きてきたのである。
でも、このままで、あんまり学習しそうにない。しかし、これからオレはどうなることやら。
