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7 プッシュプル電力増幅回路の設計

プッシュプル電力増幅回路(自己バイアス)

さあ、いよいよパワー段の定番、プッシュプル回路の設計である。しかし、実はプッシュプル回路の動作はけっこう複雑で、すっきりさわやかに設計する手法はあまり無いようなのである。原理編で解説したように、プッシュプルにはA級、AB級、B級とあり、それぞれ動作のしかたが変わるし、さらにこの3つははっきりと分けられることなく連続していて、一筋縄ではいかない。

何度も言うようだが、もっとも確実なのは、選んだ球のスペックに載っている推奨動作点を使うことである。たいがいのパワー管には、AB級プッシュプル回路のデータが載っている。その動作点以外で使いたいときは自力で設計するわけだが、ここでは例によってロードラインを使った簡単な設計法を紹介することにしよう。詳しくて難しい話は専門的な他書に譲ることにして、ここではさらっと行くことにする(と、言うほどさらっとしていないが)

B級プッシュプルの1/4ロードラインによる設計

プッシュプルでは、1/4ロードラインというものを使って設計できる。1/4ロードラインとは、出力トランスの1次側インピーダンスの1/4の抵抗値でロードラインを引くということである。なので、ロードラインを引いてあれこれ検討したら、最後の最後に、そのロードラインの抵抗値の4倍の1次側インピーダンスを持ったトランスを使う、ということである。

それでは、ここでは、本来は電圧増幅に使う12AU7でプッシュプル電力増幅をする回路を例として解説しよう。プッシュプルの場合も、負荷抵抗(出力トランスの1次側インピーダンス)と電源電圧とバイアス点の3つの値を決めることは変わりないのだが、ここではまず説明のため、先に負荷抵抗値をエイヤと決めて進めてみよう。1/4負荷を5kΩとして、プッシュプル動作で一番極端な動作をするB級について考える。まず、電源電圧を仮に200Vにして5kΩのロードラインを引くと次の図のようになる。

12AU7 B級プッシュプル電力増幅の1/4負荷抵抗5kΩのロードライン

原理編で書いたようにB級ではバイアス点は図中(A)のプレート電流がゼロの点になる。これはここで説明したカットオフの点で、バイアス電圧はかなり深い(大きいマイナス電圧)ところになり、12AU7ではプレート電圧が200Vのときには-15Vぐらいである(ただし、-15Vでは完全にプレート電流がゼロになるわけではない)。さて、このときの増幅は、片方の球だけ見ると、入力信号の片側だけを増幅していて、出力はちょうど整流したのと同じな脈流になっている。以前ここで説明したように、この2つの球の脈流がトランスの1次側で合成されてちゃんとしたサイン波になって出力されるわけである。

バイアスの-15Vに重畳して加わった入力波形のプラス側の上限はEg=0Vのところまでになる。つまり(B)点である。以前ここここで説明したようにグリッドが正の電圧になったところ(正確には-0.7Vぐらい)は使わないのが普通だからである。そういうわけで、信号は(A)と(B)の間を動くわけである。ここで図より、プレート電流が動く範囲がipmで16mA、プレート電圧が動く範囲がepmで76Vになる。

このプッシュプル回路から取りだせる出力電力は、このipmとepmで計算できる。これらipmとepmはピークの値なので、それぞれの実効値はipm/√2、epm/√2になり、これを掛け合わせれば出力電力Poになるわけだ。

          ipm   epm       ipm  epm
  Po  =  -----  -----  =  ----------    …(1式)
          √2    √2          2
今回の12AU7プッシュプルの例ではipm=16mA、epm=76Vなので
          16×10-3 ・ 76
  Po  =  ---------------  =  0.61W    …(2式)
                2
ということで、0.61Wの出力が得られている。

ロードラインの図をよく見ると分かるのだが、プッシュプルでは、負荷抵抗を一定にしたとき、次の図のように電源電圧を上げれば単純に出力が大きくなって行く。しかし、あまり電源電圧を大きくすると球のプレート損失の上限を超えたり、最大プレート電圧を超えたりするのでダメである。なので、最大定格ぎりぎりまで電源電圧を上げれば最大のパワーが引き出せる、ということになる。

電源電圧を上げると出力が大きくなって行く様子

ただし、これまでも何回か書いたのだけど、ここでもやはり一言。パワー段の設計という話だと、どうしても当のパワーをどれだけ大きく引き出すか、という課題に沿って設計することが多い。しかし、オーディオアンプでもギターアンプでも、パワーというのは要素の一つにすぎないわけで、いい音が出なけりゃパワーもへったくれもない。しかし「いい音が出るような設計法」というのは実はあまり確立されておらず、そのせいもあってパワー優先になるのであろう。この先も、どうしてもパワー中心の解説になるが、以上のことは頭に入れておいた方がいい。その方が自由に楽しく設計できるからである。

B級プッシュプルのプレート損失

さて、本題に戻ろう。前述のロードラインの動作点におけるプレート損失がどうなるか調べてみよう。B級の場合、入力信号が無い場合はプレート電流がゼロなので、このときはプレート損失はゼロで発生しない。しかし、入力が加わると出力は半波整流の波形と同じく片側だけの脈流になり、これは直流分も含むし電力を発生し、損失になる。最大出力時には、ちょっとややこしいが、電源電圧をEp0とするとプレート損失は次のような式で計算できる。
           ipm  Ep0       ipm  epm
  PD  =   ----------  -  ---------    …(3式)
             2√2            4
前述の例でこれを計算すると、ipm=16mA、epm=76V、Ep0=200Vなので0.83Wになる。12AU7の最大プレート損失は2.75Wなのでまだかなり余裕がある。そこで電源電圧を上げて行くとロードラインは右にずれて行き、出力も上がって行く。それではここで、12AU7の最大プレート電圧300Vいっぱいまで電源電圧を上げてみよう。すると、次の図のようになる。

12AU7 B級プッシュプル電力増幅の1/4負荷抵抗5kΩのロードライン。電源電圧300Vのとき

このときは、図のように、ipm=25mA、epm=125V、Ep0=300Vなのでプレート損失を計算すると1.9Wで、まだ最大プレート損失の2.75Wまでは余裕がある。そしてこのときの出力は(1)式から
          ipm  epm       25(mA) ・ 125(V)
  Po  =  ----------  =  ----------------  =  1.56W    …(4式)
             2                 2

と計算できる。電源電圧が200Vだったときの3倍近くの1.56Wが得られることが分かる。

これで、いま、固定バイアスの回路を考えると、300Vでカットオフの時のグリッド電圧がおよそ-22VなのでC電源は-22Vになる。最大出力が得られるときの信号電圧のpp(peak-to-peak)値は、-22Vを2倍して44Vppになる。グリッドリーク抵抗のR1、R2は、電圧増幅のところで説明したことから、ここでは470kΩ、C1、C2は周波数特性に関係していてここで説明したことから決めることができ、ここでは0.1μFを使った。トランスについては、1/4負荷抵抗が5kΩだったわけなので、その4倍の20kΩが1次側インピーダンスのトランスを使う。結局、図のような回路が設計できたわけだ。

1/4ロードラインで設計した12AU7 B級プッシュプル電力増幅


クロスオーバー歪

以上、B級は大きな出力が得られるが、波形の合成(接合)がシビアで、理想的な真空管特性で無い限り、実際には波形の接合部分で右の図のような歪を発生する。これをクロスオーバー歪といって、これでオーディオで使うのは厳しいので、実際にはプレート電流を流すAB級〜A級が使われる。

AB級プッシュプルの設計

それでは、次は、AB級を経てA級に至るところはどうなっているかである。AB級では、下の図のように、1/4ロードラインはそのままで、A点にバイアスが移る。それで、このA点を通る1/2ロードラインというものを引く。前述の図の例では1/4負荷が5kΩだったので、1/2負荷は10kΩになり、次のようになる。
12AU7 AB級プッシュプル電力増幅のロードライン

結局、図の太線で示した(A)〜(B)〜(C)の折れ線がロードラインになるのである。実は、AB級は、信号の大きさによってA級とB級が切り替わる感じになっている。下の図(a)のように信号が小さいと、ロードライン上のAB線分上を使ってA級動作をして、(b)のように信号が大きくなると、ロードラインをスイッチしてBC線分上に移ってB級動作をする。
AB級プッシュプルの動作パターン

実際には、このスイッチは非連続的に起こるのではなく、じょじょに移行するので、本当のところはロードラインは折れ線ではなく曲線を描いているのである。この通り、プッシュプル回路の実際の振る舞いはかなりややこしい。

さて、設計に戻ると、ではAB級の動作をどの辺に持ってくればよいかについて決め手は無いのも厄介なのだが、例えば、前のロードラインの図のようにEg=-14Vにバイアスを決めてみよう。そして、ここでまたプレート損失の検討をして最大定格を超えていないかどうかチェックする。

AB級プッシュプルのプレート損失

先に検討したB級よりAB級の方がプレート損失は厳しくなる。AB級のプレート損失は、無信号のときと最大信号のときの2つについて考えないといけない。

無信号のときのプレート損失PD0はふつうのA級増幅と同じである。バイアス点の電圧Ep0と電流Ip0を掛け算して次のように計算する。

  PD0  =  Ep0 ・ Ip0  =  30(V) ・ 6.2(mA)  =  1.86W    …(5式)
最大信号が入ったのプレート損失PDSは、あくまで概算だが、だいたいipmにバイアス電流分IP0(ロードラインの図の(A)点のプレート電流)が加わったていどになる。
          (ipm + Ip0 ) Ep0     ipm  epm     (25 + 6.2)・300     25・125
  PDS  =  ----------------  -  --------  =  --------------  -  ------   =   2.53W    …(6式)
               2√2               4             2√2             4
これで、ゼロ信号のとき1.86W、最大信号のとき2.53Wということで、どちらも12AU7の最大プレート損失2.75W以下なのでこれで大丈夫であることが分かる。ここで超えてしまったら、電源電圧などを下げてもう一回やり直して決めてゆくのである。

こうして動作点が決まったので、自己バイアス回路のカソード抵抗を計算する。バイアス点のプレート電流Ip0は6.2mAで、このときのグリッド電圧Eg0が-14Vである。回路を見ると、1本のカソード抵抗に2本の球のプレート電流が流れるので、カソード抵抗に流れる電流は2倍になる。したがってカソード抵抗Rkは次のように計算できる。
           Eg0         14(V)
  Rk  =  ------  =  -------------  =  1.1kΩ     …(7式)
          2 Ip0      2 ・ 6.2(mA)
このときの出力電力だが、B級で計算したときと同じ1.56Wになる。なぜかというと、先の図「AB級プッシュプルの動作パターン」の右の(B)をよく見ると分かるのだが、最大出力のときの信号の片側の電圧と電流の値(epmとipm)は結局、B級のときと変らないのである。したがって出力電力もまったく変らない。

それから、最大出力を得るのに必要な入力電圧は、グリッド電圧のEg0がちょうどサイン波の片側分なのでこれを2倍して、28Vp-pの入力信号である。C3のカソードバイパスコンデンサの値は原理編のここで解説した通り低域特性にきいてくるが、ここでは定番の100μにしておいた。電源電圧はカソード抵抗の両端の電圧14V分だけかさ上げして314Vになる。これで、次の図のようなAB級プッシュプルの回路が設計できたわけだ。

設計した12AU7 AB級プッシュプル電力増幅


A級プッシュプルの設計

以上がAB級だが、それで、このままバイアス点(A)を上の方に移して行き、1/4ロードラインと1/2ロードラインの交点の(B)点をグリッド電圧が0Vのところまで追いやると下の図のようになり、最後にはA級プッシュプルになる。

12AU7 A級プッシュプル電力増幅のロードライン(ただしプレート損失超えなのでNG)


このように完全にA級になると事実上1/2ロードラインだけになる。ただし、AB級のときと同じように依然として出力される信号の片側の電圧と電流の値(epmとipm)はB級やAB級のときと変らないので、得られる出力は依然として1.56Wである。

これで分かるように、バイアスだけをB級からAB級、A級へと変化させても出力電力は変わらない。A級よりAB級、AB級よりB級の方がパワーがでかいんだからバイアスをいじってB級にしてパワーを出そう、という誤解をしている人がいるが、電源電圧と負荷抵抗を変えずにバイアスだけを変えても出てくるパワーは変わらないのである。

ではなぜ、B級ほどパワーがでかい、と言うかというと、B級に近くなるほど真空管のプレート損失に余裕が出てくるので、その分、電源電圧を高くして負荷抵抗を調節して、パワーを大きくとれる動作点を取って設計できるからである。

現に、実は上記の図のA級プッシュプルの動作点だが、これはNGである。なぜかというとバイアスの(A)点が最大プレート損失2.75Wのラインを超えてしまっているからである。これでは真空管がいかれてしまうので、電源電圧を落として設計し直さないといけない。そこで電源電圧を250Vに落としてA級プッシュプルのロードラインを引いてみると次の図のようになる。

12AU7 A級プッシュプル電力増幅のロードライン


図のように(A)点がプレート損失のラインを下回っているのでこれでOKである。これを計算で確かめるときは、(A)点のプレートの電圧と電流を図から読み、これらを掛け合わせてプレート損失Pdを計算する。図よりそれぞれ250Vと10.05mAなので
  Pd  =   10.05×10-3 ・ 250  =   2.51W   …(8式)
と計算でき、2.51Wであることが分かる。したがって最大プレート損失の2.75Wを下回っている。

ところで A級のプレート損失の検討は無信号のときだけでいい。実は信号が入っているときでも、プレートで消費される電力の平均は無信号のときと同じだからである。つまり何のことはない、A級プッシュプルというのは、A級のシングルのときの設計と変らないのである。

バイアス点のグリッド電圧Eg0はロードラインの図より-8.3Vで、このときのプレート電流Ip0が10.05mAなので、カソード抵抗R3は(7)式を使って次のように計算できる。
           Eg0          8.3(V)
  Rk  =  ------  =  ---------------  =  410Ω     …(9式)
          2 Ip0      2 ・ 10.05(mA)
得られる出力電力だが、ロードラインの図より、最大出力のときの信号の片側の電圧がepm=100V、電流がipm=21mAなので、以前の(1)式を使って次のように計算できる。
          ipm  epm      21×10-3 ・ 100
  Po  =  ----------  =  ---------------  =  1.05W    …(10式)
             2                2
最大出力を得るのに必要な入力電圧は、グリッド電圧のEg0がサイン波の片側分なのでこれを2倍して、16.6Vp-pの入力信号になる。電源電圧はカソード抵抗の両端の電圧8.3V分だけかさ上げして258Vになる。これで、次の図のようなA級プッシュプルの回路が設計できた。

設計した12AU7 A級プッシュプル電力増幅



このようにA級になると、電源電圧を落としたせいで結果的に出力が1.05Wに落ちている。B級とAB級のときは1.56Wで同じだったが、B級のときはプレート損失が1.9Wで最大定格の2.75Wまでかなり余裕があり、300Vよりもっと電源電圧を上げれば1.56Wよりもっとパワーが出るのである。ただし、今度はプレート電圧の最大定格の300Vに引っかかってしまい電源電圧は300V以上には上げられない。なので今度は、負荷抵抗の値をあれこれいじって一番効率がよいところを探すことになる。やってみると見つかるかもしれない。

という風に、やっているうちにどうもパワーゲームになってしまいがちなところがパワー段の設計の一般的傾向かもしれない。前の方で忠告しておいたが、パワーが出りゃいいってもんじゃない。アンプの設計目標は、パワー、歪、音質、見た目、そのほかいくらでもあるわけで、まあ、結局、ロードラインをいじって好きに設計してみたらいかがだろう。

それから、5極管のプッシュプルだが、上記に加えてスクリーングリッド損失を考えないといけないのでさらに厄介である。メーカー推奨の動作例を参照するのが無難かもしれない。詳しい設計法については他書に譲るが、いろいろやっていれば類推はできるはずである。この辺になると設計法がどうの、というより「何事も経験」であろう。