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2 3極管電圧増幅回路の設計

3極管電圧増幅回路

まずは3極管を使った基本の電圧増幅回路の設計について説明しよう。原理編で説明したように、電圧増幅回路は右の図のようなものである。ここではギターアンプでもオーディオであってもポピュラーな3極管の12AX7を例に取ることにしよう。

この図にある抵抗とコンデンサの値を決めて行くわけだが、まずは直流について考え、コンデンサは後回しにする。これを直流設計と言って、ふつうこれを先に行い、その後に、交流を考慮した交流設計というものを行う。直流ではコンデンサは無いもの(つまり絶縁体)とみなせるので全部取り去ってしまう。

すると残るのは、R1のグリッドリーク抵抗、R2のカソード抵抗、R3の負荷抵抗の3つ、そしてB+の電源電圧になる。この3つの抵抗値と電圧を決めてやればいいわけだ。それが済んだら次は交流設計で、ゲインなどの検討をする。

メーカー推奨設計値を使う

12AX7のようなポピュラーな球になると、その規格表に、下のようなメーカー推奨のRC結合増幅器動作例というものが公表されている。

これらの値をそのまま使えば間違いはない。例えば、電源電圧Ebbを250Vにして、負荷抵抗Rpを100kΩに決めれば、カソード抵抗Rkは1.5kΩになり、プレート電流Ipは0.86mAになる。これは上の2つ目の表の上から2番目の値である。ここで、Rg = 330kΩ とあるのはこの真空管のグリッドリーク抵抗Rg1ではなく、次の段のグリッドリーク抵抗Rgである。では自分のところのグリッドリーク抵抗をいくつにすればよいかであるが、これは次の節で説明する。ここでは470kΩにしておこう。以上で直流設計は終わりである。

メーカー推奨値による回路

実は、この次の段のグリッドリーク抵抗Rg = 330kΩは交流設計の方に関係していて、ゲインと歪みなどに利いてくる。これが330kΩであれば、この段の電圧増幅のゲインは54.5、フルスイングで入力を入れたときの歪み率が3.9%となることが分かる。それで、結局、回路は右の図のようになる。まんま、当たり前といえば当たり前である。

ところで、使おうとする電源電圧が表の代表値の中に無いときは、2つの値から線形補間して求めてもそれほど間違いはない。例えば電源電圧が225Vだったとすると、200Vとのときと250Vのときの値の中央の値を計算すれば、だいたいOKである。ここで、次段のグリッドリーク抵抗の指定はゲインの算出のためにあるもので、この段の回路の設計とは関係ないので、これは補間しなくてよい。

このようにメーカーが発表している設計値があるときはきちんとすべてデータが揃っており、確実である。あるいは、実際の製品の回路図や信頼できる人の描いた回路図からそのまま持ってきても構わない。真空管ギターアンプの回路図などになると、アメリカのサイトに、もう、ほとんど回路がタダで載っているので、この回路をパクるのもよい。ただし、これにしても電源電圧値が書かれていなかったり、情報不足の場合も多々ある。それより何より、回路の意味も何も分からず単に切り取ってパクる、というのはお勧めはできない。前後の接続によって不具合が起こることもあるからである。とにかく、原理だけはちゃんと理解しておくことが重要だと思う。

さて、このようにメーカー推奨回路や参考回路があるときはいいが、これが無いときは自分で決めることになる。真空管の規格表は今ではインターネットで探せばかなり手に入る。たとえば、次のサイトなど、膨大な量の真空管データシートがpdfで掲載されている。

http://www.shinjo.info/frank/index.html  ( Frank's electron Tube Data sheets )

これを実際に見てみると分かるが、データシートに載っている情報のレベルは色々である。推奨設計値がほとんど無い場合もあるし、特性グラフすらも無く、最低限の数値しか記されていないこともある。それはともかく、ここでは、原理編で説明したEp-Ip特性が与えられているものとして、以下に順を追って設計のしかたについて説明して行こう。データシートを見てみると、このEp-Ip特性はだいたい載っているようである。

グリッドリーク抵抗の決め方

グリッドリーク抵抗の役割は原理編で説明した通りである。ここは通常は100kΩから1MΩぐらいの値が使われる。真空管はグリッドに電流が流れないので、入力インピーダンス(グリッドとカソードの間の交流抵抗値)は無限大である。このため、増幅回路自体の入力インピーダンスはグリッドリーク抵抗の値そのものになる。ここで、グリッド抵抗を例えば1kΩとか小さくしてしまうと、増幅回路の入力インピーダンスが1kΩになってしまい、この増幅回路の前の段の動作に影響を与えてしまう。例えば、1kΩの入力に1Vの信号を入れるとすると、入力に流れる電流は

    1V
  ------  =  1mA     …(1式)
   1kΩ 

になる。1mAという電流は、真空管ではけっこう大きい値である。真空管は大電圧、低電流で使うのが基本な素子なのである。例えば、前述のメーカー推奨動作で設計した回路ではプレート電流は0.86mAであった。これでは次の段へ1mAの電流を供給するのはほとんど無理である。こういうことから、グリッドリーク抵抗はかなり大きく取るのが普通である。

真空管の熱暴走

それでは逆に5MΩとかむやみに大きくするとどうなるかというと、今度は真空管の動作が不安定になる。グリッドはカソードの近くにあり、かなりの温度に熱せられるので、少ないながら自由電子が飛び出しプレートへ吸い込まれる。このため、図のようにプレートからグリッドに向かってグリッド電流という僅かな電流が流れる。この電流はグリッドリーク抵抗を通り、ここに電圧を発生させる。

例えば、1μA(1mAの1/1000)の電流が流れ、グリッドリーク抵抗が1MΩだとすると1Vの電圧を発生するが、これはけっこう大きい電圧で、バイアスの電圧を持ち上げる。バイアス電圧が高くなるとプレート電流は増加する。すると真空管は熱を発し、グリッドリーク電流が1μAより増えて行く。これが繰り返されるとプレート電流は増加し続け、最終的には暴走してしまうのである。これが真空管の熱暴走と呼ばれるものである。

このため、グリッドリーク抵抗はむやみに大きくはできない。この傾向は、出力管のように大電流で高温になる球の場合に顕著になる。メーカーの規格表には、だいたいこのグリッドリーク抵抗の上限が記されているが、それはこのためである。ちなみに、この上限はふつう、固定バイアスと自己バイアスのときの2つの値があり、たいがい固定バイアスの場合の方が値が小さくなっている。これは、原理編で説明したように、自己バイアスは、固定バイアスに比べて安定性がよいためである。

以上のような理屈から、電圧増幅回路のグリッドリーク抵抗は500kΩていどを使うことが多い。

負荷抵抗の決め方

負荷抵抗R3を決めるときは、いくつか留意点があって、それらについて考えながら、結局はエイヤと決める。以下にその留意点を列挙して簡単に説明しよう。

交流領域での負荷抵抗

このように、ざっと考えてもいくつもの要因が関係しており、こうしないといけない、という決まりは無く、各々の妥協点の適当なところに落ち着くわけだ。下の図の回路では、次段のグリッドリーク抵抗R4が470kΩで、12AX7の内部抵抗は規格表から80kΩ(プレート電圧が100Vのとき)と書いてあるので、負荷抵抗R3を470kΩと80kΩの間の、たとえば180kΩと決めてもよいだろう。

負荷抵抗値の決め方

カソード抵抗(バイアス)の決め方

負荷抵抗を決めて、電源電圧を決めればバイアスを決めることができる。もっとも、この、負荷抵抗と電源電圧とバイアスは3つどもえのようなところがあるので、あるていど行ったり来たりしながら決めて行くことが多い。工作編の課題回路図を見ても分かるが、電圧増幅段に供給する電圧は、パワー段に供給する電源から抵抗を通して取ってくることが多く、そういう回路構成の場合は、電圧増幅段の電源電圧はパワー段より低くなる。そうすると、今度はパワー段を先に決めないといけないわけだ。

このように、真空管のような純アナログ回路は、あっちが立てばこっちが立たず、という事態が至る所で起こるので、結局は何回か試行錯誤を繰り返しながら定数を決めて行くのである。ここで書いているような「設計法」としてまとめるのは実はけっこう無理があったりする。それよりも回路の「動作原理」の方をしっかり頭に入れて、あれこれ考えながら設計して行く、という方が実体に合っている。

さて、ここでは、電源電圧をトップダウン式に250Vと決めてみよう。これで、12AX7のEp-Ip曲線の上に、負荷抵抗の180kΩのロードラインを引くことができる。ロードラインの引き方だが、まず180kΩでプレート電圧がゼロになる電流を求める。

    250V
  --------  =  1.4mA   …(2式)
   180kΩ

これで、次の図のように、EpとIpが250Vと0mAの点と、0Vと1.4mAの点を結んだロードラインが描ける。バイアスの決定は、このロードラインと曲線群のどの交点を使うかという問題になる。


12AX7の負荷抵抗180kΩのロードライン


原理編で説明したように、A級増幅の様子は下の図のようになっていて、(B)のように直線性のよい真ん中辺を使うのがふつうである。(A)のように、あまりバイアス電圧を小さく(浅く)すると、信号のピークの部分がグリッド電圧のプラスの領域にかかってしまい、原理編で説明したようにグリッド電流が流れ、歪みの原因になる。グリッド電流はおよそ0.7Vぐらいから流れ始めるので、信号のピークが0.7Vを超えないようにバイアスを決める。このように、想定される入力信号電圧にも目安をつける必要があるわけだ。


バイアス点による歪みの発生

それから、今度は、(C)のように、あまりバイアス電圧を大きく(深く)すると、直線性が悪くなり、出力信号は図のように非対称に片側がつぶれた2次歪と呼ばれる歪を発生する。結局、(A)と(C)の事態を避けた真ん中辺にバイアスを持って行くわけだ。ここでは、バイアス電圧Eg0を-1.5Vに決めてみよう。そうすると、このときのプレート電流Ip0は上の上の図より0.54mAと読めるので、カソード抵抗R2の値はバイアス電圧をプレート電流で割ることで計算することができる。

            Eg0         1.5V
  R2  =  -------  =  --------  =  2.8kΩ   …(3式)
            Ip0        0.54mA 

これでカソード抵抗値が2.8kΩと決定でき、回路の直流設計ができた。

2本のロードライン

図のロードラインは、直流領域でのものである。実は、交流領域ではもう一本のロードラインが加わる。負荷抵抗の決定のところで説明したように、交流領域では真空管の負荷は、負荷抵抗R3と次段のグリッドリーク抵抗R4を並列にした抵抗になる。今、R3が180kΩ、R4が470kΩとすると並列抵抗を計算すると130kΩとなり、交流では負荷抵抗値が小さくなるのである。下の図のように、バイアスの点(A)を通り、130kΩの傾きを持った線を引くと、これが交流領域におけるロードラインになる。入力信号は交流なので、出力には、この交流のロードラインにしたがった出力信号が出てくる。

交流のロードライン

ここで、例えばR4がかなり小さくて100kΩだったりすると、並列抵抗は64kΩと、かなり低くなり、直流と交流の2本のロードラインが下の図のようにかなり離れてくる。こうなると、見ると分かるように、動作のポイントが下側にずれ、下の部分がロードラインの幅のつまったところにかかり、歪みが増え、出力電圧があまり取れなくなって来ることが分かるであろう。負荷抵抗のところで述べた、次段のグリッドリーク抵抗の半分以下ぐらいにする、という目安はこれが根拠だったわけである。

交流と直流のロードラインが離れているとき


ゲインの計算

次は、こうして設計した回路のゲイン(電圧増幅率)の求め方について説明しよう。

そんなに精度は良くないが、ロードラインから読み取ることができる。下の図を見て欲しい。


ゲインをロードラインから読む

130kΩの交流のロードライン上で、今、入力信号の電圧が、バイアスのEg = -1.5Vを中心にして上に0.5V、下に0.5V振れたとしよう。すると、上はEg = -1.0Vでこのときのプレート電圧Epが123V、下はEg = -2.0VでこのときのEpが182Vと読める。入力電圧のp-p値は上下に0.5Vずつだから1.0Vp-pで、出力電圧のp-p値はEpの最大と最小の差で59Vなので、ゲインAは次のように計算できる。

         182(V)  -  123(V)        59(V)
  A  =  -------------------  =  --------  =  59    …(4式)
         2.0(V)  -  1.0(V)       1.0(V) 
このように、ゲインは59になることが分かる。このロードラインは実際の回路の動作条件そのものなので、図を読んでいるせいで精度は良くなくともこの値は信頼できる。

この方法以外に、数式でも計算できる。3極管回路のゲインAは、負荷抵抗をRL、真空管の内部抵抗をrp(真空管の規格表に載っている)、真空管の増幅率をμ(同じく真空管の規格表に載っている)とすると次の式で計算できる。
                RL
  A  =  μ -----------    …(5式)
            rp  +  RL 

この式の理由は、下の図を見ると分かる。真空管の入力にeiという電圧の信号が入力されると、増幅率μで増幅されてμ eiになる。これが、図のようにrpとRLで分圧されて、RL側に出力として出てくる、と考えるのである。この理屈および数式から、RLが小さくなるとゲインがどんどん落ちることが分かるだろう。これが、負荷抵抗のところで説明した、負荷抵抗を内部抵抗の2倍以上ぐらいに取る、という根拠である。


3極管のゲイン計算

さて、例題の回路で実際にゲインを求めてみよう。12AX7の規格表からμ=100、rp=80kΩで、交流におけるRLは130kΩだったので

                 130
  A  =  100  ------------  =  62    …(6式)
              80  +  130 
と計算できる。ロードラインで求めた値59と若干異なっている。実は、計算に使っているμとrpだが、これらは真空管の動作点によって変化する。規格表に載っているμとrpは、あるプレート電流とプレート電圧のときに測定した値で(これらの条件は規格表に明記されている。上記はIp=0.5mA、Ep=100Vのときの値)、実際の動作点では値は変わっている。したがって、前述のロードラインで求めた方が実体で、計算で求めた方は概算になる。実際は、動作点がそれほど極端に離れていなければ、この概算で十分間に合う。

これで、結局、ロードラインから設計した12AX7の回路は図のようになる。


ロードラインで設計した12AX7電圧増幅回路