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5 3極管シングル電力増幅回路の設計

3極管電力増幅回路

電力増幅回路の設計

さて、今度はいよいよメインイベントの出力段の設計である。ここまでの説明では、先に電圧増幅を説明したが、実際にアンプを設計するときは、この電力増幅段の設計を先にするのが普通である。また、電力増幅には、原理編でも説明したように、シングルとプッシュプルがある。まずシングルから先に説明することにしよう。

原理編で説明したように、実際には電力増幅と電圧増幅にそれほど大きな違いはない。回路上で一番違うのが、負荷抵抗の代わりにトランスが使われるところである。そのため、ロードラインの引き方がいくらか変わる。  

電圧増幅の設計のときと同じく、一番確実な方法はメーカー推奨設計値を使うことである。さっきは、電力増幅も電圧増幅もあまり変らないと書いたが、原理は確かにあまり変らないのだが、実際に球に電流を流して電力を搾り出そうとすると色々なことがからんできて、実は電圧増幅よりは一筋縄で行かないものなのである。

こんなときメーカー推奨値は非常によいリファレンスになるので、特に電力増幅ではまずはこれを元にして考えることをお勧めする。電力増幅用に開発された球であれば、1つや2つのA級シングルの動作例は規格表に載っている。加えて、AB級プッシュプルの動作点などもたいてい載っている。この場合、電源電圧が動作例に載っているお仕着せになるので、まず出力段の定数を決めてしまい、それを元に電源回路や、電圧増幅段などの全体設計をして行くことになる。

しかし、適当なメーカー推奨動作例が無いときは、もちろん自分で動作点を見出すことになる。ここの章では、まず3極管の6EM7を例にとって、上の図のようなシングル電力増幅回路を、規格表に載っているEp-Ip特性から動作点を求めて設計する方法を紹介しよう。なお、この6EM7は元々はテレビの垂直増幅用の球でオーディオ用ではないが、今ではよくオーディオ用として使われたりするようである。

ロードラインとプレート損失

以前の電圧増幅のときは、まず負荷抵抗の値を適当なところに決めた。電力増幅の場合、ふつう、電源電圧を決め、使おうとする球をその電源電圧で駆動したときに最大の出力電力が得られるように設計する。  

電力増幅では、上に載せた図のようにプレートにトランスが入っている。トランスの1次巻き線の直流抵抗は100Ωのオーダーで小さいので、電源電圧がそのままプレートにかかると考えてしまって構わない(実際は数Vていど低くなるが)。

まず、規格表に載っている最大プレート電圧を超えない値に電源電圧を決める。6EM7の最大プレート電圧は規格表より330Vである。いま、電源電圧をちょっと低めの200Vにしてみよう。そうすると、次の図のように、電源電圧のところに縦線が引け、これと曲線群の交点がバイアスになり、どの交点を使うか決める、という問題になる。


6EM7電力増幅の負荷抵抗5kΩのロードライン

ここで注意しないといけないのが、プレート損失である。球の規格表に、最大プレート損失という数値があり、バイアス点でのプレート損失がこの数値を超えないようにしなければいけない。プレート損失PDは、バイアス点のプレート電流Ip0とプレート電圧Ep0から次のように計算する。

  PD  =  Ip0 ・ Ep0   …(1式)

これは、要はプレートで消費される電力で、6EM7では10Wである。つまり10Wの電熱器のようなもので、この限界を超えると真空管が熱くなりすぎ、寿命が短くなったり、さらには破壊するわけである。上記の例では電源電圧Ep0=200Vで、PD=10Wなので、許される最大プレート電流Ip0は

  Ip0  =  PD / Ep0  =  10 / 200  = 0.05(A) =  50(mA)  …(2式)
このように50mAになる。つまりバイアス点は、プレート電流が50mA以下になるように決めなくてはいけない。上のロードラインの図で言うと、点線で描いた曲線が、6EM7のプレート損失10Wの限界になり、バイアス点は必ずこの曲線より下に来るように決めなくてはいけない。

それから真空管の最大定格には「最大プレート電流」というのもある。6EM7は規格表を見ると50mAである。上述と同じ50mAになっているがこれはたまたまである。プレート電流はこの値より小さくしておかなくてはいけない。最大プレート損失がOKでも、この最大プレート電流を超えていたらNGである。

得られる最大出力の計算

次にロードラインを引く。今、負荷抵抗を5kΩにエイヤと決め、バイアスをEp = 200V、Ip = 40mAの点(図中のB)にしてロードラインを引いてみると、上のロードラインの図のようになる。バイアス電圧はEg = -33Vである。このように作図すると、図のように、ぎりぎり一杯の大きさの入力電圧(A-C間)を加えたとき、負荷抵抗(トランスの1次側)に現れる信号の電圧のp-p値epm(Vp-p)と電流のp-p値ipm(Ap-p)が読み取れる。ここでは、図より272V( = 322 - 50 )と56mA ( = 70 - 14 )になっている。

ここでぎりぎり一杯のA点とC点の求め方であるが、A点はバイアスがプラスにならない0Vのところを見る。そして、B点の-33Vが今ここで設定したバイアスなので、-33Vを中心にグリッドにサイン波を加えるとプラス側に33V振れることになる。そしてサイン波がマイナスに振れるところでは、B点の-33Vよりさらに33V低くなるわけなのでグリッドが-66Vになり、これがC点である。

このとき、最大出力Poは次のように計算できる。

          epm     ipm       epm ・ ipm     272 ・ 56×10-3
  Po  =  ----- ・ ------  =  ---------  =  --------------  =  1.9W     …(3式)
         2√2     2√2          8               8

実効値はp-p値の1/2√2 なので、結局上のように、最大電力はepmとipmをかけたものの1/8になる。ここでは1.9Wの電力が得られることが分かる。  

動作点をどのように決めるか

上記では電源電圧と負荷抵抗とバイアスを一方的に決めてみたが、どんな根拠で決めているのだろうか。

実際には、電源電圧と負荷抵抗とバイアスの組み合わせは無数にあって、ロードラインをあれこれ引きながら、電力がたくさん取れ、なおかつ歪が少なそうな組み合わせを探す、という作業になる。歪については、電圧増幅のときと同じくバイアス点を基準にしてp-pの信号が非対称になる度合いが少なくなるように考える。結局は、設計において何を優先するかで決まるので、こうじゃないといけない、という規則はない、自由である。

よく、ただひたすら最大電力が大きくなるようにがんばっているのがあるが、実用上それが重要ともあまり思われない。3ワットがやっとなちっぽけな球から5ワット取り出せる動作点が見つかったところで、狭い部屋でボリューム10で聞くわけでもなく意味もなかったりする。それに、パワーを搾り出すと、ふつう歪みは大きくなる。さらに球に無理をさせることになり、いくら最大プレート損失ぎりぎり超えなかったとしても球の寿命は短くなる、など、あまりいいこともない。

一方、ギターアンプのときはパワーが大きけりゃでかい音が出ていいじゃないか、とも思うかもしれない。しかし最近はそれよりもオーバードライブしたときどれぐらい心地よいクランチが得られるか、といったことが言われることが多かったりして、そうすると球の動作点にごきげんなスイートスポットがありそうな感じである。こうなっちゃうと球の動作点は設計法とかで論理的に決まるんじゃなくて、その人の経験とカンで決まることになりそうで、まるで料理の名人の味付けみたいな話になってくる。

そんなこんなで、結局は決め手はないのだが、それだけに個性も出るし、遊べる、と考えて、いろいろ冒険してみたらいかがだろう。

ここで、一点だけ注意することは、プレート電圧やプレート損失やプレート電流の最大定格は守ることぐらいだろう(もっとも、ギターアンプの人たちは時にこれも守らなかったりする)

それにしても、おおざっぱな目安というものはあり、3極管の場合、最大出力と歪を考慮に入れると最適負荷は、規格表に載っている真空管の内部抵抗の2、3倍ぐらいになる。たとえば、6EM7は内部抵抗が750Ωとなっているので、その2倍の1.5kΩにしてみよう。1.5kΩでプレート損失10Wのぎりぎりでロードラインを引くと次の図のようになる。


6EM7電力増幅の負荷抵抗1.5kΩのロードライン

ここで、プレート損失の限界の点線をロードラインが一部超えているが、バイアス点が超えていなければ、まず大丈夫である。ただし、出力信号が歪で非対称になり直流分を含むため実際には厳しくなる。ギターアンプのように常にフルボリュームで使う場合、非対称がひどくなるため真空管に負担をかけ、最悪、球が飛んでしまうことがあるので要注意である。

さて、上記のロードラインのときの最大出力を前述と同様に計算してみよう。上の図から最大信号時のプレート電圧の振れ幅epmが185V、プレート電流の振れ幅ipmが135mAなので(3)式にならって次のように計算できる。

            epm ・ ipm         185 ・ 135×10-3
  Po   =   -----------   =   -----------------  =  3.1W     …(4式)
                8                    8
    
このように3.1Wになる。さっきは1.9Wだったからおよそ1.5倍である。ぎりぎりまで搾り出すとこれぐらいの出力が出る計算になるわけだ。ただ、ロードラインを見ても分かるが、バイアス点に対してかなり非対称になっているので、歪はかなり大きくなり、この動作点はあまり現実的ではない。それから、市販のシングル用のトランスは1次側インピーダンス値の選択肢はあまりないので、最終的には近い値のトランスを選び、ロードライン引き直しなどの試行錯誤が入る。  

入力信号電圧を読む

ロードラインを引いて動作点が決まったら、最大出力のときに必要な入力信号の大きさを読み取っておく。前の1.9Wのときの動作点だと、Eg=-33Vを中心として、Eg=0V(電圧増幅のときは-0.7Vと言ったが電力増幅では-0.7Vは小さくて無視できるので0Vでやっている)からEg=-66Vまで振れる入力信号のときの出力を計算したので、入力信号電圧は66Vp-pである。66Vp-pの入力信号を加えれば最大出力1.9Wが出る、ということである。

この入力信号電圧は、この後、電圧増幅段のゲインを決めるときに必要になる。また、ロードラインの図で分かるように、信号のプラス側とマイナス側でプレート電圧値が異なっていて、バイアス点は中央ではない。これは、取りも直さず、入力にサイン波を入れても出力には片側がいくらかつぶれた歪んだ信号が現れることを示している。これはここでも述べた2次歪で、3極管の増幅では避けられないことである。  

回路定数を決める

ロードラインが引けて、バイアス点が決まったら、あとは電圧増幅の場合とまったく同じように抵抗値のそのほかを決めて行く。最大出力1.9Wの動作点では、バイアス点のグリッド電圧が-33V、そのときのプレート電流が40mAなので、カソード抵抗は

           33V
  R2  =  -------  =  825Ω     …(5式)
          40mA
となり、近い値の抵抗値を取って820Ωと決定できる。このとき、カソードの電圧は33Vでかさ上げされていて、その分だけプレート電圧が相対的に減ったことになるので、設計値と同じ動作にするために電源電圧をこのバイアス電圧の分高くしてやる。したがって、電源電圧は233Vになる。  

出力トランスは、1次側インピーダンスが5kΩで、電流容量が40mA以上の、シングル用のものを探す。ぴったりのものがないときは設計し直しである。また、原理編のトランスのところで説明したように、出力トランスのインピーダンスは相対的なので、2次側のスピーカーのつなぎ方で1次側インピーダンスの選択肢は増える。たとえば、3kΩ:16Ωというトランスがあれば、2次側に8Ωのスピーカーをつなぐことで1次側は1.5kΩとなる。  

次にグリッドリーク抵抗だが、これは電圧増幅のときと同じである。球の規格表を見るとグリッド抵抗の上限値が載っているので、それ以下にする。6EM7は見てみると2.2MΩと、かなりでかいが、これはテレビの垂直増幅用として使ったときの場合で、オーディオ用ではやはり500kΩていどと考えた方がよいだろう。

特に電力増幅の真空管は熱くなるので、ここで説明した真空管の熱暴走も起こりやすくなり、グリッドリーク抵抗も低めの220kΩあたりに設定しているのをよくみかける。それから、カソードのバイパスコンデンサは、電圧増幅のときと同じく、100μF〜500μFていどの電解コンデンサである。耐圧は、バイアスの電圧がそのままかかるので、それ以上の、ふつう2倍以上のものを使う。  

以上から、最終的にロードラインで設計した6ME7の電力増幅回路は次の図のようになる。


ロードラインから設計した6EM7シングル電力増幅回路