この常軌を逸した法外なロマンチシズムは、人の隠れた悲しみや苦しみを刺すような鋭い針と、その痛みを癒す甘美な感傷を合わせ持った処に現れている。これがあの片時も眠ることができなかった精神が南仏に聞き取った音であった。彼は、糸杉のことを「風景の中の黒い斑紋」と評し、ここ南仏では「青と共に見ると言うよりは、青の中で見なければならない」と言っている。ここに描かれた糸杉は、深いコバルトブルーの吸い込まれてしまいそうな夜空の色をした心の中の黒い影だ。目の眩むような高所に舞い上がる精神の中の暗い影だ。高い所の苦手だった彼を空へと運んで行くのは、このよじれた黒い糸杉の炎である。深い青色に染まった夜空に、彼はかつて地上に生きた親しい人達の天上における一群を夢想するのであった。散歩道の地上からいっきに天に向かって画布を突き抜けて描かれた糸杉は、彼自らを地上から天上の彼方の世界へ運んで行く、死という乗り物に他ならないのだ。

 


ノート

糸杉のある散歩道 1890年 サンレミ クレラーミュラー美術館