観念的には異常な絵であることは間違いあるまい。そこには宗教的色彩を帯びた、不吉な狂気の影が渦巻き、錯乱の虜になった人間が自然の風景の中に見る幻覚とも思える。この絵はまさに夜空に描かれた音の奔流である。筆触の大きな流れ、明滅する星、吹き上がり、ゆらゆらとしたリズムで左半分を占める糸杉。このまさに音楽的な主題を表現するのに彼が用いた絵画手法は独創的で的確である。彼は、厳格と呼んでもいい手つきで、鳴り渡る音楽を正確に絵画になぞらえてゆく。そして、この絵には、これを見る者を同じ錯乱へと引きずって行くために必要な、最初に人の心臓をいきなり掴む、つまり脅しの要素が微塵も感じられない。こちらの心のある状態が整うと、その錯乱の中へ入って行く事ができるが、それはほとんど安堵感に似た感覚に浸っているようで、ほとんど優しいと言ってもよいほどの叙情性がある。

 


ノート

星月夜 1889年 サンレミ ニューヨーク・モダンアート美術館