目次
核ミサイルと冷戦の時代
スターリン、ヒットラーそしてシリアルキラー

核ミサイルと冷戦の時代

最初に、ここで、私がこれから話そうとしていることを、なぜ話すのかを言っておきたいと思います。

僕が君たちと同じぐらいの歳のとき、君たちより少し年上だと思うけど。なんでかって、たぶん君たちは21歳かそこらでしょう? 僕はたぶん君たちと同じかたぶん2、3歳年上で、最初の年、僕は大学院にいて、特に、たぶん1985年あたりで、僕は23歳ぐらいで、そのころは20世紀の後半で、冷戦がそのピークに達したことが何度かあった年です。

それで、一度など、たしかそれは1957年ごろで、年代の記憶が正しければいいんだけど、とにかく、スターリンが水爆を開発したことをアナウンスした年でね。ところで、君たちが水爆についてどれだけ知っているか分からないんだけど、でも、君たちはその爆弾について本当に、知っている必要があるよ。水爆は、原爆を起爆器として使うんだよね、だから、それって、本当に物凄い兵器でね、ソ連とアメリカはものすごく巨大な水爆を作ってね、それはヒロシマに落とされた原爆がただのダイナマイトていどに過ぎないほど強力だったんだよ、たぶん、何百倍も強力で、いや、たぶん何千倍もね。

私がそれについて知るようになってしばらく経って、それは1962年のこと、キューバミサイル危機というのがあって、ひどい話なんだけど、それで10年ぐらい前、私は意識に関するコンファレンスに参加するためにアリゾナのトゥーサンへ行ってね、というのはそのコンファレンスはトゥーサンで何度も開催されてたんでね。それはかなり有名なコンファレンスになったけどね、まあ、自分には、そのコンファレンスが始まった時に比べて意識について何かより解明されて分かるようになったかというと、はっきりしないけどね。

で、そのトゥーサンというが面白い街でね、砂漠の真ん中にあるの。涼しい砂漠で、でっかいサグアロ・サボテンがたくさん生えてて、極度に乾燥したところなの。でも、もちろん皆さんが思うところの、いわゆる砂漠なのね。それで、アメリカがそのトゥーサンでやったことの一つに、古くなった戦闘機をたくさんそこに保管していてね、それで、飛行機博物館があってね、それは驚くべきところでね、たぶん、500機もの飛行機が集められてて、その中にはジョン・F・ケネディの大統領専用特別機もあって、それで彼はブーンって世界じゅうを飛んでたんだけど、もっともシャワーはなかったけどね。ところで、おかしいのが、そのジェットの外観は現代的なんだけど、その中はまったく第二次世界大戦のころそのものなの。

なんでかっていうと、1962年っていう年は、あらゆる方法について、今よりもずっと二次大戦時代に近くて、その時代に作られた月面着陸ロケットだって、二次大戦のテクノロジーを使う人々が作ったみたいな感じなんです。見ると、そこに、機械式のスイッチが大量に並んでて、ホント昔風なの。とにかく、その航空博物館はとても面白いところで、B-52爆撃機もあるし、そういったものすべてがあって、広大な場所に、彼らは大量の古い戦闘機を保管していて、それはまるで飛行機の墓場みたいなところ。で、そこには、その大量の戦闘機がね、何平米も何平米も何平米も広がってる土地にね、そこに古い使用済み戦闘ジェット機が何千も何千も何千も、砂漠の中に並んでるの。

だから、それはひどく変だけど、一種すごいところで、でも、そこにはもう一つ別のものがあってね、私はそこへ行ってみたんです。それは、破棄された核ミサイル発射基地なの。それは、大陸間弾道ミサイル発射基地で、50年代から60年代前半に作られたところで、それはメジャーリーグ級のロケットとかそういうものの場所なの。で、あれはミサイル格納庫だと思うんだけど、というのは僕らはそこに入ることができて、もっともミサイルはすでにそこには無いんだけど。それで、僕らはその格納庫に入れて、その部屋は実際、その差し渡しの直径がこの部屋より大きくて、たぶん、この部屋の倍の倍ぐらいと大きいと思う。

だから、そのミサイルがどれだけ大きいか想像できるでしょ? おばあちゃんのミサイルどころじゃなくて、それはメジャーリーグ級軍備の中の一つで、地面から離れたところに配備されて、もちろんこういうものは地下深くにあるんです。だって、もしその設備が爆撃されて、まるごと爆発したら大変でしょ、だから彼らはそれを地下深くに埋めて、地上から深く深く地底の中に入れるんですよね。で、そこに行くには、ものすごく厚い鉄のドアを通って行かないといけなくて、それはもう、巨大なセーフティドアで、ただ、この10倍大きくて、10倍厚くて、それがその核ミサイルの庭にあるわけです。

そこには当然、有刺鉄線のフェンスがあってね、ミサイルのキャップがあって、それはミサイルの鼻先のコーンだけど、それらミサイルの中のいくつかは弾頭が一つで、それは都市ひとつ十分破壊できる力があって、そのほかの複数弾頭のミサイルは、彼らはそれを宇宙に向けて打ち出して、それでそれが地上に戻って来るんだよ。それで、そのミサイルは空中でバラバラに分かれて別軌道の複数のミサイルになって、それで、それぞれが、彼らが爆撃したいという都市へ飛んでいくんだよ、単に一つの都市を破壊する代わりにね。

だから、その鼻先のコーンはそこにあってさ、で、それはほんとに不気味なルックスでね、どんなかというと、それは大きくてね、2メートルぐらいの高さで、同じぐらいの幅で、こんなプラスチックみたいな素材でできてて、それはまだらっぽいプラスチックで、2センチぐらいの厚さで、で、それは地上に戻って来るときに溶けて無くなるんだよ、だって、さっき言ったみたいに、それは大気圏外の宇宙空間に打ち上げられるんだからね。

とにかくね、僕はそれを見て、本当に、真剣に、気力が無くなるほどぞっとしたよ。まあ、それで僕らはミサイル発射基地にいてね、それで、僕はさっきおばあちゃんのミサイルって言ったけどね、実際それには理由があってね、というのはそれはちょっとした伏線みたいなもんで、というのはそれはとても変なところだったんだよ。

なんでかというと、ミサイル場の正面はね、それは博物館のルックスになっていて、そこにはレーガンとゴルバチョフの写真が飾ってあるのね。というのは、彼らがこのミサイル発射基地を廃止した人々だからで、それは緊張緩和(デタント)が起こったときで、で、ペレストロイカがあってソビエト連邦が崩壊し始めたときで、だから、そこには1984年からのレーガンとゴルバチョフの写真とかぜんぶあって、だからその博物館は言ってみれば1984年のタイムカプセルみたいなものなの。

で、その博物館を運営していたのはリタイヤしたアリゾナ人たちなんだよ。それで、彼らは僕らのおじいちゃんおばあちゃんの世代で、たとえば僕らがアリゾナ出身だとして僕らのおじいちゃんおばあちゃんたちが出てきて、彼らは本当にフレンドリーで、その人たちがとっても幸せそうにその核ミサイル博物館を案内してくれるの。だから、それは、そこがミサイル発射基地だってことだけを除けば、そこは彼らの娯楽部屋みたいなところで、彼らは来訪者を暖かくもてなしてくれるんだよ。

で、それはすごく変でしょ? 核ミサイル発射基地に来る人々を暖かく歓迎してくれるんだよ、でも、それは違う、なんか違うでしょ? それ、リーズナブルだと思う? だから、それはとっても当惑する場所で、1980年代に閉じ込められた当惑というか、みなフレンドリーで温かくおもてなしされることに当惑してしまい、でも、その人たちはその場所を案内することに一種の誇りを持っていて、そこで働いていることが喜びなの。

それで、核ミサイル格納庫のコントロールセンターに行くでしょ、そうするとそこはまるでスタートレックみたいで、でもそれは1966年とか1967年とかだからもっとプリミティブなだけで、もっとも僕は、スタートレックのコントロール指令室が核ミサイル発射基地をモデルにして作られたのか、その逆なのか覚えてないけどね。でも、僕はあのシリーズが核ミサイルコントロールセンターを見本に作られたって思うよ、でも、それは本当に1950年代の感じで、そのすべてがパステル調のグリーンに塗られていて、50年代と60年代前半はみなその色が好きで、つまり、審美的な意味でね。でも、核ミサイル発射基地が審美的に作られているなんて考えるのは変でしょう? でも、実際はそうなんだよ。

で、それは1957年のハイテク、1957年のテクノロジーのかっこうをしてて、で、僕はそのコントロールルームに連れていかれたわけだ。で、そのコントロールパネルはたぶん、モジュールか、まあ、なんと呼んでもいいんだけど、それはこの3倍ぐらいの長さがあって、4倍かもしれない。で、それはとても印象的なマシンなんだけどね、ミサイルを発射する方法は控えめに言っても、安全とはとても言えなかった。

何をしてたかというと、一人が首からカギをかけててね、もう一人も首からカギをかけてるの。それで、ミサイルを発射するには、その二つのカギを同時に差し込んで、その二つのカギ穴は一人の人が手を伸ばしてするのは不可能なだけ十分に離れててね、それだけが、その仕組みのテクノロジーのすべてなわけ。だから、一人がカギを差し込んで、それでもう一人も差し込んで10秒間それを回すわけ、それでOK。

さあ、それで、弾道ミサイルについて君たちは知っているか知らないか分かんないけど、それはね巡航ミサイルじゃないんだよ。だから、いったん、発射しちゃうと、それはもう戻って来ないわけ。それはね、弾丸なの、で、それゆえにそれは弾道って言うの。たとえば、君が誰かをピストルで撃つでしょ、で、その弾が半分まで行ったところで、君がやっぱり撃つのはよくなかったかもしれない、って言っても、すでに遅いでしょ? だって、弾に戻って来いなんて言えないんだから。

で、弾道ミサイルはそれと同じで、さらにそいつはピストルの弾よりずっと速いんです。 22口径のピストルの弾とかのスピードはだいたい音速ぐらいだけど、弾道ミサイルは大気圏を脱出するために秒速11キロメートルは無いとダメなんだよ。僕は、それがそんな速さになるかどうかはっきり知らないけど、重力を振り切るにはそれぐらいの速度が必要なんだけどね。でも、大気圏を出て宇宙空間に入っちゃうと、それはもう秒速11キロメートルに達するんだよ。だから結局、そのミサイルっていう弾は、ものすごく大きくて、爆発物を頭に内蔵していて、秒速11キロの速度で飛ぶんだよ。で、いったん、その二つのカギを回せばさ、それで終わり、完了。で、もうそれは戻って来ないの。それで終わり。

で、だから、私たちは彼らに連れられて発射シミュレーションのところへ行くんだど、それがまたひどく不気味な感じがしたのを覚えてるよ。それはひどく危険な状況だったわけで、それで彼らが、その二つのカギはまさにそこに差し込まれたことが1度だけあったんです、って言うんだけど、それで僕らは10秒間待つんだけど、彼らは言わなかったけど、それがキューバミサイル危機の時のことだって、僕らは知ってるんだよね。

だから、20世紀の後半に、2度ほど、もう、針の孔を通すような危機を何とかして、もうかろうじて何とかしてきて、それでキューバ危機はそのうちの一つで、でも、80年代初頭はヒートアップしててね、1984年ごろに「The Day After」っていう映画が作られたのね。

たぶん君たちはこのザ・デイ・アフターっていう映画を知らないと思うけど、これは当時、テレビで放送された映画でもっとも見られた映画なんだよね。で、この映画は、ソ連のミサイルの攻撃で爆撃されて完全に廃墟になったアメリカのその後に街がどうなるのかを描いているんです。それはホントにぞっとする映画なんです。それで、ひとつとても面白いことに、ロナルド・レーガンが後に言ったんですが、彼はこの映画を見て、それが、彼がソ連と緊張緩和の対話を始めた理由の一つでもあった、と言うんです。

さあ、それでね、レーガンは基本的にこのソ連っていうひどい奴を恐れていたんです。彼はソ連を悪の帝国って呼んでたしね、それはリベラルたちにはあまり面白くなかった。でも、ソ連はねえ、彼らは本当に悪の帝国でしたよ。それについては疑う余地はまったく無いんです。共産党革命の間とその後の年にソ連がどれだけの人間を殺したかは、あまりはっきりしないんです。でも、推定するに、その範囲は、2000万人から6000万人と言われてます、これはものすごい数です。たとえ2000万人だったとしても、それはホロコーストで殺された人数の3倍です。1930年代にソ連はウクライナを飢餓に陥れて600万人を餓死させたけど、それがほとんどウォームアップみたいなもんでしょ。だから、ソ連が悪の帝国だという考えは、それは、とても強い言葉だけど、でも、完全に疑いなく正しかったんだよ。それで、特にスターリンの時代に何が起こったか知れば知るほどそう思えるわけだ。レーニンの時代も厄介だったけどね、彼はスターリンという怪物を彼の後に生み出したんだしね。それは、知れば知るほど、恐ろしくなりますね。

で、ソ連の国家システムとその経済は根本的に奴隷労働の上に成り立っていたのね、そこにあった経済というのは。レーガンの時代というのは、まず、ソ連は崩壊し始めていてね、なんでかというと、それは本当に長い間、かろうじて浮かんでいる沈みかけた船だったの。それは、実際に倒れて死ぬまでに20年はかかる巨大なものだったわけ。そういうシステムって言うのは、はらわたはみ出しててもよろよろ進めるもんだし、それでも続くもんなんです。だから、レーガンが出てきたころまでには、ソ連はその内部矛盾の結果としてたぶんほとんど燃え尽きるところだったんだと思います。

でも彼はアメリカの軍隊を強化して、膨大なレベルまで持って行って、その考えの裏にはね、少なくとも、共和党が皆を信じさせたことがあって、それはたぶん正しいんだけど、それは、彼らはロシアに金を使わせてロシアを破産に追い込もうとしたってことで、彼ら実際にそれをやって、それで、だからこそ、ソビエト連邦は1989年に倒れたんだよね。それはいい日だよね。本当にいい日だったんだけど、一つ非常に変なのが、誰もそうなると思ってなかったってことで、だからそれはショッキングな出来事だったの。

ある日ソ連はそこにあったのに、次の日にソ連が無くなった。それでCIAのアナリストが言うんだけど、それはほとんど崩れ落ちる準備ができたところ、あなたはそれを吹き飛ばすだけ、そうすれば倒れる。しかし、それは皆にとってショックだったんだよ。それで、それから、それが持つかどうかは、その後でも非常に疑わしかったんです。エリツィンはひどいアル中だったけど、彼は確かにとても勇気のある人でしたね、そう、まさにロシア人。彼はとても勇敢な男で、全体主義者たちの台頭に立ち上ったんです、戦車に乗ってその上でね。それは彼にとってよかったよね、なぜならそれは実に恐ろしいことだったからね。

とにかく、今これを君たちに語っているけど、僕が育ったころ、僕の知っているほとんど皆が、僕らが20世紀を何とかできる道などまるでない、と言われていたんです。 それでね、自分は覚えてるけど、かなりしばしば友人とこのことについて議論したけどね、ある人々はそれを一種の口実として使ってね、いったい何が重要なんだってね、俺達はとにかく自分たちすべてを吹き飛ばしちゃうんだから、結局、すべてが終わるまで、ウォッカを飲み続けてた方がマシとかね。でね、それは実際、まっとうなものの見方とは言えないけどね、でも、君たちに言いたいけど、これは考えが足りないとかじゃなくて、すべてがあまりに気違いじみているせいで、完全な破局で終わるほか考えられなかったんだよ。で、それは間近に起こったことで、それは集団妄想なんかじゃないんだよ。

それは何度もあったことでね、実際、最近発表された話でね、それはロシア将校の話で、彼はミサイルの発射の命令を受けたの。それは表示システムの誤認でね、北アメリカから北極上空を通過してロシアに複数のミサイルが飛んでいるので、彼は報復ミサイルを発射するように命令されたんだけどね、彼は発射しなかった。ああ、よかったよね、でも、それはもうほんの間近まで迫っていたんだよ。本当に。で、分かるでしょ、こんなたぐいのあらゆる気違いじみたことが、その時期に起こっていたんです。

例えばね、これは元KGBの人間で、かつてソ連の細菌兵器開発研究所で働いていた人の書いた本で読んだんだけどね、あるとき細菌が間違って漏れてしまい、彼らは大勢の人を殺してしまったことがあるんだよ。500人のオーダーでね、そりゃたくさんの人間だけどね、でも25万人よりはマシでしょ。でも、もちろん、それは多数の死者です。で、そこで働いてた天才科学者たちがやろうとしてたことはね、エボラウイルスと天然痘菌をかけ合わせてたんだよ。で、天然痘菌というのはね、エボラウイルスと掛け合わせると、信じがたいぐらいに、ものすごい伝染力で、致死率もとてもとてもとても高くなるんだよ。だから、彼らはをそれをかけ合わせようとしていてね、で、それを空中に散布するんだけど、小さな弾頭に入れて撒き散らして、複数の都市を攻撃できるわけだ。

だから、ね、分かりますよね、そういう本当に気違いじみた時代だったんだよ。それが人類の歴史のすべてでね、ドストエフスキーは人類の歴史についてなんて言いました? 「人類の歴史について一つだけ言えることがあるとすれば、それは非理性的だということだ」 それはもうほとんど喉まで出かかっている言葉で、それは、これまでも常に狂っていたし、今でも狂っているし、でも、これまで本当に狂っていた、ということなんです。

でも、結局、僕らはなんとかやって来た。神に感謝ですよ、本当に。私が知る限り、世界は昔と比べてずっと良いところになっています、ええ、30年前より、40年前より、50年前よりね、物事は今ではずっと良くなってます。だって、君たちも、人類がどんな風にこの地球を破壊するかについての暗い運命のことをさんざん聞いてきたでしょう? でもたぶん僕らはそうならないよね。

世界人口は90億人あたりで安定するはずで、僕らはすでに70億だけど、まだ20億人はなんとかできるでしょう。いくつかの絶滅種が現れるでしょう。私たちは狂ったピラニアみたいに海洋生物を食べまくってるけど、それはほとんど公共政策の失敗なんだけど、でも、どうやらたぶん何とかなりそうで、何世紀に渡るダメージを経て、なんとか落ち着きそうです。もっともありそうなこととしては、これから100年間、人類が生き残るとして何かはっきりしない何かがあるとすると、最も大きな問題は人口が急激に減少していることですね。それはすでにヨーロッパ諸国で起こっていて、日本で起こっていて、そして中国でも起こるでしょう。だから、2100年には、最も人口の多い国は中国じゃなくて、ナイジェリアになるはずです。中国の人口は恐ろしいペースで減って行くはずで、なぜかというとあの国の一人っ子政策のせいです。中国人の皆が年老いていって、だからもう人工密集の国ではなくなるんです。

スターリン、ヒットラーそしてシリアルキラー

とにかく、だから、こういうすべてのことに自分は興味があったんです。というのは、こういう影の影響の元で自分は育ってきたと感じるんで、そんな影の元で育ちたくはなかったけど、でも、とにかくその影の元で大きくなったんです。それは、これまで常に僕らの心の裏にある何ものかだったんです。

それで、そこには疑問があったんだよね。いくつかあるけど、その一つは、なぜこんなことが可能なのかということです。

世界が二つの武装した陣営に分かれるなんていうことが、いったいどうして可能なのか、それも極度に武装した陣営がね、何万発という核ミサイルを持ってね、お互いの敵を何度も一掃できるよりもさらに多くのミサイルを持ってね。アメリカの武器の規模がピークだったときどうだったか覚えてないけど、たしか、5万発以上の核兵器があったはず。ソ連に5万個の都市があるか知らないけど、モスクワを50回ぐらい爆撃して、でも最初の一発か2回目か3回目かには、たぶんどう考えたって関係なくなるよね。だから、それは本当に、本当にクレイジーなんだよ。

それから、君たちがこれを知っているか分からないけど、これはたしかケネディ大統領の時代だったと思うけど、あってるといいんだけど、ケネディの下で働く天才少年たちの一人が、というのはケネディの官僚組織ってのはハーバード大学とかのアイビーリーグの卒業生が大勢いて彼らが回してたのね、つまり物凄く知能の高い人々だったわけだよ、もっとも知能と英知ってのは同じものじゃないけどね、でも、とにかくその彼らがこんなことを思いついたんだよ。

彼らは、「相互確証破壊」って呼ばれる政策を確立したんだけどね、それは、相手が自分を攻撃したら、自分は相手を核攻撃をする、そしたら相手も自分を核攻撃する。だから、我々は互いを攻撃しない方がいい、っていうことなの。で、このMutual Assured Destructionという政策のイニシャルはMAD(気違い)。あのさあ、いい? ちょっとそれを考えてみてよ。ぞっとする考え方でしょ? どんなひどい存在がそんなジョークみたいなことを考える? よく考えてみてよ。どっかの機知のある政治家のアイデアなの? いったいそんなものがどっから来たっていうの? だから、それはまったく冗談のネタでしかないんだよ。MADだよ? 全くその通りだよ、完全に狂ってるよ。

そして奇妙なことに、僕らは自分達を爆破して破滅しなかったし、第三次大戦も起こしてない。で、僕らは、核兵器の発明は必ずしも起こるべき最悪のことだと単純に主張はできないよね。だって、ソ連ですら完全に狂ってたし、もちろんのこと毛沢東の集団もたぶんさらにひどく狂ってたけど、彼らは核戦争を始めるほどは狂ってなかったからね。

スターリンについてはね、結局、スターリンは殺されたのだ、という証拠があるんだよね、もっともいろいろ議論はあるけれど、彼の後継者のフルシチョフが関与しているらしいんだよ。スターリンが死んだとき、フルシチョフとあと3人の人間がスターリンの家にいて、スターリンが死んだ夜にそこで何があったかはっきりしないのね。僕は最近、「スターリン」という本を読んだのだけどね、すごく面白くてね、それは共産党のすべての資料に完全のアクセスすることができる人が書いた本でね、比較的最近のこと。それで、そのスターリンが殺されたというのが彼の結論なの。

あとその著者は、スターリンはそのとき、ヨーロッパへの侵攻の準備をしていたと言っていて、ソ連が侵攻するために、ヨーロッパのいくつの都市を爆撃すればいいかとかは気にしていなかったらしいけど。で、スターリンは、こんな風に考えてたって。つまり、彼は東欧にいるすべての人間を連行する能力を完全に持っていて、それでその人々を汽車に乗せて真冬のシベリアへ輸送して、もちろん、食べるものも無いし何の道具もないところにね、彼らを住まわせて、でも当然生きられるはずもなく、それは、女も子供も男もみな持ち物を奪われて、何にもないシベリアの土地のど真ん中に放り出されて無残に死ぬか、もし何とか適応できれば生き延びるか。で、もし彼らがそこで死んで滅びれば、少なくともスターリン的には、とっても好都合ってことだ。

彼は核戦争は止めなければいけないという考え持つようなタイプの人間では決してなかったんです。そして、それを彼が望んでいたということは、それは本当に可能なことなんです。なぜかというと、私たちがスターリンやヒットラーのような人間を見ると、彼らは世界独裁を追い求めていると考えるでしょう? ある意味、それはポジティブなモチベーションだと思うよね、そうでもない? でも、だって、もし君がスポーツカーのコルベットを持っていて、誰かがそれを盗んだら、君は、そいつがなぜ盗んだか知っていると考えるよね、そいつはコルベットが欲しかったから盗んだんだよね! 

だから権力が欲しいというのは理解できるモチベーションだよね、必ずしも褒められたものではないけど、権力を追求するというのは、ときに完全にリーズナブルなものだよね。でも、そもそも僕たちがなぜ、そういうタイプの男たちは勝利というものを追い求めていた、と考えてしまうかについては、わからないけどね。人間というのは、外へ出て行って勝利する、あるいは出て行って敗北する、一緒に連れて行く人々がいいほどいい、というものだという大前提を立てるべきでは決してないと思うよ。

ヒットラーが死んだとき、彼はベルリンの下の地下の作戦室で自殺したけどね、それはベルリンが戦火に包まれて、ヨーロッパが燃えていた時だ。僕が言えるのはね、まさにそれこそヒットラーがその一番最初から追い求めていたものですよ。彼は火をモノを浄化する分身として扱ったんだよね。彼はある意味、火を礼拝する者だよ。なぜかというと、もし君たちが、ニュルンベルクのナチの集会を見たらね、それはもう、壮大な壮大な祝祭でね、信じられないほどドラマチックで感動的なんだよ、それで、彼らはしばしば火を使ってそれを演出するんだよ。

それで、火は浄化する分身で、ヒットラーはね、二次大戦の終わりごろまでには、ドイツ人をだいぶ軽蔑していたんだよ、というのは、そのころにはドイツ人はヒットラーにあまりちゃんと仕えず役に立たなかったから。さあ、彼が、もうひとつの第二次大戦を始めるというのはよい考えじゃない、と思ったというのはなかったでしょう、なぜかというと、彼は僕らも思っているように少しナルシストよりだったからね。でも、ロシア人がドイツに攻め入って来て、ドイツが破壊されていたころには、ヒットラーは同盟軍がどかどかと市民のところに踏み入っていたことに完全に満足していたんだよね、だって、それらドイツ人はそういう運命に値すると思っていたからね。

で、だから、これが彼のような人間の姿なんだよ。だから、なぜ僕らは、彼は戦争に勝ちたかったから、と仮定するのかってことだよね。それは、彼が僕らが決して理解しえないことを言っているからで、分かりやすく理解しようとするからでしょ?

コロンバインで乱射した若者たちは勝ちたかったんじゃない、彼らはできる限り人を殺して点数を稼ぎたかったの。で、ただ、その点数を稼げなかったから、彼らは自分たちを殺した。それで、その点数というのは、破壊すればするほど、良い。で、もしそれをしないといけないとしても、ああ大丈夫、それはちょっとばかりいつもよりシリアスになるだけ。この手の動機を理解することは楽しいことと言えないよね。僕らはこの手の事件についての記録をたくさん持ってるんだよね。彼らは、なぜそんなことをしたか正確に書き残していたんです。

僕は、特に極端に復讐心に燃えたようなシリアルキラーや大量殺人者に関するとてもいい本をいくつか持っていてね、彼らが何を考えていたか正確に知っているんです。もし、君たちがパンズラムっていう男に興味があればね、こういったことについて書かれた素晴らしい本があります。カール・パンズラムは、20世紀の初頭に現れたシリアルキラーの強姦魔なのね。彼は大家族の中の一人で、タフな子供で、いわゆる非行少年で、彼が13か14歳のときに少年院に送られたのね。それは、カナダで言うところの特別な子供を送り込む全寮制学校があるでしょ? あれをやってる人たちと同じような人たちがやってる学校でね。だから分かるでしょ、彼らは基本的に子供を餌食にする人たちだったんだよ。

それで、当然のように、彼はそこで強姦され、残酷に扱われ、ひどい苦痛を受け、考え得るあらゆるやり方で責められたわけだけど、彼はタフな男だった。そこから出たとき、彼は人間という生き物はまったく生きるに値しないものだとして、それで自分の残りの人生では、その人間どもにできる限りの暴力をふるってやることを、決心したんです。彼は何千という男を強姦して、何十人という人間を殺したのね。自分が燃やした建物のドル価値の記録を取っていて、そんな、シリアスな男でね、破壊することに夢中だったんだよ。それは、そういうことだったの。

彼の死に際の言葉だけどね。まず、そこには委員会があってね、それは女性たちだったと思うけど、彼のために調停に入ってね、彼らは死刑制度反対の人々だったのだけど、彼はその彼らにこう言ったんだよ、僕の記憶が確かなら、「人という種に首が一つでよかったよ、自分の二つの手でそれを掴んで締め上げられるからね」とね。だから、彼のケースでは死刑執行は正当化されると考えなかった人たちに対して、彼流のやり方で指摘したんだよ、つまり、死刑反対してる人たちはたぶん、ちゃんと考えてないってことをね。

それで、最後に死刑になるとき、彼は死刑執行人に言ったそうだよ。「とっととやれ、のろま野郎、お前が俺一人を殺すのにぐずぐずしている間に、オレなら10人は殺せるぜ」とね。

(続く)