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9 電源回路の設計


コンデンサインプットによる両派整流電源回路

電源部の整流方法のバリエーションは原理編で述べたとおりである。ふつう、右の図のように、整流にはシリコンダイオードを使い、両波整流あるいはブリッジ整流をして、コンデンサ(図のC1)で受ける。整流回路の直後をこのようにコンデンサで受けるのをコンデンサインプットと呼んでいる。

整流後の電圧

まず、図の(A)点に出てくる電圧値がどのくらいかであるが、ここは、増幅回路側に何も接続されずにオープンだった場合は、電源トランスの2次側の電圧の√2倍(1.41倍)の電圧が出てくる。たとえば、ここでトランス2次側が図のように250Vだとすると

  250V × 1.41  =  352V     …(1式)
このように350Vぐらいになる。あと、実は、トランスの表示の250Vというのはあるていどの電流が流れたときの電圧値で、このようにオープンで電流が流れないときは250Vより1割ぐらいは上昇する。なので、実際にはこれは350Vよりも大きく、たとえば380Vぐらいまでも上昇する。この380Vの電圧はそのまま図のC1とC2の二つの電解コンデンサの両端にかかる。

アンプがちゃんと出来上がった状態ではオープンではないので、こんなに大きな電圧はかからない。ただし、電源を入れてから、真空管に正規の電流が流れ始めるのは真空管のヒーターが十分温まってからなので、電源を入れてから数秒はこの380Vという高い電圧が電解コンデンサにかかる。電解コンデンサの耐圧表示は10秒ていどの短い時間ならあるていど超えても大丈夫なので、必ずしも380V以上の耐圧でないといけないわけではない。ただ、なんとなく気持ち悪いので、自分ならこの場合は400V耐圧の電解コンデンサーを使う。

さて、増幅回路がつながれて正規の動作をすると、電流が流れ、トランスの直流抵抗やダイオードの直流抵抗などで電圧は落ち、結局、ふつう、トランス2次側の表示電圧の1.2倍〜1.3倍ぐらいの電圧になる。250Vのトランスだったら、中間をとって1.25倍とすると
  250V × 1.25  =  312V     …(2式)
310Vていどが得られることになる。

そして、この電圧は、まず次に入っている平滑用の抵抗Rで降下する。すでに電力・電圧増幅ともに設計が済んでいるとして、全体の電流は足し算すればすぐに分かる。たとえば、工作編の作例の6V6シングルアンプだと、パワー段のプレート電流が35mA、スクリーングリッド電流が5mA、2つの電圧増幅段のプレート電流はそれぞれ0.9mA、すべて加えて、結局、総電流はだいたい42mAになる。したがって、平滑用抵抗Rに500Ωを使ったとして電圧降下は
  0.5kΩ × 42mA  =  21V     …(3式)

になり、(B)点の電圧は、312Vから21V下がって291Vになるというわけだ。

電力増幅の電源電圧の設計値が先に決まっているときは、以上の計算を逆にさかのぼって、トランスの必要電圧を計算する。ただ、トランスも特注でない限り、電圧値の選択肢はそんなにないので、トランスに合わせて電源電圧を決めたり、平滑用の抵抗で調整したりする。

平滑用の抵抗Rをどれぐらいにするかは一概には言えないが、パワーアンプの場合、大きくても2kΩどまりといったところだろう。このへんはいろいろ複雑なのだが、特にギターアンプのように大電力で使うときは、この抵抗が大きいと供給B電圧が下がりパワーが落ちてしまう。さらに、パワー段がAB級やB級のプッシュプルだったりすると、信号の無いときと最大信号のときで平均直流電流の値が大きく異なるので、最大出力のときのB電圧が激しく落ちて、パワーが落ち、結局、デカイ音が出ない、ということになる。

ということで、ハイパワーのアンプではこの抵抗の代わりに次のチョークコイルを使うことが多い。


チョークコイルとチョークインプット  

平滑用の抵抗の変わりにチョークコイルを使うと、電圧降下はずいぶん少なくて済む。チョークコイルは、電圧降下が少ないのに平滑能力は高いのである。なぜかというと、原理編で説明したように、チョークコイルは直流に対しては抵抗が小さく、交流に対しては大きな抵抗を持っているからである。

チョークコイルでの電圧降下は、コイルの直流抵抗から計算する。チョークコイルはヘンリー(H)数が大きいほど巻き数が多くて直流抵抗は大きくなり、値は規格表に載っているが、100Ω前後のオーダーである。電流容量が大きめのアンプで、電源のレギュレーションを気にする場合はチョークコイルを使う。さらに、この平滑回路の抵抗はかなりの電力を消費して相当熱くなるがチョークコイルはほとんど発熱せず、それもいい。ただしもちろん、チョークコイルは抵抗よりはるかに値段が高く、さらに重くて大きい。

チョークインプット

以上はコンデンサインプット方式であるが、チョークインプット方式というものもある。これは右の図のように、整流回路の直後にコンデンサを置かずに、チョークコイルで受ける方法である。この場合、コンデンサインプットと動作の様子が変わり、(A)点の電圧はコンデンサインプットより小さく、だいたいトランスの2次側の電圧と同じぐらいの電圧が出てくる。

例えば250Vのトランスだったら、(A)点の電圧がだいたい250Vになる。また、チョークインプットはコンデンサーインプットに比べてレギュレーションが良い、という性質がある。ただし、チョークインプットでは、チョークコイルに大きなリップル電流が流れるため、ふつうのチョークコイルを使うとウィーンとかなり大きなうなり音が出てしまう。これを玄人用語で「チョークが鳴く」などと言うが、この鳴きのせいで普通のチョークは使わない方がよく、鳴りが出にくいチョークインプット用に設計されたチョークコイルを使うことになる。しかし、これは普通のものより重くて大きくて値段も高い。

このチョークインプットは、レギュレーションを気にする場合や、高電圧が必要でない場合に使われることもあるが、ほとんどオーディオ用途でたまに見かけるぐらいで、ギターアンプでは見たことがない。


トランスの電流容量やダイオードの耐圧など  

さっきも出てきたが、増幅部に流れる総電流を足し算で計算したら、それに見合うトランスを選定する。電源トランスの規格表のDC電流は、ふつうコンデンサインプットで使用したときの値を表示しているので、たとえば総電流が70mAだったら、トランスの規格表を見てDC70mA以上のものを選べばいい。ちなみに参考書によれば、チョークインプットを使うと取れる電流はコンデンサインプットの1.6倍ていどだそうである。70mAだったら1/1.6の40mAぐらいのトランスでも大丈夫ということだ。

あと、AB級やB級で無信号時と最大信号時で電流が異なる場合は、2つの電流の中間ぐらいを目安にすればいいと思う。ただ、ギターアンプを常にフルテンで使ってるクレイジーな人は、まあ、そうもいかない。ただ、トランスの電流表示は、これ以上流すとトランスが焼けて壊れる、という意味ではないので、電圧が下がったり加熱したりはするが多少の無理はきく。

次はダイオードだが、ダイオードの規格はふつう、順方向電流と逆方向電圧の最大定格になっている。こちらはトランスと違ってこの値をちょっとでもオーバーすると音もなくおじゃんという値なのでちゃんと守らないとヤバイ。

順方向電流は、総電流値以上のものを選ぶ、ということだけど十分余裕を持っておいた方がいい。さらに整流方式などでも事情は変わる。詳しくは難しいので深入りしないが、整流用として売っているダイオードは電流が500mA〜1Aぐらいなのが多く、真空管アンプの場合だいたい電流は大丈夫なことが多いようである。

次に逆方向電圧だが、これはトランスのAC出力電圧の3倍以上のものを使う。深入りはしないが、整流回路をよく見ると、ダイオードには瞬間でトランスAC電圧の2√2倍(2.8倍、つまりおよそ3倍)の電圧がかかるので、そのせいである。なので、たとえば250Vのトランスだったら逆方向電圧が750V以上のダイオードを使う。耐圧が足りなかったら2本直列にすれば逆方向電圧が倍になるので(順方向電流は変らない)直列にして使ったりする。大きめのギターアンプの回路でよく見かける光景である。ちなみに、シリコンダイオードを並列につなぐと今度は順方向電流が倍になりそうだが、これはやってはいけない。深い入りはしないが、2本のダイオードの熱平衡が崩れて片側のダイオードが破壊したりすることがある。

ちなみに自分は、1000V、1Aの1N4007相当の整流用ダイオードをあまり考えなしに使っていたりする。

平滑回路の設計

次は、平滑回路のコンデンサや抵抗、あるいはチョークの値の決定についてである。実際には、これらはけっこう経験で決めてしまったり、あとで足りなかったらCを増量したりするなどすることも多いのだが、一応、概算のしかたを紹介しておこう。

■ 最初のC1とRまたはLの決定
まず、抵抗Rだが、これは大きいほどリップルが除去できるが、上にも書いたが電圧降下と電源レギュレーション悪化のためそれほど大きくできず、100Ωからせいぜい1、2kΩ止まりのオーダーである。チョークコイルの場合は1Hから10Hていどであろうか。チョークコイルといえども10Hぐらい大きくなると直流抵抗は1kΩていどになることがあり、むやみに大きくもできない。ちなみに、5Hのチョークを使ったとき、50Hzの全波整流でインピーダンス(= 2πfL)は3.1kΩぐらいになり、直流抵抗はたかだか100Ωていどなのに、3kΩ相当の抵抗を使ったのと同じということになり、リップル除去効率はかなり良いことがわかる。

次はコンデンサの値をどれくらいにすればいいか、ということなのだが、たぶんこの辺はだいたいこんなもん、という決め方が多い気もする。とはいえ、ここでは、少しばかり真面目に電源のリップルがどのぐらいになるか検討しながら、Cの決め方を語ってみることにしよう。

まず下の左の図のような整流回路の、ダイオードの出の直後のC1だが、このコンデンサC1をむやみに大きくしてはいけない。C1がでかいと、電源スイッチを入れてからしばらく(ほとんど瞬間だが)ダイオードに大きな突入電流が流れシリコンダイオードを破壊することがある。したがってふつう大きくても100μFていどにする。この突入電流は、トランスの2次側コイルの直流抵抗で緩和されるので100μFていどならふつう大丈夫だが、特にトランスレスなどの場合、下の右の図のように50Ωていどの保護抵抗をつけることがある。整流管の場合は使用する整流管のデータシートを見ると、このコンデンサの上限の値が記載されているのでそれに従うが、整流管ではほぼ50μF以下である。


電源投入直後のラッシュ電流

ダイオードの保護抵抗

■整流後のリップルの大きさ

整流直後のリップル電圧

さて、このC1が決まると、(A)点でのリップルの大きさが概算できる。右の図の回路でのリップル除去率はC1と負荷のRLで決まり、過去の文献から概算式を作ってみたのだが、直流電圧E0に含まれるリップル電圧Er0は、50Hz全波整流のときだいたい次のようになる。

                    2
  Er0  ≒  --------------------  E0     …(4式)
            C1(μF) × RL(kΩ)
ちょっと計算してみようか。電源電圧E0が250V、総電流が60mAとすると、RLは
          250(V)
  RL  =  --------  =  4.2kΩ     …(5式)
          60(mA)
と計算でき、C1を47μFとするとリップル電圧Er0は
                2
  Er0  ≒  ----------- × 250  =  2.5V     …(6式)
            47 × 4.2
となり、(A)点には250Vの直流に加え2.5Vのリップルが乗っていることが計算できる。ここで、60Hzの場合はこれを5/6にし、半波整流のときは2倍にする。次は、この残留リップルをこの後の抵抗RとコンデンサC2、あるいはチョークLとC2で小さくして行くわけである。

ただ、ギターアンプなどでは、このダイオードから出てきたポイントから出力段のトランスへ電源を供給してしまうことが多かったりする。工作編のChampも、そうである。つまり、この2.5Vのリップルはそのまま出力段へ行ってしまうということになる。これでも、まあ、大丈夫なのにはいくつか理由があるが、それは後ほど説明することにしよう。ちなみに、オーディオアンプでは、まず、こういうことはしない。ギターアンプはそもそもでかい音で使うのであまり気にしないことが多いというのも、ある。

■B電源のリップルの許容値について

B電源のリップル許容量の計算

さて、右の図を使って出力段に供給するB電源(図中のB)で、最終的にどのぐらいのリップルが許されるかを検討してみよう。

まず、スピーカー端子のところに出るハム(リップル)の許容値の目安なのだが、オーディオアンプではだいたい1mVぐらいである。ギターアンプではあまりこういう基準を聞いたことがないが、まあ、その10倍ぐらいはOKなんじゃないだろうか。オーディオはシビアなのだ。この1mVという値だが、もちろんスピーカーの能率によってもぜんぜん違うが、これぐらいなら耳をスピーカーにくっつけて聞こえるていどである。

さて、スピーカー側が1mVのときの出力トランスの1次側のリップル電圧を調べてみよう。そのためにまずはトランスの巻き線比を調べる。原理編のここで説明したように、たとえば5kΩ:8Ωのトランスだとすると、インピーダンス比は5000:8で、トランスではインピーダンス比は巻き線比の2乗になるので、巻き線比は√5000:√8 = 25:1になる。したがって、2次側の1mVは1次側では25mVになることがわかる。

ここで、真空管の内部抵抗rpが2kΩだったとすると、電源ラインに乗ったリップルErは、rp = 2kΩとトランスの1次側のインピーダンスZ1 = 5kΩで分圧されてトランスの1次側に出てくるので
                  5(kΩ)  
  25(mV)  =  -----------------  Er     …(7式)
              2(kΩ) + 5(kΩ)

となり、この式から、Erは35mVと計算できる。さっきの計算だと(B)点ではErが2.5Vだったので、オーディオアンプの場合、このままではぜんぜん使えないことが分かる。

ただし、以上の計算は、真空管の内部抵抗rp=2kΩで計算しており、この値はだいたい3極管のときのオーダーで、さらに、回路はシングルを想定している。つまり、以上は、3極管シングル電力増幅のオーディオアンプの場合の値だということである。これに対して、ギターアンプの場合は、ふつう、5極管プッシュプルなのでずいぶんと楽になる。まず、5極管の内部抵抗rpは3極管よりはるかに大きく(100倍とか)、(7)式のrpがでかいのでハムは小さくなる。さらに、原理編のここで説明したようにプッシュプルで出力トランスの中点にB電源を供給するとハムはトランスで打ち消しあってずいぶんと減る。以上のような理由で、ギターアンプのような5極管プッシュプルでは、ハムにはかなり耐性があるのだ。あ、それにもちろん、ギター野郎にはオーディオのように、スピーカーに耳をつけてちょっとでもウーンとか言ってたら「このアンプ使えませんね」などと断定する面倒な人はあまりいないし、第一、スピーカーに耳をつけていたらギターは弾けない。

あと、さらに、負帰還をかけると、負帰還分だけハムが減る。たとえば6dB (=20log0.5、つまり0.5)の負帰還をかけていれば、ハムは1/2に減る。

■2番目のC2の決定

平滑回路の定数決定の概算

それでは、先ほどの検討に戻って、2.5Vのリップルを35mVに落とす右の図の平滑回路について考えよう。原理編のここで説明したように、(A)点のリップルEr0はRとC2で分圧されて(B)点のErになるので(あくまで概算であるが)、C2のインピーダンスをZcとすると

             Zc  
  Er  ≒  --------  Er0     …(8式)
           R + Zc
となる。この式をZcについて解いて、Er0=2.5V、Er=35mV、R=1kΩを入れて計算するとC2のインピーダンスZcは
           R × Er        1000 × 0.035
  Zc  =  -----------  =  ---------------  =  14 Ω     …(9式)
          Er0 -  Er        2.5 - 0.035    
50Hzの全波整流では、リップルの成分は100Hzなので、C2の値は次のようになる。
              1                 1       
  C2  =  -----------  =  ----------------  =  112μF     …(10式)
          2 π f Zc       2 π 100 × 14 

以上はあくまでも概算だが、100μFと、わりと大きな値が必要なことが分かる。

下の図のようにCRフィルタを多段にすると、CRの値の合計は一緒でもリップル分をずっと減らすことができるので、回路は複雑になるが、多段にしてもよい。

π型フィルタを2段にした場合

それから、ここでは出力トランスを介してスピーカーに現れるハムだけを問題にしたが、当然ながら電圧増幅段から入り込むハムも問題である。しかし、今まで出てきた回路でも分かるように、電圧増幅段へは、さらにCRフィルタを通して電源を供給するのが普通なので、だいたい大丈夫なはずである。心配な場合は、各段の電圧増幅率を使って同じように概算して決める。それから、ここでも述べたように出力管のスクリーングリッドへの供給電圧のリップルは十分に小さくするように気をつける。