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9 トーンコントロール


トーンコントロールはその名の通り音のトーンを変えるもので、TREBLEとかBASSとかいうツマミがあってそれをグリグリ回すとアンプの周波数特性が変わってトーンが調整できる。むかしのステレオやカセットテレコなどには必ずついていたアクセサリーだが、さいきんのオーディオアンプでは原音忠実がふつうになりあまり見かけなくなった。録音技術が進歩したせいで、音のトーンはミキシング段階で完璧に作っているのでそのまま加工なしで聞いてくださいね、ということなのであろう。

一方、知っての通り、ギターアンプの方ではこのトーンコントロールはほぼ必須なアイテムである。Champのような小さいアンプ以外でトーンコントロールなしのアンプはほとんどない。ギターアンプのトーンコントロールはふつう、TREBLE(トレブル:高域)、MIDDLE(ミドル:中域)、BASS(ベース:低域)の3つがある。トーンをコントロールする、という意味ではこれらに加えて定番なのが、BRIGHTスイッチと、PRESENCEツマミであろう。

というわけで、ここではギターアンプのトーンコントロール回路とBRIGHTやPRESENCEについてお話しすることにしよう。


トーンコントロール回路


ギターアンプのトーンコントロール回路で何といっても定番なのが下の左の図のようなFenderの回路である。さて、常識的に考えると、これら3つのツマミをすべて真ん中にしたとき周波数特性がフラットになり、それを基準として3つのツマミをプラスマイナスに振ることで高中低域の周波数特性を上下できると思うのが自然であろう。ちょうどグラフィックイコライザーのノリである。しかし、実はこの回路ではそうなっていない。この回路でツマミを全部真ん中にすると下の右の図のような周波数特性になる。



Fenderの標準トーンコントロール回路

3つのツマミを真ん中にしたときの周波数特性


見ての通りフラットもへったくれもないカーブで、中域が落ち込み、低域と高域がアップした、いわゆるドンシャリな特性(低域がドンドン響き、高域がシャリシャリ言う感じ)になっていることが分かる。つまりフェンダーのトーンコントロール回路というのは、それが入っているだけで既に周波数特性をいじってしまっているのである。言ってみれば、これが、フェンダーのかの「ジャキーン」という独特のトーンを作っているとも言える。

さて、ここで回路の動作原理を詳しく追うのはやめておく。ただ、きわめて定性的に言うと、回路上で、C1とVR1が高域のコントロールに、C2とVR2が低域、C3とVR3が中域、R1が中低域に主に係わっている。ただ、すべての値は互いに影響を及ぼすのでそれほど単純ではない。

ということで、ギターアンプのアマチュアアンプビルダー業界ではもはや定番になっている観のある、有名なトーンコントロール計算用のパソコンフリーソフトTone Stack Calculatorをここに紹介しておこう(ただしWindowsのPCのみ)。以下である。

http://www.duncanamps.com/tsc/

これをダウンロードしてパソコンにインストールして起動すると次の図のようなウィンドウが出てきて、トーンコントロールをマウスでいじると周波数特性が直読できる。CやRの値を変えることもできるし、Fender、VOX、Marshallなど有名メーカーの回路をだいたいサポートしているえらく便利なソフトである。





このソフトを使って、Fenderの標準トーンコントロール回路でTREBLE、MIDDLE、BASSを単独でいじると周波数特性がどうなるか、次に載せておくことにしよう。





BASSを変えたとき

MIDDLEを変えたとき TREBLEを変えたとき


このFenderの標準回路について、いろいろいじってみるとだいたい次のようなことが分かる。

    1. C1を小さくすると高音が強調される傾向
    2. C2を大きくすると低音が強調される傾向
    3. 中域はもともとが削られているが、C3を大きくすると削られる周波数が低い方にシフトする
    4. R1を小さくすると中低域が強調される
    5. 3つのツマミを全部ゼロにすると音がまったく出ない
    6. MIDDLEを10にしてTREBLEとBASSをゼロにすると周波数特性がほぼフラットになる
    7. フラットのときの減衰量がだいたい-23dBである

以上について若干解説しておこう。(1)から(4)までを目安にして値を少しずついじるとトーンはいろいろと変わる。同じFenderのアンプでも機種はすごくたくさんあり、これらの値が少しずつ異なってそれ相応のトーンを作っている。お気に入りの値があればそれに変更する、などいうこともできる。

また(5)の全部ゼロだと音が出ない、というのは実践で知っている人も多いだろう。たとえばTwin Reverbなどがこのタイプである。まったく音が出なくなっちゃうという事態を避けるためにMIDDLEのVRの結線を変えてすべてゼロでも中域あたりが出るようにした回路もある。あと、ここのMIDDLEのVRを固定抵抗にしてMIDDLEを省略した回路もずいぶんある。

(6)はかなり面白い。これは、「MIDDLE 10、TREBLE 0、BASS 0」という一見めちゃくちゃなセッティングも「あり得る」ということである。このときの音が、「トーンコントロール回路がついていない場合の音」とも言えるかもしれない。一説には、これは古いVOXのノーマルチャンネルの音、とも言われている。一度やってみる価値はある。

(7)はだいたい平均的な減衰量ということなので、これは、このトーンコントロール回路を増幅回路に挿入すると、この分だけゲインが落ちる、ということである(挿入損失などと言う)。-23dBなのでおよそ1/14に信号が小さくなる。逆にその分だけ14倍ぐらいの増幅回路でかせがないといけない、ということを意味するわけだ。14倍というとローμ(例:12AU7)から中μ(例:12AT7)ぐらいの増幅回路一段分である。

なので、たとえばフェンダーのChamp初期の回路にこのトーンコントロール回路を挿入して3ツマミChampを作るなどという試みを時々みかけるが、この挿入損失のせいでアンプのゲインは上記どおり落ちてしまう。作って使ってみても、「あれ? 音量上がらないし歪まないなあ」、みたいになってしまうのは当然なのである。Champはもともとゲインがあまり高くないので、トーンを入れるならもう一段増幅回路が欲しいところだ。

さて、以上、Fenderの基本回路を基に解説したが、トーンコントロール回路は各社いろいろ違っていて、さらに機種でも違っていて、紹介し出したら切りがない状態である。それぞれにいろんな個性があるので、自作のアンプを作るときは好きなヤツの回路を持ってきて組み合わせてみるのも面白いと思う。


BRIGHT回路

BRIGHTはふつう押しボタンスイッチかなんかになっていて、入れると高音が強調されてキンキンした音になる。たいていは下の左の図のように音量VRのところに小さめのコンデンサーを入れることが多い。こうすることによって高い方の音をコンデンサでバイパスさせるわけである。それからこの回路の特徴は、音量を下げるほどブライトの効きが強いという点だ。逆にフルボリュームにするとブライトはまったくかからなくなる。下の右の図でその様子を確認してみて欲しい。



BRIGHT回路

BRIGHT回路の働き


BRIGHTを入れたときの周波数特性は下の図のようになる。コンデンサCには50pF〜250pFぐらいがよく使われ、一方、ポット(英語名のPotentiometerからこのように呼んだりする。VRのこと)は500kΩ〜1MΩぐらいである。一応、Cを小さく(あるいはVRを小さく)すると、高域が強調され始める周波数が高い方にずれて行く。ギターの音の周波数帯域とも関係するので、一概にCを小さくすれば音がキンキンになるとも言いにくいが、だいたいそんな傾向になる。結局のところ、実際に値を決めるときはカットアンドトライで音を聞きながらということになるのだろう。

BRIGHT回路の周波数特性(C=120pF, VR=1MΩで音量1/4に絞ったとき)



PRESENCEコントロール

PRESENCEについてはNFBのところでも少し触れた。トーンの振る舞いとしては、PRESENCEを上げるほど高音がきつくなって輪郭のはっきりした音になる。このPRESENCEは、一般には次の図のような回路になっていて、これは出力段のNFB(負帰還)の量を調整して高域を持ち上げているのである。

PRESENCE回路(Fender Bassman 6G6-Bより)


さて、この回路だが、NFBの量はNFB抵抗のR1と、図の四角で囲んだ部分の合成抵抗Z2(インピーダンス)の比で効いてくる。R1が大きいほどNFBが減ってゲインが上がり、Z2が大きいほどNFBが増えてゲインが下がる。このほかに帰還がかかっている増幅回路のゲインも関係するが、詳しくはNFBの項を参照していただきたい。

と、いうことでPRESENCEのVRの部分を見てみると、まずPRESENCEを絞ったときはVR値が最大で25kΩになっている。これは0.1μFのコンデンサと直列になっているので両者を合わせた抵抗値は25kΩより大きくなる。それで、並列に4.7kΩの抵抗が入っているということは、4.7kΩと25kΩ(以上)を並列にするのだから、これはほとんど4.7kΩに近い値になる。ということで、音のすべての帯域でほぼNFB量は一定で、NFB量はR1=56kΩとこの合成抵抗の4.7kΩで決まる。

ここでPRESENCEツマミを上げて行き、最大にしたとしよう。するとVRの値はゼロになる。そうすると、Z2の値は0.1μFと4.7kΩを並列にした値になる。コンデンサは高域ではインピーダンスが小さくほとんどゼロになる。するとZ2もゼロになり、このときのNFB量もゼロになる。つまりNFBがかからない状態になりゲインが上がる。一方、周波数が低いところではコンデンサのインピーダンスは大きくなり、これが十分に大きい低域では並列インピーダンスのZ2はほぼ4.7kΩになり、さっきのPRESENCEを絞りきったときと同じゲインになる。

このように、PRESENCEを上げると、高域のNFB量が減ることで高域のゲインが持ち上がるわけだ。これがPRESENCEで高音が上がる原理である。

もうひとつ面白いのが周波数特性によって歪み量が変わることだろう。というのは、NFBのところで説明したようにNFBをかけるとゲインが下がり歪みが減る。ということはPRESENCEで持ち上げられた高域はNFB量が下がっているのでゲインが上がると共に歪みも増えていることになる。PRESENCEを回しきると、単に高音が出るだけでなく、何となくギスギスしたような、とげとげしいような、それゆえに輪郭のはっきりしたような音になるが、それはこの高音の信号歪みが増えているせいもあると思う。PRESENCEというのはLED ZEPPELINのアルバム名にもあるが、「存在感」みたいな意味である。なかなか面白いネーミングを考えるものである。