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10 スピーカーとキャビネット

この工作編で作っているのはヘッドアンプなので、鳴らすにはスピーカーが必要である。ということで、ここではギターアンプで使うスピーカーとそのキャビネットについて少し話しておこう。

まず、ヘッドアンプにオーディオ用のスピーカーをつないで使えるか否かだが、しょせんは同じスピーカーなので使えるには使える。ただし、これは実際にやってみるとわかるが、オーディオ用スピーカーをつないでもあまりいい音はしない。特に昨今のオーディオ用によく使われる図体が小さくて密閉された「ブックシェルフ型」と言われるスピーカーはギターにはほとんど向いていない。やってみるとかなりこもった感じの妙な音になる。

スピーカーを格納する箱はキャビネットと言われるが、ギターアンプに使うキャビネットは背面が開放のものが多い。もちろんマーシャルスタックのように密閉型もある。また、オーディオ用のキャビネットによく使われるバスレフ(キャビネットの中の低音成分のみをダクトのようなもので誘導して前面の穴から出すことで低音の量感を出す仕組み)や、キャビネット内部の反響を抑える吸音材とかはあまり使わない。高音や低音の専用スピーカーを別に用意するいわゆる「マルチウェイ」(再生する周波数帯域について複数のスピーカーを使うタイプで、低音はウーファー、中音はスコーカー、高音はツイーターと呼ばれるスピーカーを使う。これらのスピーカーにはそれぞれの持つ周波数帯域に信号を分割して送り込む。帯域分割のために抵抗、コンデンサ、コイルで作った特別な回路を用意し、これはスピーカーネットワークと言う)と呼ばれる方法もふつう使わず、フルレンジ(一本のスピーカーで低音、中音、高音まですべての周波数帯域をカバーするように設計されたもの)のスピーカーだけを使う。さらに、スピーカー自体もオーディオ用のスピーカーと違い、ギター用に設計されたものを使うのが普通である。

 


マーシャルスタックの背面は閉じていて密閉型。これはジミ・ヘンドリックスのライブを後ろから見た写真

 

ギターアンプ用に設計されたスピーカーというのは、当然ながらエレキギターを鳴らしたときにいい音がするように作られている。オーディオ用のフルレンジスピーカーは可聴音域の20Hz〜20kHzの特性がなるべく平らになるように作っているが、ギターアンプ用はギターの音域に合わせて作られていて、特性は70Hz〜7kHzぐらいが主で、それより低い音と高い音は落としているものが多い。ギター用スピーカーで有名どころのメーカーと言えば、ジャンセン (Jansen) やセレスチョン (Celestion、日本ではセレッションともいう) がある。前者がアメリカン、後者がブリティッシュである。

スピーカーには当然大きさというのがあって、その口径(直径)で測り、単位はインチ(1inch = 25.4cm)を使う。8"、10"、12"、15"(インチは"で表す)あたりがギターアンプでよく使われる。本サイトで作ったヘッドアンプの元ネタはFenderのChampだが、Champは8インチが1本である。たとえばBassmanのように10インチが4本というように複数の同じスピーカーをひとつのキャビネットに並べるものもある。インチ数が大きく、さらに複数並べるほど音圧は高くなりでかい音になる。スピーカーを複数使うときは、普通並列につなぐことが多いが、たとえば2本直列にしたものを並列にして計4本というやり方をすることもある。複数のスピーカーをつないだときのインピーダンスは、原理編の1章で説明している抵抗の合成の仕方と同様の方法で計算できる。たとえば、8Ωのスピーカーを並列につなげば4Ωで、直列につなげば16Ωである。

一方、キャビネットは先に触れたように背面開放型が多く、吸音材なども使わないことが多い。オーディオでは余計な音を嫌うのでキャビネットは重くて音を吸収するデッドなものを使う傾向があるが、ギターアンプのスピーカーキャビネットの場合その限りではなく、むしろキャビネット自体をギターの音に合わせて振動させそれで音作りしたりすることもある。これを「箱鳴り」といい、特にでかい音を出したときにキャビネット自体が共振し独特の歪んだビビり音を出し、その音がたまらなくイイ、という場合もある。

以上いろいろ書いてきたように、オーディオとギターではスピーカーもキャビネットもかなりの違いがある。なので、製作したヘッドアンプもできればギターアンプのスピーカーにつないだ方がいい音が出る。

あと、やむをえずオーディオ用のスピーカーを使うときの注意点だが、ギターアンプヘッドに高価な本格的オーディオ用スピーカーをつなぐのは止めた方がいい。本サイトのアンプは出力がたかだか5Wなのでまず大丈夫だが、たとえば手持ちのオーディオスピーカーの定格入力が80Wだからといって30W、50Wというギターアンプにオーディオスピーカーをつないでエレキギターをバキャーンと弾くと特に一発でツイータを飛ばすことがある。

それから、スピーカーのインピーダンスであるが、だいたい4Ω、8Ω、16Ωあたりになる。どれがいい悪いというのは特にない。ただ、アンプ側でインピーダンスが指定されているので、そのオーム数に合ったスピーカーを使う。本サイトで製作しているヘッドアンプは8Ωなのでスピーカーも8Ωを使う。ここで、8Ωのスピーカーが無く4Ωや16Ωしか手持ちが無い、という場合どうするかであるが、非常に乱暴に言うと、真空管アンプの場合そのままつないでもあまりトラブルは起きないのが普通である。市販のトランジスタアンプではつなぐスピーカーのインピーダンスを小さくするほど最大出力が大きくなるが(4Ωをつなぐと8Ωのときの2倍の出力になる。アンプの内部抵抗が極端に低いから)、真空管アンプの場合はほぼその逆で、つなぐスピーカーのインピーダンスがアンプの定格出力インピーダンスより小さくなると最大出力がいくらか落ちるのがふつうである(必ずそうなるわけではない。NFBとも関係していて、NFBがたくさんかかっているときはトランジスタアンプと同じような振る舞いになる)。したがって、特にアンプに表示されたインピーダンスより小さいインピーダンスのスピーカーをつないだ時にはアンプが壊れるようなことはない。ただ、理論的に言って音質も音量も変わるので(ただやってみると分かるがあまり違いが分からなかったりする)、指定のインピーダンスのスピーカーをつなぐことをお勧めする。


スピーカーの能率


アンプの音の大きさというのは、アンプのパワーとスピーカーの能率で決まる。よく、えらく小型なアンプなのにパワーが100Wとか書いてあると、小さいのにスゲー!みたいに反応することがあるが、使ってあるスピーカーの能率が分からない限りホントにでかい音がするのかは、使ってみないと分からない。

スピーカーの「能率」とは、スピーカーが何ワットの電力を消費したとき、どれぐらいの音圧が得られるか、という指標である。スピーカーの能率は、スピーカーのスペックのところに「能率」とか「出力音圧レベル」(英語だとSensitivity)とかいう名前でdB(デシベル)を単位にして載っている。これは、1Wの出力をスピーカーに入れて、1メートル離れたところでの音圧をdBで測ったものである。目安でいうと、オーディオ用の一般的なスピーカーでは、90dBを中心としてだいたいプラスマイナス10dBぐらいに分布している。それで、この能率が3dB大きくなるとスピーカーに入れるパワーが2倍になったことに相当し、10dB大きくなるとパワーが10倍になったことに相当する(能率はパワーについてなので、dB = 10 1og10 aで計算される。a=2のとき3dB、a=10のとき10dBという計算である)

ギターアンプ用のスピーカーは能率が非常に高いのが普通で、たとえばJansenやCelestionのスピーカーはだいたい95dB以上ある。ギターアンプはでかい音がしてなんぼの世界なので、そう設計されるのであろう。一方、オーディオ用はさまざまである。おしなべて、昔の古いスピーカーや、PA用など大音量が必要なスピーカーには高能率のものが多く、逆に、最近のスピーカーは、小型化と、アンプ自体がソリッドステート(半導体)製の高出力アンプが増えたせいもあり86dBとかの低能率なスピーカーがどちらかというと主流である。しかし、スピーカーの能率とは考えてみると恐ろしいもので、たとえば、85dBのスピーカーと95dBのスピーカーは10倍の差があるから、5Wのアンプで95dBのスピーカーを鳴らすのと、50Wのアンプで85dBのスピーカーを鳴らすのでは、アンプ出力が10倍も違うのに同じ音量になるということを意味する。真空管アンプで5Wと50Wじゃあ、もう、図体の大きさが圧倒的に違うので、スピーカーの能率とはすごいものである。

あと、これは特に、真空管オーディオアンプの話だが、真空管アンプに、今風の、たとえば能率84dBしかないブックシェルフ型の小さなスピーカーをつないでも、だいたい満足のゆく音は出てくれない。これは音量だけの問題ではなく、実はダンピングファクターとも関係している。昨今の小さくてハイパワーを許容する低能率なスピーカーは、ハイパワーでダンピングファクターの十分大きな(10以上)アンプ(ソリッドステート型やディジタルアンプ)で鳴らしてはじめて良い音が出るように、そもそも設計されているのである。真空管オーディオアンプは出力もダンピングファクターもあまり大きくないものが多いが、そのようなアンプでは、今風のスピーカーは鳴らし切れず、がっかりしてしまう可能性大である。そんなときは、なんだ、真空管ショボイな、とアンプのせいにせず、高能率な、少なくとも90dB以上の、できれば図体のでかいスピーカーボックスを入手して、聞いてみるといい。突然、別世界が広がる。おそらくその独特な音に吃驚すると思う。