さて、中華料理大研究の2回目は同じく四川料理のタンタン麺である。日本のラーメンへの情熱はご存知すごいものがあるが、このタンタン麺もさいきん、醤油、塩、豚骨に続くラーメンジャンルの中のひとつに格上げされたようである。前回の麻婆豆腐と同じく、トウガラシと山椒を効かせた本場四川風と銘打ったものがおしなべて評価が高い。しかし、このタンタン麺、日本ではポピュラーになっているけれど、故郷の四川省ではごくごく大衆的な目立たない料理のようである。それから、これはみなさんご存知のように本場のものはスープ麺ではなく、汁のない和え面である。 ということで、ここでは、本場の汁なし系をメインに、その由来や作り方などについて解説してみることにしよう。 由来 担担麺の故郷は中国四川省である。もともとは麺に、あたりゴマとトウガラシ油を効かせたいろいろな調味料を入れて、これをかき混ぜて食べる合え麺である。したがって汁なしで供するのが本場でのあり方で、日本のようにスープは入らない、あるいは入ってもほんの少しのようである。そのむかし、四川省で、商売道具一式を天秤棒で担いで歩く麺屋さんがあったそうで、その移動式麺屋が出していたのがこの合え麺で、それで、「担いで売る麺」ということで担担麺と呼ばれたのだそうだ。古い四川の料理人によると、当時のその時代では、ちょうど日本の夜鳴きそばのように、その声は物悲しく音楽的だったのだそうだ。いったい、どんな風情だったのか思わず想像してしまう話ではないか。 本場四川省の担担麺
四川省の首都の成都で麺を出す店にいろいろ入ってみたが、この担担麺がメニューに載っている店はなぜかたった一軒しかなかった。中国らしくどの店も面の種類は数十種類あったのにもかかわらずである。たまたまかもしれないが、日本で言うほどポピュラーな麺ではないのであろう。ちなみに、どこの店でも必ずあって目に入ったのが牛肉麺だった。こちらは、汁ソバで、牛肉をショウユ味の香辛料入りのスープで大量に煮込んだ、ちょうど日本の煮込みみたいなものが麺にかかった汁ソバだった。 本場汁なし担担麺を作る それでは、ここでは本場四川で食べた担担麺を再現するべく、その作り方を紹介してみよう。麺をゆでて、そこに各種調味料を入れるだけで出来てしまうので、調味料さえそろっていればごく簡単な料理である。実際、四川省のお店で注文したときに作るところを見ていたけど、十個ぐらいのボールに調味料がそれぞれ入っていて、これをものすごいスピードで碗の中に入れて、あっという間にできあがる。ただ、この調味料類をそろえるのは、ちょっと手間がかかる。 材料と調味料
麺 まずは主役の麺であるが、これは日本のうどん使うことを推薦する。中国では、日本のラーメンに使われるようなかん水を使った黄色い麺にはほとんどお目にかからない。四川でも北京でも、麺といえば白くて柔らかくてコシのない、日本的基準でいうとあまりおいしくないうどんみたいなやつが出てくる。日本で一番近いのは、間違いなく、かの白いうどんなので、ここではうどんを使うのである。それに実際にこの味付けで合え麺を作ってみると、日本の中華麺を使うより、こちらの方がずっと味付けに合っているように感じるので間違ってはいないのであろう。 芝麻醤 辣油 花椒(ホァ・ジャオ)
花椒(山椒のこと)は、トウガラシと並んで四川料理の必須アイテムである。日本の山椒と風味は異なり、口に入れると舌をビリビリとしびれされる働きをすることが特徴である。四川人はあのしびれる感覚が好きらしい。ここでも是非、中国の花椒をミルで挽いた粉を使いたいところである。日本の、あの、うなぎにかけたりする粉山椒では、かなりいただけない。 作り方 1)ネギショウガを切る ネギは荒みじん切り、ショウガはみじん切りにする。 2) 挽肉を炒める 中華鍋をよく空焼きして、挽肉とショウガを入れ、杓子の背で挽肉つぶしながら、ほぐし、パラパラに炒める。中華なべの空焼きについては「麻婆豆腐」の項を参照のこと 3) 挽肉に味をつける 挽肉によく火が通って、油が澄んだ感じになってきたら、ショウユ大1、酒大1を入れてさらに水気がなくなるぐらいまで炒めて火を止め、皿にとっておく。 4)ショウユと芝麻醤を混ぜる ショウユ大1と芝麻醤大1/2をボールに合わせて粒がなくなるまでよく混ぜ合わせておく。ショウユと芝麻醤が2対1の割合である。芝麻醤は冷たいと混ざりにくいので、ちょっと暖めるとよい。 5) 花椒を挽く ホールの花椒をミルで粉状になるまで挽いておく。 6) 麺をゆでる 細うどんの乾麺を、表示どおりの時間ゆでる。 7) 調味料を合わせる うどんをゆでている間に調味料を合わせる。一人前の小碗を用意し、ここに、ショウユと芝麻醤を混ぜたものを大2/3、ラー油を大1、ゴマ油小1、花椒粉小1/2を入れておく。 8) 麺の水切り 麺をザルに上げ、水洗いしてぬめりをとる。このとき、水でやってもいいが、麺がちょっと暖かい方がおいしいので、自分は、湯沸かし器のお湯でもみ洗いして麺の温度があまり下がらないようにしている。洗ったら、水気を切る。 9) 麺を入れて仕上げ 調味料の上に麺を入れ、麺の上に炒めた挽肉大2とネギの荒みじん切りを乗せて出来上がりである。このまま上卓し、食べるときめいめいが全体をよく混ぜ合わせてから食べる。 本場風の辣油の作り方 材料と調味料
朝天辣椒 写真の左側が朝天辣椒で、右側が日本の鷹の爪である。四川で一般的に使われているトウガラシ で、ふっくらとして、大きくて、赤黒い色をしている。よく、強烈な辛さを持つ、などと言われているようだが、実際に使ってみると、日本の鷹の爪より辛みはずいぶんと弱く、逆に香りが強い。昔はほとんど売っていなかったが、最近は四川料理の人気の上昇にしたがって、中華街などでもけっこう置くようになった。どうしても見つからない時は、ネットで検索すると通販で買えるので利用するとよい。 油 ふつうのくせのないサラダ油でよい。市販のらー油のようにゴマ油は使わない。四川省での辣油の製法を調べてもふつうの油で作っている。 1)トウガラシのヘタとタネを取り除く 一般的にタネの辛みが強いと言われている。当たり前のことだが、この作業をしたら丹念に手を洗うこと、あるいは手袋をして行うこと。手を洗わずに粘膜に触ると痛くて大変な思いをする 2)ミルで挽く ミルにかけて荒挽きにする。あまり細かくせず荒めにする。これを大きめのボールに入れ、上から水をふりかけて湿らせておく。これは後で熱い油をかけたときに過度に焦げてしまわないようにするためである。 3)油を熱する 油300ccを火にかけ、ショウガを入れ、180度ぐらいになるまで熱する。ショウガを揚げるのは、油に若干の香り付けすると共に油臭さを抜くためである。 4)トウガラシに油を注ぎ入れる 油を若干冷まして、ボールのトウガラシに注ぎ入れ、杓子で軽くかき混ぜ、すぐにふたをする。トウガラシの蒸気がもうもうと立ち上る感じになるので、この香りが逃げてしまわないようにふたをする。荒熱がとれたらラップをして、できれば一昼夜おいてなじませてから使う。 動画で見る担担麺の調理 それでは、以上に紹介した調理の動画をここに載せておく
四川省の料理店での製法の紹介
麻婆豆腐と同じく中國名菜譜に「正東担担麺」と称して作り方が紹介されているので、これを紹介しておこう。重慶の「正東(ジョン・ドン)」という料理店のものだそうである。原本では12碗分なので、ここでは麺100gに換算して分量を記しておく。 (1)芽菜(ヤ・ツァイ)6gをみじん切りにし、芝麻醤小1、ゴマ油小1/2と混ぜ合わせておく 見ての通り、芽菜を使っているほか、とりたててどうということのない作り方なのだが、しかし恐らく、実際に食べてみるとちょっと想像できない独特な風味なはずである。この辺は、中国に何度も行った経験で予想できる。たとえば、上記で「ラード」と書かれているけど、これが日本のスーパーで売っているような精製ラードなわけはなく、何かしらあくどい臭いなどが付きまとっているはずなのである。このあたりの根本的な料理の香りについては、現地に生活して現地の料理人にでもなってみるほか解明しようがない。いまだに謎である。 日本の担担麺
日本のものはおなじみのように汁ソバである。いろいろ調べてみるとどうやらこれも、四川料理を初めて日本に本格的に紹介した、かの故陳建民氏が発案したもののようである。日本では麺に調味料をからめて混ぜて食べる習慣がないので、そこで本場のものをアレンジし、スープを多く加え、それでゴマ風味の辛い汁そばとして供したものだそうである。まいどまいどこの人の創意には感心する。
日本の担担麺事情
さて、前回書いた麻婆豆腐の場合は、近年、日本風にアレンジしたものより、辛くて油が多くて山椒のきいた本場風のものが受け入れられるようになってきているようだが、どうも担担麺はそうでもないようである。雑誌などでしょっちゅうやっている麺特集などをのぞくと、いまだに担担麺はゴマ風味の汁ソバが主流であるところを見ると、陳建民がその昔考えたように日本には合え面は定着しにくいのかもしれない。とはいえ、汁ありの担担麺の専門店も、汁なしのメニューをたいてい用意しているようである。 終わりに 今から数年前、なぜか担担麺ブームみたいなのがやってきて、自分の家の周りでも担担麺がウリの店などが急にいくつも現れた時期があった。その中のひとつに汁なしを出している店もあり(場所も名前も忘れたが世田谷通り沿いだった)食べてみたらけっこう旨かった。上記で紹介した作り方で作れば、かなり近いものになるけれど、やはり四川本土ものとはその「あくどさ」に差があるのは、プロの店でも同じである。日本のものは、やはり、どことなく「お上品」である。不思議なものだ。 |