6BX6高周波増幅一段に6AQ5のオーディオパワーアンプを組み合わせた真空管AMラジオ
あるときオークションで「真空管136本」というのが出ているのを見つけた。写真を見てみると、国産の箱入りMT管が段ボールにぎっしり詰まっている。古いもので動作確認なしなのでジャンク扱いとのことだったが、一本百円としたって一万三千円だ、ということで一万五千円で入札したらあっさりと落とせてしまった。届いてみると、さすが百本以上の真空管の眺めは壮観である。それまで、ぽつりぽつりと買ってようやく十本ていどだったのが、一気に百数十本の真空管持ちに変身である。最初は、適当に選別して売り払い、元を取ってやろう、などと思っていたものの、実際に手にしてみると、売りたくなくなり、結局、これを元手にいろいろ遊ぶことにした。
調べてみると、そのほとんどがテレビ管、そしてラジオ管であることが分かった。昔のラジオ時代におなじみの、高周波増幅用の6BA6、パワー管の6AR5、整流管の5M-K9などがちらほらとあり、あとはテレビ用のあれこれが大量に揃っている。自然と高周波増幅用の球が多くあり、そうか、ここはやはり高周波増幅器を作ってみようか、という風に思い、それでラジオ製作をしてみようということになった。高周波増幅というからには、高1ラジオであろう、ということで、以上のような変な理由で、高1ラジオを作ってみることにした。
真空管はよりどりみどりである。これまでの真空管アンプでは3極管ばかり使ってきたので、やっぱり3極管がかっこいいな、と思ったが、当然ながら3極管高周波増幅はお勧めではない。プレートとグリッドの間の容量により、簡単に発振してしまうからだそうだ。それを防ぐにはやはり、PとGの間にスクリーングリッドやらなにやらを入れた5極管が有利で、実際、高1ラジオの回路をあさっても3極管というのはほとんどない。しかし、テレビ管で、高周波増幅用3極管は実はけっこう見つかる。まあ、初めて作るものでもあるし、ここはおとなしく5極管で行ってみることにするが、普通のラジオ管じゃ芸がないので、ちょっと変わったやつを選ぶことにした
6BX6というヤツがコレクションの中に3、4個入っていたのだが、こいつがメタリックな網シールドがかっこよく、さらにネーミングも何かスピード感があっていい感じである。調べてみると、高gmの高周波増幅用5極管で、9ピンのMT管、シールドやサプレッサーグリッドが独立してピンに出ていて、いかにもヘヴィー・デューティーという高周波管である。ふつうの6BA6などよりずっと増幅度が高く、感度が稼げそうである。そこで、まずは、手持ちのバーアンテナとポリバリコンで、アンテナ側同調回路を作り、6BX6で高周波増幅、抵抗負荷で受けてダイオード検波するラジオを、例によってブレッドボードの上で仮り組みしてみた。クリスタルイヤフォンをつけて聞いてみると、バリコンを回しても、ときどき力なくピィーと鳴るだけで、まるで聞こえない。うーん。
しかし、思えば懐かしい追体験である。小学生の頃の電子工作のほとんどはラジオ作りだったのだが、まともに聞こえるまでずいぶん長いことかかった気がする。ゲルマラジオから一石低周波増幅ラジオまで、ずいぶんあれこれ作ったものだが、まあ、これが聞こえないこと、聞こえないこと。鉄筋コンクリートの部屋の中で聞いて鳴らず、近所の電気部品屋で買ってきた出所不明のバーアンテナのせいにしたり、真空管用コイルで作ってるのにアンテナつないでなかったり、要は基本的なことが分かっていないまま作っていたからだと、今では分かるが、今現在何の知識もないまま高周波増幅回路など適当に作ってしまい、やっぱり鳴らない、っていうのとほとんど事情が同じである。まあ、昔も、そうこうしているうちに鳴るようになり、ある日、黒くて賢そうなシリコントランジスタ2SC372で一石高周波増幅ラジオを作ったら、全てのラジオ局がガンガン聞こえてきてびっくりしたのを思い出す。それまで2SB56あたりのトロい感じのでやっていたので、やっぱりシリコンってすごいなー、高周波増幅ってすごいなー、などと思った覚えがある。
さて、ピーというのは明らかに発振である。さすがにいい加減に配線し過ぎたのだろう、と思い、いくらか整理すると、ピーの合間で歪んではいるが放送が受かるようになった。まあ、何とかなりそうだ、ということで、コイル、バリコンなどちゃんと揃えて、使い古しのアルミシャーシーに組んでみることにした。秋葉原をぶらついて見てみると、コイル、バリコンともえらく高価で、3、4千円もするではないか、いやになってしまう。ずいぶん歩いてようやくぼろぼろの2連バリコンを千円でみつけ購入、そして、紙筒に巻いた超廉価版な高1コイルを千円ていどで見つけたので購入、ということで部品は揃った。
さっそく組み上げてみる。負荷側コイルをシャーシー中に入れ、短距離配線も心がけたつもりだが、状況はあまり変わらず、相変わらずピーピー言っており、がっかりする。お次は、もう少しバイアスなど見直そうと、推奨動作点にするべく、電源を倍圧整流にし、増幅器自体をしっかりやり直した。うん、ピーピーの音が大きくなったが、さっきよりずっと良くなり、周波数の高い方ではそこそこ聞こえるようになった。しかし音は何か耳障りな感じで歪み気味である。たぶん発振気味のまま鳴っているからであろう。そうこうしているうちに、アンテナコイルとグリッドの間に小Cと高Rを並列にしたものを挿入するのは間違っていることに気づく。これはグリッド検波の回路ではないか。そこで、グリッド検波、プレート検波について再度勉強し、コイルとグリッドの間を直結とした。とたんに発振がひどくなり、聞けたもんじゃない。かなり悩んだ末、これはたぶん、グリッド前に抵抗が入っていたことで発振がいくらか抑えられていたのだろうと気づく。そこで、発振止めのため10kΩの抵抗を突っ込むと、また元に戻った。
そうこうしているうちに、ネットで、6BX6系の真空管で高1ラジオを作っている人のコメントをたまたま見つけた。その人は、6BX6よりさらにgmの高い6EH7を使っているそうで、この球はふつうに作るとまず100%発振するそうである。対策は、負荷側コイルを完全にシールドケースに入れることと、プレートからコイルへ行く線を極力短くすることだそうである。実は高周波増幅を作っていながら、低周波増幅とたいして変わらない気分でいたのがいけなかった。オーディオアンプでも発振の経験がないので、お気楽に考えていたのである。まあ、低μの3極管ばかり使っていたので当然のことなのだが。高周波増幅はそんなに甘いもんじゃないのが良く分かった。そこで、アルミホイルとボール紙で即席のシールドケースを作ってやってみると、いくらかは良くなった気がする。
ところで、低周波増幅の方は、はじめブレッドボード上に12AU7で低出力アンプを組んで使っていたが、こちらの方もちゃんとしようと思い、真空管リストを探してみると6CS7という複合3極管が見つかった。これは、プレート損失1.25Wと6.5Wのやつが一緒になっているやつで、これ一本で電圧増幅、電力増幅ができそうな代物である。組んでみると、音量もなかなか大きくなり、いくらか負帰還をかけると、けっこういい感じの音になる。これで現在、6BX6と6CS7の2球1-V-2ラジオが出来ていることになる。ところでアンテナだが、机の周りのあれこれの金属に接続していたのだが、あるとき、金属製の組み立てラックが非常にいいアンテナになっていることを発見。音量もはるかに上がり結構快適な感じになってきた。
いまだにNHKあたりの低い周波数ではピーピー言っているものの、FEN(いまはAFNというのかな)あたりから上は結構いい感じで鳴っている。バリコンのトリマーをいろいろ回すと感度と音質が変わりなかなか面白い。選択度と感度を優先すると帯域が狭くなり音が悪くなるのだろう、などとあれこれやって音質を追求してみると、いや、AMラジオの音もなかなか捨てたものじゃない。最初はラジオなんか作ったところで、音も悪いし、まあ日常的に聞くとはとても思えないな、と思っていたのだが、調整しながらあれこれ聞いているうちに、放送が面白くてけっこう聞き入ってしまったりして、これは意外と実用になるかもしれないと思い始めた。
組み立てラックアンテナなら音量は十分だが、ビニール線をたらしただけだとさすがに音量が足りない。そこで、低周波増幅部をいま一度見直し、音量とパワーをかせぐために、電圧増幅、電力増幅ともに5極管を使うことを思い立つ。高周波増幅も5極管で、これでオール5極管の3球ラジオになり、なかなかかっこいいではないか。この辺で、高周波段を6EH7に変えてみると、感度、発振ともに良くなったので、これで行くことにする。それで、電圧増幅を今度は6BX6、そしてパワー管を6V6GT相当のMT管の6AQ5Aにしてみた。組んで鳴らしてみると、うん、さすがにはるかに音量が上がり、パワー的にも十分である。簡単に測ってみると軽く2、3Wは出ている。それから面白かったのが、スピーカーから出てくる音質が実に懐かしい音なのである。サシスセがシャシシュシェになる典型的な高域歪で、なんかむかーし使っていたプラスティックのキャビネットに入っていた古い真空管ラジオの音を彷彿とさせる。これが5極管の裸の音というものなのか。とはいうものの、いつのまにやら音のいいAMラジオを目指している今回は、郷愁に浸るのは止めて、負帰還をかけて音質を矯正する。5極管が2段の増幅器はゲインも十分で、たっぷりNFBもかかり、オーディオ的にもけっこういい音に仕上がった
考えてみると、AMラジオの音質って、この裸の5極管の音のイメージが強い。6AR5から、小さな出力トランス直結で、もちろんNFBなどなく、高域の矯正のためにトランスの1次側に0.005μだかのコンデンサを入れて高域を抑えるていどなのだから、小さなトランスで低域は出ないし、高域は歪んだまま、というけっこうな状態だった気がする。ラジオ受信部は、発振寸前のキンキンの音が出てくる再生検波から、すぐにスーパーヘテロダインが主流になり、こいつはまたIFTで通過帯域が決まってしまい、当時は混信回避が優先だったのか帯域は狭く、音のソース自体が狭帯域だった気がする。音のいいAMラジオを、ということでIFT自体に広帯域スイッチなどが付き、あれこれやった時期があったのを覚えているが、そのころにはすでにHiFiラジオの主流は完全にFMに移ってしまい、AMはそれ以上追求されることがあまり無かったのではないだろうか。今回、広帯域な高周波増幅一段(というか狭帯域にしようがないということなのだが)、検波歪みの少ないゲルマニウムダイオード検波、そしてNFBをかけたHiFi指向パワーアンプを組み合わせたこの試作AMラジオを聞いてみて、なんか隙間産業をやってるみたいで面白くなった。
さて、低い周波数での発振をなんとしても止めなくてはならない。そこで、再度配線を見直してみると、あるある、今までコイルにばかり気を取られていたが、2連バリコンから出た2本の線がなんと、発振してくれ、とばかり交叉しているではないか。さっそく別ルートで配線しなおしたら発振はめでたくピタリと止まった。発振が止まるとやはり音質にも影響するのだろう。今まで聞こえていた局の音質もさらに安定した良いものに変わった。うん、ここまでくれば、HiFi指向真空管AMラジオと銘打っても恥ずかしくないだろう。ときどき、「あれ?これってFM?」と勘違いしそうな音である。
現在、高い方の1/3ぐらいにある局を受けると感度が悪く、S/Nも悪くなるので、これについて「手作り真空管アンプの会」の宇多さんを初めとする人たちに相談して改良中である。近々結果を報告したい。ちなみに参考までに現在の回路をここに載せておく。