12AU7による「夜一人で静かに音楽を聴くための」小出力ステレオアンプ。この後、木製の檻に入れる予定


ある日、秋葉原のラジオデパートをぶらついていたら「夜一人で静かに音楽を聴く0.1W小出力アンプ」というものを見つけた。小さなシャーシーに、かわいらしい小さな真空管が2本並び、ヒーターがつつましく光っていて、カーペンターズか何かが静かに鳴っていた。なかなかいい感じで、しばし立ち止まって聞き入ってしまった。今時の言葉で言えば、癒し系アンプとでも言うのだろうか、でっかいアンプとはまた違う次元の魅力である。ICなどを使ったアンプと違ってインスタントっぽさがなく、小さいけど一人前に 真空管で鳴ってるんだね、という風で好感が持てた。

夜一人静かに音楽を聴く、という文句にもなにか惹かれてしまった。これまでずっとオーディオ的にいい音を追求していたせいで、音楽を聞くときも、とかく音量が上がり気味で、少々疲れてきたのかもしれない。寝室の枕元にでも置いて、真空管の光を見ながら静かに音楽を聴いて、眠る前の夜のひとときをすごすのもいいじゃないか、などと思い、がぜん作ってみる気になった。我が家の寝室はちょっとエスニックでウッドな感じなので、その風景に合うように、あまりメタルを感じさせない、できるだけ小さなちょっとした置物みたいなルックスがいいだろうな、と思い、あれこれ構想を始めると、これがなかなか楽しい。

できあがりのイメージはあれこれ広がって行くが、まずは、回路である。真空管は、バンド仲間のベースの人にもらった、松下の12AU7が2本あるので、これにしてみよう。プレート損失2.75Wなので、シングルで0.1Wぐらいは出そうである。真空管はシンプルに2本としたかったので、2段増幅のCR結合シングルアンプで、方式は決まった。問題は電源である。ラジオデパートで見たものは、出力トランス2つの後ろに電源トランスとヒータートランスがあり、奥行きがけっこうあって、真空管のコンパクトさに比べてトランス類が大きく、ちょっと格好がいまひとつなのである。ということは、これはトランスレスしかなかろう、ということになる。思えば、その昔、ラジオなどではトランスレスが主流で、ヒーター電圧を足し算して100Vにしたり、倍圧整流なんていう変な回路を使ったり、なかなかおもしろくて興味を引かれたことがある。今回の場合、B電源はともかく、ヒーターが問題になる。抵抗で単純に電圧を落とすと、およそ75Vも落とすことになり、消費電力は10Wを越える。

そこで、どこかで読んで知ったコンデンサによる電圧降下というものをやってみることにした。いろいろ計算してみると、12.6Vヒーターを直列にしたとき、必要なコンデンサの値はおよそ4.9μFである。交流なのでケミコンは当然使えないが、このていどならそこそこの大きさのものがあるはずである。それよりなにより発熱がまったくない、というのがいい。ところで、ここで白状すると、始めコンデンサーの計算法をまったく間違ってしまい、6.5μFを買ってきて失敗しているのである。Cが大きすぎ、ヒーターが白熱し、もう少しで切れるところだった。間違いは単純で、Cの交流抵抗値を計算する1/(2πfC)オームをそのまま使い、抵抗分圧の要領で計算したのである。実際は位相が回るのでこれはダメである。知っている人には釈迦に説法だが、知らない人のために参考までにここに計算式を書いておく。こんなところで、電気から離れていたブランクが出るものなのである。

さて、実は、抵抗による降下も使うことにした。というのは、一計を案じ、12Wで加熱する抵抗はかなり熱くなるはずなので、その上に小さな金属のお皿を置いて、そこにアロマオイルをたらし、アロマ炉のかわりをさせたらどうか、というアイデアである。夜静かに音楽を聞きながら、立ち上るアロマの香りを楽しむ、というのもなかなか良いではないか。そこで、20Wの抵抗でやってみたところ、この熱量は相当のもので、アロマ炉として十分そうである。ただ、12Wの消費電力は、アンプ本体からすると法外な大きさでよろしくないので、抵抗降下とコンデンサ降下を切り替えにして、アロマを焚くときだけ抵抗降下にする、という方式にすることにする。

回路方式があらかた決まったので、簡単な定数計算をして、ありあわせの部品をかき集めて木の板の上に仮組みしてみた。とりあえず、B電源は100Vを直接半波整流してそのまま使うことにする。電圧はたった130Vで、12AU7のロードラインを引いてみるものの、実に狭い動作範囲しか取れず、出力は80mWぐらいしかとれず、しかも歪率は15%ほどにもなってしまう。あらためてトランスレスの厳しい事情を再認識した。まあ、とにかくも組んでみて、ミニコンポのスピーカーをつないで音出しをしてみる。

ライ・クーダーをかけてみると、うん、鳴ってる鳴ってる、それも静かに、いい感じである。ふだんドライバにしか使わない、こんな小さな真空管2本でスピーカーが鳴っている、というのもいいイメージである。ただ、ソースをかけかえて、マイルスをかけてみると、ドラムのフォルテであきらかに歪みっぽく、さらにBuena Vista Social Clubをかけてみると伴奏楽器が多くなったところで全体がひずみっぽい塊に聞こえ、どうもうまくない。この辺になると、かなり小さい音に絞ってようやくだいじょうぶ、というていどになり、小出力とはいえさすがに音量が足りない。130Vはやはり低すぎるようである。

ここで、発振器の正弦波を入れて、オシロで波形を見てみた。ほんとだ、歪んでる歪んでる、それも上下非対称の典型的な2次歪みである。2A3シングルのときは上下クリップの寸前まで形が崩れなかったのは、やはりなんと言っても正当派出力三極管の2A3だったからなのだろう。そこで、トランス二次から負帰還をかけてみた。たしかに目視で分かるぐらい歪みが減るし、DFも0.7から3へアップし、 f特も40Hzから20kHzとなり改善されている。さすがNFBである、抵抗たった一本でここまでインスタントに良くなるのか。しかし音の方はNFBをかけると、どうしても元気がなく聞こえてしまう。気のせいかもしれないが、特性の数字があれだけ良くなるのに、音の変わりかたは数字とは違う次元で起こっているように感じる。

数字というのは奇妙なものである。おのおのまるで性質の異なる特性量が等しく「数字」という数で表記されたとたん、人はそれをリニアなものに錯覚してしまう傾向があるような気がする。つまり、数字が倍になれば倍良くなる、この量が増えてあの量が増えれば足し合わせてもっと良くなる、という感じである。実際はそうはいかないし、かといってリニアじゃないなら非線形かというとそんなに単純でもない。この辺の事情は、超ハイクオリティの教祖である北陸先端大の宮原誠先生の言う通りなのであろう。宮原先生も、きっと若いころ、僕が今しているような経験を、もう、イヤと言うほど経験したあげくの学説なのであろう。宮原先生の説は簡単にここで説明できないが、興味がある方はWebで調べてみると出てくると思う。

さて、NFBはひとまずおいて、まずは倍圧整流である。倍圧にするととたんにケミコンの値段と大きさが跳ね上がるのが難点なのだが、仕方がない。B電源は、こんどは一気に260Vになる。カソード抵抗をいくらか修正して、音を聞いてみると、うん、たしかに歪みっぽい感じはほとんど消えて、その分、音量も上がっている。ただ、よくよく聞いてみると、歌い上げる系のボーカルなどでかすかにざらっと感じる。実際、ロードラインを引いてみると、今度はB電圧が高すぎて、特性の間隔が詰まっているのが分かる。よくよく検討すると200Vぐらいがちょうどいい。帯に短しなんとやら、という感じである。これについては、抵抗を突っ込んで、ちょっと無理矢理電圧を下げてやってみることにする。

バラックの仮組みの状態だが、いろいろ音楽をかけかえて聞いてみると、小音量用としては十分な感じである。しかし、最初の動機は、音質よりその癒し系的雰囲気の小出力アンプなのであったが、やり始めるとやっぱり音質に欲が出る。それにしても、「音質はふつうだけど安心して聴いていられる」アンプに仕上げるというのも難しい。2A3アンプの結果は抜群だったが、あれは料理で言えば「最高の材料を揃えて、隙のないレシピーで、たっぷり時間をかけて作った料理」といった感じである。しかし本当に腕のいい料理人は、実は、その辺に転がってる材料で何気なく作っても、手堅く、センス良く料理をまとめることができるものである。実際、四川省のプロの料理人の採用テストの話を読んだことがあるが、実に単純で、十種類の異なる材料を、同じ「魚香」という味付けで作らせて、それらがすべて同じ味なら合格、というものだそうだ。これができるようになるには長い経験が必要で、真空管アンプも同じなのだろう。

結局、再度、正弦波を入れてオシロで最終調整することにした。問題の電源電圧であるが、260Vから200Vぐらいまでいろいろと下げてみたが、波形、音ともにほとんど変わらない。ということで、あまり気にしないことにした。NFBでずいぶん悩んだが、やはりNFBを入れると特性が格段にいい線にまで改善するので、入れる方向にしておき、あとは聞いて判断することにする。NFBを6dBほど入れると特性的には、目視クリップ直前で0.2W、f特が-1dBで40Hz〜20kHz(ただし20KHz以上で高域が最大1dB持ち上がる)、DFが3、目視で2次歪みは少な目、といった感じになり、まあまあ満足できる数値になる。以上でひとまず回路定数をフィックスした。

最後は、一式を寝室に持ち込み、本番さながらのシミュレーションである。夕暮れ時で、部屋も暗く、いい感じである。寝室は四畳半であるが、夜静かに音楽を聴くアンプとしては、音量的にちょうどいいくらいであった。NFBを入れたり切ったりして、ずいぶん聞き比べてみたが、さすがにNFBを入れた音の方が良い音だった。NFBを切ると、音がかなり生々しくなり、高音がしゃりしゃりした感じになる。これはこれで古いブルースなどを聞くときはかえっていい感じでもある。何というか、音が前に出てくるのである。NFB入り切りスイッチにBLUES TURBOとでも名前をつけてやろうか、と思ったが、これをやるのは5極管の時の方が良さそうである。3極管だと、それほど劇的に変わることはないようである。

あれこれやっているうちに完全に夜になった。寝室の電気を消して、小さな紙製のウォールライトだけをつけると、壁にかかったエスニックなマスクたちが怪しく照らし出され、すっかり別世界である。ソファーに座って、なんとワインまで持ち込んで、コルトレーンのBalladsを聴いてみる。いや、なかなかいい。これで、このアンプ一式をコンパクトな木の箱に収めて、アロマ皿の上にオイルをたらし、立ち上る香りの中で、ほのかな真空管の光を見ながら静かに音楽を聴く、というわけだ。ちょっとした贅沢である。

さて、最終的には木製の箱に入れる予定だが、金属のシャーシーに組んで、それごと箱に収納する昔のラジオ式のやり方がよかろう、ということで、小さなアルミケースを買ってきた。前面には、電源SWとボリュームそしてアロマSW、背面にBlues Turbo SWをつけておいた。横13cm、奥行き10cmと、そこそこのサイズで、実装密度はそれほど高くなく、無理のない大きさという感じである。

音を聞いてみると、うん、なかなかいいではないか。狭い部屋で静かに音楽を聞くには十分な音量だが、それ以上の音量は決して出ない、という感じである。このアンプ、かなりゲインが小さく、最大出力の0.2Wに必要な入力がおよそ2Vなのである。これは、逆に、CDをつないでボリュームを最大にしたとき、たとえピークでも決して歪まない、ということになる。まあ、耳に優しい安全設計ということにしておこう。あとは、これ全体を収納する木の檻を作ることである。



・トランスレス回路は、シャーシーアースに電源の片側が接続され、電撃などの危険があるのでご注意下さい
・上記回路は、パイロットランプ兼電源極性チェックのネオン管が入れてあります。電源スイッチを切った状態でコンセントに差し込んで、シャーシーに触れたときネオンが点灯すれば正常、点灯しなければ差し込みを逆にします。これにより電撃はなくなります。
・Blues turbo SWは回路図から抜いていますが、実際は入れてあります。
・ヒーター電源供給のための4.9μFのコンデンサは関東の50Hz電源用です。関西の60Hz地域では値を変えてください(ここを参照)


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