空中配線によるPHONO/カセット兼用イコライザアンプ
(*その後プリアンプを経て定数見直し後2A3シングルアンプに内蔵)

題名はイコライザーアンプであるが、もともとの製作動機はぜんぜん違っていて、真空管でアートに走ろうとし、デザイン第一に作ろうとしていたものである。真空管を2本並べて立て、ソケットの下に部品を立体的に配置し、空中配線をして、その全体を前面の開いた木製の小さな箱に収め、スイッチを入れると古風な電子部品が、箱に仕掛けられた豆電球の光に怪しく照らし出される、そんなものが作りたかったのである。視覚イメージは頭の中にあるのだが、さてどうしたものだろう、肝心の中味は一体何を作ろうか。実用にならないものは作りたくなかったので、まがりなりにも使えるものを入れたかった。

始めに考えたのは、ルックスに似合った、古風な音のするアンプであった。3極管と5極管を一本に封じ込めた6BM8を2本使って、超オーソドックスな古い回路でステレオパワーアンプを作るのはどうだろうか。以前、現用のアンプのテスト段階で、特性が劣化した状態で、知らずにしばらく使用していたことがあった。この音の悪いアンプで、しばらくタンゴなどを聞いていたのだが、バンドネオンの甘い音がたまらなく切なく、甘い響きであったのを思い出したのである。妙なもので、アンプが正しくきれいな音で鳴るようになってからは、あのバンドネオンの音は、その気持ち的な甘さより、音のリアリティの方が勝つようになり、特に気を引かなくなった。

特に復古趣味的なところは僕にはないのだが、僕ぐらいの歳だと、若いころの生活の中のオーディオは決して今のように高音質ではなかったので、古くさい音の原風景のようなものがあって、そんなところを刺激されるのではないだろうか。こうして見ると、特性の良くないアンプというのも、一種のエフェクターのように思えてくる。たとえば今現在のデジタルエフェクトによる音質加工とやはり決定的に異なっていて、古いアンプの音の悪さには、その要素ひとつひとつに、人間の生活に根ざした、手工業的な、諸事情が隠れていて、それらの事情を生み出したその時代の空気のようなものまでしみこんでいるように思われる、と言ったら言いすぎだろうか。そういったものの総体として、あの古くさい音が発せられている、と考えると、単なる復古趣味を超えた、何らかの神秘がそこに感じられるとしてもおかしくはないではないか。もっとも、前述の特性劣化アンプはこの限りではなかったのだが、構想のきっかけにはなった。

とはいえ、頭の中ではそう思っているものの、僕の実際の生活はそんな妙な空想が優先するようなところもないので、この古風アンプ構想もなかなか本気でやる気にもなれなかった。しかし、今、こうして書いてみて、ちょっとやる気になってきた、オールジャンクの部品で、いつかきっとやってみよう。さて、実は、我が家で現用のパワーアンプも6BM8が2本なのだが、初段FETの2本を加え、超3極管接続というモダンな、変わった回路を使っている。このアンプ、実に鮮明な、素直な音が出てくるので、今のところパワーアンプの後続を作ろうという気もあまり起きないのである。

それより当面の課題は、なかなか正式完成しないCDデッキの製作と、なかなか進まないカセットデッキの製作であった。このカセットデッキであるが、オークションで新品のラジカセを購入し、メカ部分を取り出し、ヘッドから直接信号を引っぱり出す実験をしている。ラジカセの基板の一部にヘッドアンプが載っているので、その部分だけ取り出し、トランジスタ1個でエミッタフォロアを作って、それでヘッドアンプ出力信号を受けてラインアウトとしよう、と計画した。そこで基板を観察し、この辺だろうと当たりを付け、切り刻んでやってみたところ見事に失敗して、基板を壊してしまった。はて、困った。こうなったらヘッドの信号をラインレベルに上げるヘッドアンプを自分で作るしかない。カセットのヘッドについて調べてみると、出力約1mV、要イコライザ補正、ということで、ほとんどLPレコードのMCカートリッジ並である。

そこで、しばらくは、トランジスタ3つぐらいでイコライザアンプを作る方向でいろいろ調べていた。理由は、トランジスタの方が、電源が面倒でなく、作るのが簡単で、安上がりだからである。そうこうしているころ、いつだったか、暇があったので何となく神保町をぶらついて、むかしの電子工作雑誌など眺めていると、三、四十年前の雑誌になかなか素敵なのがあるのに気づいた。刷りといい、古風な文体といい、広告の手書き風のデザインといい、なかなかいい。そこで、昭和三十二年発行の「電波科學」というやつを一冊買ってきた。ほとんど僕が生まれた頃の雑誌である。見てみると、当時の製作記事は、ラジオとプリメインアンプが一体になった回路に、レコードプレイヤーと箱入りスピーカーをセットにして紹介しているものが多い。特に、これらすべてを大きな木製の筐体に収めたモノラルのオールインワンのセット、いわゆる「電蓄」が流行った時代でもあったようで、実に時代を感じる。さて、その製作記事の中のひとつに、プリアンプ部に12AX7を使ったものがあった。これを眺めていて、何となく、こんなのを作ってみようという気になったのである。昔の製作記事だけあって、読んでみると、製作上の注意などが実に真面目に、几帳面に書かれていて、それも気に入った。

こうしてその気になると、今度は頭が真空管イコライザアンプに簡単に切り替わってしまう。さて、どんな回路にしようか。考えてみたら、B電源もヒーター電源も、現用のパワーアンプから分岐して借用してしまえば、ばかでかい電源部もいらないし、イコライザアンプなら出力トランスもいらない、結局は双3極管2本でできてしまう。これは当初考えていたアート路線にもぴったりだ、と安易に考え、決行することにした。今まで書いたとおり、アートアンプとイコライザアンプは元々目的が異なっていたのだが、成り行きで一緒になってしまった。この後分かるが、そのような中途半端なことで始めては行けない、あとでちょっと困ることになる。

さて、回路であるが、僕はまだ自分で設計するまでは行っていないので、回路あさりをして、結局、CR型のやつを見つけ、それに決めた。超オーソドックスな3極管増幅回路ふたつの間にCRイコライザ回路をはさんだものである。まあ、いい練習にもなるだろう、回路定数なども変えていろいろ試してみよう。それにカセットのイコライザ補正はレコードのRIAA特性とも異なっていて試行錯誤が必要でもある。部品表を書き出して、ある日秋葉原へ行った。面白かったのが12AX7を買ったときで、真空管専門店で「すいません12AX7は・・」と言うと、「そこね」と棚を指さして素っ気ない。ただの12AX7が6、7種類並んでいて、どれがいいかよく分からない。悩んでいると、店のおじちゃん「何に使うんですか、ギターアンプ?」と来た。そうか、僕のルックスはまだ電子回路オタクよりギター野郎に見えるか、内心ほっとしながら「いえ、イコライザアンプの初段に使いたいんですが」というと、おじさん心なしか口調が親切になって「そうですか、そうなるとこの辺はきついね(と安いのを指さし)、国産の高いやつでしょうね・・」それにしても一本五千円もするのは困る。すると「これなら割としっかりしてるからね、まずは使ってみてください」と1200円のあちら製を勧められ、それを購入した。

さて、製作であるが、小さなアルミ板にソケットをふたつ取り付け、予定通り、ソケットの下にすべての部品を立体配線した。たしかに、そこそこにきれいにできたのだが、できあがってみると、当初思い描いていた、古くさい怪しい感じは皆無であることが分かった。抵抗もコンデンサーも今風のスリムで小型なのを使っているせいもあるが、古くさく見せる努力を何もしていないからこれは当然である。配線し終わったルックスを見て、この時点でアートアンプに組み上げるのを断念する。こうなると、この空中配線はやっかいである。部品密度が高いので、中側に入った部品を交換するのはひどく面倒くさい。ま、しかたない、だめならこれは試作のつもりで、また部品を買って作り直せばいい。幸い真空管以外は非常に安上がりで負担もほとんどない。

次は音出しである。ワニ口クリップで、電源やら、信号線やらをつないで、レコードプレイヤーを接続する。元々はカセットのイコライザアンプのつもりだったが、カセットデッキがまだできていないせいで、レコードである。僕の持っている簡易プレイヤーはヘッドアンプ付きで、いままでは何も考えずにヘッドアンプをオンにしてLPを聞いていた。オーディオに凝り始めた僕はレコードは二の次で、CDにばかりこだわっていた。LPも二百枚ぐらい持っているのだが、ほとんど聞いていなかった。さて、プレイヤーの切り替えスイッチでヘッドアンプをオフにして、すべてを接続してスイッチを入れてみると、かなり大きな雑音が出る。うーん、さすがイコライザアンプ、そうそうすんなりとは行かないな、とばかりレコードに針を落としてみると、確かに音は出た、しかし、ジーという雑音に加え、ペラペラの音で、高音のあたりがかなり歪みっぽく耳障りである。とても聞けたものではない。

これを始まりとして、かなりの間、いろいろいじって改善を図った。まずはヒーター電圧がひどく低いことに気がついた、6.3Vのところが5Vぐらいしかない。計算上は大丈夫なはずだったが、パワーアンプと兼用のトランスの容量がきついのであろう。これはもうトランスを新たに買うしか方法がない。そこで、ヒータートランスと、直流点火のためのスイッチングレギュレータなど一式、ついでにカソード抵抗のバイパスコンデンサ容量アップのため220μなどを買い込み、再び挑戦となった。各部品のアースの落とし方もいくらか間違っていたので配線しなおし、再度聞いてみる。ノイズの大きさはあまり変わらないが、歪みっぽいのはなくなったようである。ヒーター電圧があそこまで下がると、特性がかなり寝てしまうので、歪みなどはそのせいだったようである。しばらくいじっているうちに、ヒーターの2次側をアースに落とすのを忘れていたのに気づいた、これでノイズはかなり減った。次に100V側に0.002μのコンデンサ2本を入れ、中点をアースし、さらにノイズが減る。あとは、シールド処理などをやればもう少し何とかなりそうだ。

この時点でも、イコライザアンプは裸のままで転がっていて、大量のワニ口クリップをつながれて鳴っている様子は、フランケンシュタインの実験風景を彷彿とさせるものがあった。さて、これぐらい進んだところで、あらためていろいろなLPをかけかえてきちんと視聴してみた。そうしてみると、これが実にいい音で鳴っているのである。キャノンボールアダレイとマイルスのSOMETHING ELSEなど鳥肌ものの臨場感である。ここに来て、初めてLPレコードの音の良さを再認識した、なんだ、ハイ・フィデリティの筆頭はCDだと思っていたが、LPもすごいじゃないか、時々はいるプチプチノイズだって、音の豊かさが圧倒的なら気にもならない、根強いLP派がいるのもうなずける。いままで、簡易プレイヤーだからこそついているおまけのヘッドアンプで聞いていたときには思いもしなかった視点である。

ところで、試しに、接続をつなぎ替えて、プレイヤー内蔵ヘッドアンプで改めて聞いてみたが、案の定というか、何というか、やっぱりいい音である。しかし、やはり、真空管ヘッドアンプの音は何となく違う感じがする。気のせいかもしれないが、別に気のせいでもかまわない。LPの音の楽しみを教えてくれたのがこのフランケンシュタイン真空管アンプなのだ。こうしてみると、僕のオーディオの進み方は、何となく、学校を進級して、ものが分かるようになって行くに似ているような気もする。面白いものである。この後の行方はまた項をかえて紹介することにする。