友人の依頼で制作した真空管アンプの完成品
さて、前項で紹介した、初めて依頼されて作っている真空管アンプであるが、試作を終え回路をフィックスしたので、実際の製作に突入である。製作記に入る前に、今回の回路デザインのポイントをあげてみよう。
さて、外観であるが、依頼主からは、ごちゃごちゃしていて、雑然とした雰囲気がいい、と言われていて、はっきり言ってどういうデザインにしてよいやらさっぱり分からないのだが、市販品のように端正だったり、重厚だったり、というのではない、ということであろう。何というか、無骨な感じに仕上げれば良さそうである。とは言え、あまりに奇をてらった、アートっぽい奇抜なデザインは僕は苦手なので、そこそこオーソドックスということか。真空管は50BM8が4本で、それ自体は細長いMT管で、もっとも変哲ない形で、あまり存在感がない。
最初の構想は、4本をシャーシーの手前にひな壇のように4本並べ、このままだと間抜けになっちゃうので、1本1本の前に、それぞれ、あの丸くて黒い縁取りのある古風な電流計を配置する、というものであった。なんか、けっこう、電力工場みたいでおもしろいんじゃないだろうか、と思ったのである。しかし、これはあっという間に挫折した。というのは、調べてみると、あの古風な電流計は復刻版しかなく、なんとひとつ1万円を超えているのである。4つ買ったらもう5万円で、あっというまに予算越えである。ということで断念。
そこで、電流計をあきらめてシャーシーの上に、4本等間隔にとにかく真空管を並べてみたら、これが思った以上に間の抜けた感じになることが分かった。やはりどうしても、なにかメーターのようなデザイン補助が必要のようだ。安値の小さいメーターをシャーシーの中にこっそりマウントし、黒い縁とアクリル板を自作してそれっぽく見せようか、などとも考えたが大変そうである。真空管4本と、パワートランス、出力トランス2個をあれこれ並べ替えてみたが、どう並べたところで、平凡になってしまう。さて、困った・・
何気なく部屋をあさっていたら、ずいぶん以前作った真空管ギターアンプのシャーシーで、ぐちゃぐちゃに穴あけされて、さらに手荒い扱いで変形し、傷だらけになったアルミシャーシーを見つけた。おっ、これ、いけるかもしれない。かなり小さめで、GT管の大穴や、調整用VRの穴やら、めったやたらに空いている。今回の回路の部品を乗せてみると、ぎりぎり全て収容できそうである。MT管の穴はそのまま使って、GT管の大穴にはMT管を沈めて取り付ければいい。真空管の穴位置は、非対称で気まぐれ、それで4本の真空管をいろんな深さに沈めて、高さもバラバラにすると、なんかカッコ良さそうである。回路的にはLRで対称、PPで対称なのに、配置がまったく非対称というのもオシャレではないか、と思い、楽しくなってきた。ということで、このボロボロのシャーシーで決定した。
アルミシャーシーは変形をいくらか直し、シルバーのスプレーで塗ったのち、水やすりで塗料を落として、わりといい風合いに仕上げた。次にあちこちに補強材やらを入れて、部品をマウントしてみると、まあまあのルックスである。非凡な感じにはやはりならないが、まあ、そのへんにはあまり無い外観であろう。実は、僕が目指したのは、ときどきネットなどで見かける、その昔、完全実用本位で作られた、ハムの送信機みたいなルックスだったのだが、あれは簡単に見えて難しいようである。美的遊び心などまったく入り込むすきもないほど機能本位に作ったものが、期せずして表してしまう機能美、ということなのだが、これを意図してやるには、かなりの才能が必要らしい。
シャーシーがかなり小さく、配線はそこそこに厄介だったが終わらせた。色合いはモノトーンを基調にして、電源スイッチに黒のカバーをつけ、ツマミも黒、そしてトランスへの結線には白のガラスチューブを使った。パイロットランプは、パネルに穴をあけ、そこに金網を張って、その向こうに裸のネオン管をマウントし、真空管の灯りを食ってしまわないように、ネオンの光量を落としておいた。前面パネルは、かねてから使ってみたかった真鍮にした。本当は、古びてつやのなくなった真鍮板にしたかったのだが、新品しかなく、また、エージング加工の仕方もわからなかったので、そのまま使った。使っているうちにきっとそのようになるだろう。出来上がってみると、うん、なかなかかっこいいじゃないか。
肝心の音であるが、2A3シングルと比べても遜色ない出来だと思う。今回、背面にNFB入り切りのスイッチをつけたが、NFBを切った方が音はいいねえ。低音から高音までバランスもいいし、迫力も、透明感もちゃんとある。特に、ピアソラをかけると2A3より音がいいんじゃないだろうかと思える。結局、ワイルドなアンプって感じにはならなかったが、これで三万円は安いんじゃないかな〜。依頼主によれば三万円+飲み代、だそうなので、せいぜいたくさん飲ませてもらおう。