この中国風刺身は日本人に人気のある広東料理で、広東料理店のメニューでよく見かけるし、家庭料理としても定着しているようである。おしなべて、皆ドレッシング系の、味に凝ったタレをかけているようだが、ここではピーナッツオイルとショウユというシンプル極まりない味付けにして、逆に特色を出している。副材料は色々工夫の余地があると思う。今回は最後までおいしく食べられるようにと、水気の出ない材料を選んで使った。ダイコン、人参、キュウリ、セロリなどを細切り、薄切りなどにして使うとサラダ感覚で食べられる。サラダ感覚にするならば、やはりタレはドレッシング系の方がいいのかもしれない。
豚の胃は独特の香りと味、そして柔らかな歯触りがあって美味だが、あまり手に入らないし下調理に手間もかかる。豚の胃の代わりに、ゆで鶏(作り方後述)やチャーシューの角切りを使っても良い。ナッツ類を和えものに入れると香ばしくてアクセントになって良い。ただし水っぽくならない材料を選んだときに限る、さもないとナッツが水を吸い込んでぐにゃぐにゃになる。今回の甘み系の味付けなら、天津甘栗を加えるのも良さそうである。噛んだときの口当たり、そして味、の双方について口直しが欲しいところなので、キュウリやセロリを加えている。
豚耳の下調理が中国風の他は、完全なタイ、ベトナム系料理の味である。ナンプラーとレモンを合わせたドレッシングはまさにタイの味で、例えばタイ料理でポピュラーな春雨のサラダ(ヤムウンセン)の味付けそのものである。このタイの味付けには油を加えておらず、酸味とトウガラシの辛みでさっぱりと食べられる。豚耳をゆで鶏や、ゆで豚に代えたり、炒めた挽き肉を使ったり、色々考えられる。もっとも、今回、中国系香辛料で煮込んだ豚耳が入っているから中国料理として出した訳で、これがないと、これは純然たるタイ料理。家庭のメニューのひとつとしては何の問題もないが。
ゆで汁の余熱で鶏肉に火を通すこのやり方は広東方式で、肉が非常に柔らかく仕上がる。広東料理ではこれを白切鶏(パイ・チェ・ヂー)と言うが、本場では、沸騰しないていどの低温の余熱で仕上げるらしい。こうすると、鶏を切ったとき肉が赤白い刺身状の感じになり、骨の中と回りの血もまだ赤く色づいていて、鶏の臭いが十分に味わえるものになる。中国の他の地方の人達は、これをまだ生だと言って気持ち悪がる、と聞いたことがある。香港風ネギショウガソースは、香港では白切鶏に必ず付いてくるソースである。タイ米を炊いて平皿に盛り、この白切鶏を乗せて小皿にこのソースを添えれば白鶏飯(パイ・ヂー・ファン)という大衆料理になる。香港でこれを食べると、全体に街中の怪しい臭いが乗り移っていて、慣れると病みつきになる味である。四川風怪味ソースはいわゆる棒々鶏(バン・バン・ヂー)ソースに似ているが、棒々鶏ソースよりどろっとしている。棒々鶏ソースは、芝麻醤を少なくし、ニンニクソースを多くし、豆板醤の代わりにラー油を加え、油を多くしてさらさらに仕上げる。
これは、魚香味(ユイ・シャン・ウェイ)という四川料理の代表的な味付けで鶏肉を炒めたものである。豆板醤、ショウガ、ニンニクの香りと、少し甘酢がかった味に特徴がある。豆板醤は普通のものでもいいが、今回は、たまたま中華街で見つけた、四川原産の代表的な卑県(ピー・シェン)豆板醤が手に入ったので、これを使ってみた。この卑県豆板醤は、普通、日本で出回っているいわゆる豆板醤と香りが異なっていて、豆鼓(トウ・チ)に近い香りの入ったコクのあるミソである。これを使ったからおいしくできる、という訳ではなく、また違った味が味わえる、という感じである。市販の豆板醤を使って同様に作ると、またこれとは異なる香りが楽しめる。ちなみに、本場四川で行われている魚香味の味付けを調べてみると、豆板醤は使われておらず、代わりに泡辣椒(パオ・ラ・ジャオ)という赤トウガラシの漬け物をペースト状に叩いたものが使われている。きっとこれはこれですさまじい味なのだろう。この魚香味には何故か、セロリやキュウリ、といった普通あまり炒めものに使わないような材料が良く合う。
卵料理は難しいとどこの国の料理でも言われているがその通りのようである。これほど作る人で味の変わる料理もないかもしれない。ポイントは炒め方にあるが、これは言葉ではちょっと説明しにくい。調味料を見ると分かるとおり味付け自体は非常にシンプルなので、最終的な味はすべて炒め方にかかっている。要は、卵の何重もの層を作るような感じでさばくことである。基本的には卵を杓子で四方八方から大きく折り返すような動作になる。火加減は常に強火なので、この操作はあるていどすばやくするが、ガシャガシャかき混ぜてはいけない、高温の油と強火で処理する中国料理の場合、卵に泡状の空気が入りスポンジのようになってしまう。つまりゆっくりとした手つきで、素早くする、という矛盾した操作をしないといけない訳だが、自分の使うガス台との相性などが分かってくればうまく出来るようになるはずである。
いわゆるエビチリだが、有頭エビを使うことで、エビの頭にあるミソがタレに溶け出して独特の風味のある料理に仕上がる。殻ごと調理して、エビミソの味が出るようにしっかり煮込んでいるので、エビ肉の柔らかさは出ない。食卓ではお手拭きなど用意して、多少手や口の回りが汚れても、殻ごとほおばって、中の汁を吸い出して、エビミソのおいしさを十分に味わってもらうところがポイントである。逆に、殻をむき、下味を付けてさっと湯通ししてチリソースでからめるやり方は、エビ肉の柔らかさと旨みがポイントになる。
ネギを色づくまで炒めて香りを出して煮込むここでの方法を葱焼(ツォン・シャオ)と言い、中国料理の煮物でよく使われる調理法である。ちなみに葱焼の「焼」は焼くことではなく、煮込むことを言う。今回、オイスターソースを使ったが、ショウユだけでも十分おいしくできる。来客の料理と言うこともありオイスターソースでコクを加えた。味付けは日本料理の煮物とほとんど同じで、ちょっとした操作が異なっているだけであるが、出来上がりはずいぶん中国料理らしくなるものである。今回手羽先で作ったが、鶏もも肉で柔らかく作っても良い。栗が出回る秋には、これにむき栗を加えて煮込むととてもおいしい。
優しい味の野菜のあんかけ料理である。同様のカニあんを、ブロッコリー、アスパラガスをゆでたものや、炒めた青菜の上にかけるなど、色々な野菜に応用できる。塩味の料理なので、スープは良いものを使った方がよい。今回は、鶏肉をゆでたときのゆで汁を使った。鶏ガラスープの素や化学調味料を使ってコクを出すことは構わないと思うが、特に塩味の料理は、これらを入れすぎるとせっかくの風味が悪くなるので、少量を使うことを心がけた方が良い。今回はあえてこれら旨み調味料は使わずに、非常にあっさりと仕上げてみた。
今回、色合いを考えて、白いビーフンとピンク色の干しエビ、緑色のホウレン草という、とてもシンプルな副材料で上品に作ってみた。春先なら、ホウレン草の代わりに菜の花などを入れるととてもきれいだろう。もっと一般的な焼きビーフンなら、豚肉、タケノコ、シイタケ、キクラゲ、ニンジンなどの細切りを炒め、スープを入れて同様に味を付け、最後にニラを入れて仕上げる。さらに、味付けにショウユを少量入れるとコクが出る。
酢とコショウを利かせるこのやり方は、酸辣(ソァン・ラ)という味付けで、酸っぱさと辛さを互いに対照させるところに特徴がある。タイ料理のトム・ヤム・クンなどもこの系統である。コショウで辛みを出すのが一般的だが、豆板醤のトウガラシ系の辛さで作っても良い。この場合、最初に油で豆板醤を炒めて香りを出してからスープを加え、同様に調理する。この酸辣湯(ソァン・ラ・タン)は非常に大衆的な料理で、アメリカやヨーロッパなどのチャイニーズ・レストランのメニューにも、Hot and sour soupとして必ずと言っていいほど載っている庶民の味である。
豚耳、豚の胃袋は、肉のディスカウントショップ「肉のハナマサ」(支店多数)で、冷凍の品が手に入る。ハナマサの品は冷凍で鮮度は落ちているが、あるていど下処理がしてあるので扱いやすい。香辛料で煮込む今回の料理にはこのていどの鮮度で十分である。その他、肉の問屋、アメ横などで内臓類の生のものを時々見かけるが、こちらは新鮮な代わり下処理をしていないので、それなりの覚悟で購入する。下処理の仕方はここには特に書かない(やったことがないが、かなり大変そう)知りたい場合、プロ用の中国料理調理書を見れば書いてあるのでそちらを参考にして頂きたい。
下ごしらえした豚耳と豚の胃を鹵水に入れ、弱火で1時間静かにゆで、取り出してゴマ油をまぶして冷まし、冷蔵庫で保存する。
[注]
- 香辛料のせいで冷蔵庫で1週間ぐらいはもつ。また冷凍して長期間保存化。
- 鹵水は捨てずにあらゆる肉、内臓を毎日煮込むことで複雑なよい味になって行くのだが、まあ、家庭では毎日内臓を食い続けるのは無理だろう。