300Bシングル王様アンプ


300Bシングルステレオアンプ

はじまり

ずいぶん前に引き受けた真空管アンプを先日ようやく無事に渡すことができた。依頼されたときから実に1年以上たっている。ちょっと前に、やはり渋谷のブルースバーに真空管アンプを納入したときも1年ぐらいたっていたから、自分にとって真空管アンプの製作納期はおよそ1年、ということなのだろう。まあ、商売でやっているのではなく、ごく近い親しい友人のために作っているから、ついつい甘えてこのように時間がたってしまうのだけど、これらの経験から言って、自分はどうも製作業を生業にするのは無理だ、ということは確かのようだ。

さて、今回のアンプの依頼主のKさんはかなりリッチな方で、それより何より、いかなるものであっても、その道で一流のものを求めるタイプの人なので、頼まれた以上、いい加減なものはまったく作れない。そうなると、やはり高価な部品を使って、いわゆる金満な真空管アンプにするのが順当だ。でも、自分は金満アンプを作るのにはあまり性格的に向いていないようで、真空管アンプ雑誌にこれでもか、と載っている金満アンプも横目で見て無視しているタイプである。それにしても、最近の真空管アンプの製作記事だが、たとえ初心者向きなどとうたっていても金満なものがほとんどで、どうも真空管アンプ作って雑誌に記事を書いている人たちは金銭感覚が麻痺しているんじゃなかろうか、と思わないでもない。

まあ、とにかく、なんというか「王様アンプ」を作るのだな、と腹を決め、このプロジェクトは始まったのであった。


アンプのデザイン

Kさんはアメリカの現役ロッカーみたいなルックスで、ギターも弾く。音楽の好みは、おそらくはベンチャーズからロックまで、といった感じで、サンタナが好きだということはよく知っている。それとはまた別に、ハワイが好きでしょっちゅう行って滞在している。それで、かのハワイのスラッキーギターも好きで、最近はよく聞くのだそうだ。とかとかいう話を始めに取材して、どんなアンプがいいのか考えた。

Kさんの雰囲気からして、やはり、でかくて、豪華で、ハイパワーで、タフなアンプだろうな、と思うのだが、僕より一回り年上でもあり、スラッキーギターやレイドバックの癒し系でのんびりと音楽を聴くこともますます多くなって行くのに違いないな、と思うと、やはり清楚な音を奏でるアンプもいいだろうな、あと、やはり作られた音じゃなくて、ナチュラルでストレートな感じがいいだろうなあ。そうなると、やはり当初考えていた王様アンプから趣旨が微妙にずれて行くなあ、などなど。

さて、これらの事々を真空管アンプの言葉に置き換えると、タフな帝王アンプは、やはりハイパワーな6CA7とかKT88とかの5極管やビーム管をプッシュプルでガツンと使ったものが想像される。次は、タフとワイルドをちょっと抑えて優雅さを加え、なおかつ王様ということだと、やはり直熱三極管の王様300Bをプッシュプルで鳴らす、というもの思いつく。そして、最後は、癒し系清楚アンプということになると、これはやはりシングルで、無帰還で、球はやはり直熱三極管だろうな、などなど色々思いつく。

それにしても、ハイパワービーム管をプッシュプルでNFBかけて鳴らす、というのを自分はまだやったことがなく、今思うと、それに挑戦するいいチャンスだったかもしれないが、どうも気後れするんだか、自信がないんだか、気が進まない。そこで、どんな回路であっても、少なくともKさんにふさわしい王様っぽい雰囲気が出せる直熱三極管の王様300Bを使うことを、まずは決めた。

 

試作第一号


最初に仮組みしたのは、300Bのプッシュプル回路である。12AU7を直結にして初段と位相反転に使って、終段前に6SN7を置いて300Bをドライブする、オーソドックスなウィリアムソン型の回路である。回路は「魅惑の真空管アンプ」あたりを参考しながら定数を決めて、なんだか初段に12AT7が使いたくなかったので、12AY7とか12AU7とか使って色々やったのだけど、直結でPK反転は動作点が難しくて、いろいろ勉強になった。

さて、ほどほどに回路定数を追い込んで、さて、モノラルだけど鳴らしてみると、いや、なかなかいい音である。300Bのプッシュプルなんて、とってもゴージャスである。しかもA級ppなので余計である。というか、AB級にするテクニックがいまいち足りなくて、まあ300Bならハイパワーでタフというコンセプトはもうずいぶん減っているわけだからA級でいいか、という感じである。それにしても、音の良し悪しがあまり分からない自分にも、なんだかいい感じに聞こえる。

というわけで、これで本製作に踏み切ることはできたのだが、さあ、いざ、これをステレオアンプにして一台にまとめようとすると、なかなかに大変なことである。300BのA級でPPでステレオだと、流れる電流も半端ではなく、パワートランスは巨大になり、真空管の本数も多く、当然300Bという真空管自体もかなりでかくこれが4本、とにかく何もかも巨大で重くなり、どうも工作的に自分の部屋の工房としての能力を超えそうな気がしてきた。さて、どうしようか。

 

試作第二号


300Bを使うことは決まっているので、お次の案はシングルである。2A3のシングルは何回も作ったことがあるので、作りなれている。でも、Kさんのアンプとして、いつも作ってる直熱三極管シングルの亜流では物足りない。そこで、特徴を出すためにあれこれずいぶん考えた。以下にそれを記しておくが、考えて見ると、これからする話って、まったくエンジニアっぽくない、というかオレはホントに技術者なんだろうか、と考えてしまう。ま、いっか(笑)

まず、300Bのシングルに決めたんだから、部品の点数をなるべく減らして、余計な部品を極力通らない、清水のようにさわやかな清楚な回路を目指そうと考えた。そうなると、300Bのドライブにはインターステージトランスを使いたくなるのが人情である。そこで、あれこれネットであさって、ノグチトランスでちょっとキャンペーンをしていた段間トランスをポンポンと2個買ってしまった。段間トランスはホントに高いが、まあ一個1万円ていどなので安いほうである。しかし、これを2個買っている時点で、もう、これを使わざるを得ないこと確定である。

300Bのバイアスは、この時点では固定バイアスである。断間トランスにC電源供給っていうのをやりたかった、というのもあるし、あと、出力管に固定バイアスというのが、何となく、レイドバックで清楚なだけでなく、ハードなロックミュージックなんかにも向いているような気がして余計そうしたかったのである。

お次はドライバだが、ここはドライバを一段にして、ドライバ三極管1段〜段間トランス〜300Bを1段、という究極のシンプル回路に、どうしてもしたいところだ。しかし、さすがに300Bになると2A3よりも入力電圧は多く必要で、そこまで増幅できる三極管というのはそうそうに無い。12AX7みたいな高ミューの管を使えばできるけど、なんか高ミューって非力な感じがとっても気に入らず、300Bと組み合わせる気がしない。よくある作例としてSRPPで300Bをドライブなんてのもあるが、あれも回路ルックス的にどうしても自分の美学に反するのである。あと、300Bをドライブするんだったら、ドライバにもたくさん電流を流してガツンとやりたくなる。当然電流が流せる三極管はミューが低い。そうすると出力電圧が出せない、と、こういうジレンマになるわけだ。まあ、もちろん以上はほとんど「気持ち」の問題で、技術的観点とは言えない。

ということで、まずは回路はどうでもいいから、気持ちでドライバを選ぶことにした。300Bという名前に吊り合う雰囲気と名前を持った真空管は、さて、なんでしょう。むかし、2A3に12AU7という組み合わせを考え付いたことがあるが、300Bと12AU7はダメだ。300Bという名前には、何となく青、つまりブルーの雰囲気があってクールな感じなのだが、12AU7はどうもネーミングがどんくさい感じでブルー系に合わない。一方2A3は暖色っぽくて、2A3自体のネーミングもどんくさいので合っているように感じる。それに比べて、300Bって名前は、ちょっと何だかメカロボット系のネーミングな気がする。

といったことを総合して思いついたのは、5687である。この三極管はオーディオ用にも人気があるようだけど、元々はコンピュータ用に開発されたものだそうで、かなりサイバーな雰囲気を持った球なのである。5687なんていう、無味乾燥なビットコンピュータっぽい雰囲気のネーミングも面白い。さて、この5687と300Bという組み合わせ、いいじゃなーい! なんか、昔風の銀色のロボットが出てきて、ロボット声で「ゴーロクハチナナサンビャクビー」なーんてしゃべらせると、とってもぴったりだ。

と、いうことでドライバは5687に決まったのだった。これは複合管なので、これで2段増幅にするのが順当であろう。しかし、せっかく高価で大きなインターステージトランスまで買って段間のコンデンサーを駆逐したのだから、ここで考え無しにCR結合の2段増幅なんてダサすぎる。そこで、第一回目の試作のときに勉強した直結で行くことにする。これで、見事に全段で結合のCが無くなった。ネーミングのサイバーな感じと相まって、Cがないっていうのがコンピュータっぽくていい(意味不明)。

というわけで5687で設計して定数を決めてみたわけだ。この辺り、あまりに時間がたってしまいはっきりとした記憶がないのだけど、たぶん、5687をまだ買いに行く前に、第一号試作のときに使った12AU7をとりあえずそのまま使って仮組みしたんじゃなかったかな。それで、あれこれいじってみると何か知らないけど、バイアスを決める3つの抵抗が、1k、100k、10kになったんじゃなかったっけ。え、ホントか?みたいな数字なんだけど、1,100,10なんて面白いよね。5687と12AU7はローミューで似てるとはいえ違う球だから、そのままでうまく行かないのが普通なのだけど、簡単な計算をしたらそのままOKそうだったので、そのまま入れてみたら、けっこういいバイアスに落ち着いたんじゃなかったっけ。

数字の語呂合わせで決めた5687のバイアス抵抗が1,100,10だなんて、さらにビットっぽくていい感じ。そんなわけで、ついでなので、電源のドロップ抵抗は5kΩ、デカップリングの抵抗は50Ω、トランス2次側の負荷抵抗は50kΩ、300Bのヒーター中点を出す抵抗は50Ω、という風に1と5でまとめることにした。こうなってくると、もう自分はすでにエンジニアではなく、オカルト電気屋である。

この状態でバラックで鳴らしてみたが、やはりなかなかいい音に感じるので、一応、これで大まかな方針が決まり、後は正式組み上げのための全体回路の設計である。

 

全体設計と組み立て


さて、バラック仮組みで使った電源は、バラックの実験用電源だったので、正式版の電源を決めておかなければならない。まあ、300Bのシングルってことなので、これはもう整流管しかないでしょう、ということはすぐに決まったが、では整流管に何を使おうか。先の数字語呂合わせのノリを継続して、あれこれ選べばいいのだけど、どうも、あまり整流管の種類を知らないのでよく分からない。しかし、自分の知っているもので、実はけっこうネーミングがいい感じのものがある、GZ34である。GZ34という響きは、何となくアメリカ軍の無骨な無線機みたいで、34という数字が、5687と300Bの数字と吊り合っているし、いい感じだ。これで、結局、5687+300B+GZ34という真空管パーソネルになり、この組み合わせは自分としては今でも結構気に入っている。

それから、Kさんに聞いたらレコードも聴きたい、とのことだったので、イコライザーアンプも付けなくてはならない。300Bシングルの無帰還と来れば、イコライザーアンプもNFBフリーなCR型にしなくちゃ、ということで、自分が昔使っていた12AX7のCR型イコライザーアンプの回路をそのまま使うことにした。

さて、ここまで来たら次は部品買いだが、今回は、あまりお金の心配をせずに作れるので、部品には一応オーディオ用の品を使ってみた。抵抗も、コンデンサーも、いつも使うやつよりはものがいいと言われているのを買った。まあ、それだからといって音がよくなるわけでもなかろうが、やはり安心感がある。

部品が揃ってからは、部品配置や、筐体やパネルの構造や、なにやら山のように色々なことを決めないといけないのだが、自分の性格からして、どうも泥縄式に出たとこ勝負で決めてしまい、後々のことをあまり考えない、という風になってしまうのは、もう仕方がない。ネットとかをあさると、これだけお金のかかったアンプになると、けっこう、筐体も含めて最初にほとんど完全な状態にまで仮組みして、それから本番という人もけっこういる。この場合、要するに、同じものを2回作るわけだ。自分は、どうも、そういう緻密なことができないので、まあ、行き当たりばったりに近い。

まあ、そうこうしているうちに、かなり時間はかかったが、とにかくアンプの部分だけは組み上げて、ステレオで実際に鳴らせるところまできた。

 

試聴と調整


さあ、スピーカーとCDをつないで鳴らしてみた。さすがに、きれいな音で鳴っている。まったく文句無い音のような気もする。でも、なんだか、聞いていて、こう、インパクトに欠けるというか、いや、清楚で水のようなシングルアンプなのだからこれが当然な気もするが、それでも何か物足りなさがあるのである。ひょっとすると、いわゆるエージングのせいなのかもしれない。作ったばかりのアンプが音がいまいちというのは、色んなところで聞かれることであり、一ヶ月ぐらい聞き続けてエージングしたら、ある日の夜、物凄い音のアンプに変貌していた、などという、本当だかウソだか分からない話がネットにはゴロゴロしているのである。

それで、しばらくあれこれ音源をつないで聞き続けたり、作業机の上に持ってきて特性を測ってみたり、いろいろやってみた。だいたいが、一度こんな風に思い込むとなかなか吹っ切れるものではなく、「完成した」という満足感がなかなか得られないのである。結局、そのときの不満を列挙してみるとこんな感じだ。「各パートが何となく孤立して聞こえる。そのせいで、そこはかとなく淋しい感じがする」「音は前に出ているが、奥行きに欠ける気がする」「スピーカーの向こうになんとなく感動がない」まあ、なんとも抽象的というか、どうにもならない感想だが、この通りなのだ。

さて、そんなわけで、あれこれ回路やらなにやらいじっているある日、片チャンネルの音が急に出なくなった。アレ? と思い、なんだかんだと電圧を測ってみると、おかしい、300Bのプレート電流がかなりでかいみたいだ、なんだなんだとC電源のボリュームを回して下げようとしても変わらない。あ、そうだ! グリッドが浮いてるんだ、と気づいたときは遅かった。このUXソケットだが、前からときどき接触不良でトラブっていたのだ。ソケットを直して再び300Bを挿してバイアスを調整したら、バイアス電圧が明らかに高すぎる。うーん、過大電流で300Bを一本ダメにしてしまったようだ、ショック。音は一応まだ出るが、これを納入するわけには行かない。

そういえばこれで思い出したが、2A3をやはり固定バイアスで使った回路をホームページに載せたら、知らない年配の方から激励のメールを頂き、その中に、老婆心からご忠告申し上げるが、と前置きして、直熱三極管を固定バイアスで使っておられるが、C電源が故障するとせっかくの貴重な球を壊してしまうので止した方がよいですよ、とあった。それを読んだ僕は、えー、C電源なんかそう簡単に故障しないだろ、とタカをくくって忠告には従わなかったのであった。

さあ、今回の事件で300Bを一本ダメにしたが、これはロシア製なのでそれほどは痛くないのだが、待てよ、これがもしウェスターンエレクトリックの300Bだったらどうだっただろう、と気が付いた。後悔しただけじゃすまないよな。何せWEなんかになるとペアで20万円近くもする、もう世界中でストックも底をついた貴重な骨董品なのであり、それが、一発でパーになってしまうわけだ。やはり年配の方の忠告は謙虚に聞くべきだ、とかなり反省した。

と、いうことで、せっかく固定バイアスの回路は作ってあったが、これは使用中止にして、自己バイアスに変更することにした。自己バイアスへの変更は抵抗1個と電解コンデンサー1個があればすぐにできるので簡単だ。それで、再び音を出してみたのだが、なんだか分からないけど、けっこういいじゃん。それで、しばらく聞いていたのだけど、何だか先に書いたような音の不満がほとんどなくなった。これは、固定バイアスから自己バイアスにしたのが原因なのか、あるいは、ちょうどエージングが済んだのが原因なのか、まったく分からないのだが、結果は、なんだかよくなっしまったたのであった。

という、実に非科学的な出来事を経て、アンプの音はかなり満足できるものになった。


アンプの外装


ここまででアンプ本体は出来上がったわけだが、この後が大変で、外装をきれいに製作しなくてはならない。何せ300Bシングルの豪華アンプなんだから、それに吊り合うルックスは必須だし、Kさんの豪華なリビングリームにショボイものは決して置けないではないか。ところで、自分は電気はOKなのだが、工作はまるでダメで、こうなるとうちの奥さんの力を借りるしかなくなる。それで話し合って外装をどうするか決めて、工作開始である。

しかし、外装の設計が決まらないうちに電気系の部分を作ってしまったせいで、外装工作との刷り合わせが非常に大変になってしまった。すなわち自分の性格そのものに、完成した姿を計画せずに行き当たりばったりに作ってしまったのが原因である。マア、仕方ない、ずいぶんと大変だったが、とにもかくにもずいぶんと時間がたって、左右に豪華っぽい木の板をつけ、黒の焼付け塗装をした鉄の前面パネルで、外装は抜群にカッコよく仕上がった。外装の紆余曲折は、これまた回路なみに色々あるのだが、ここでは割愛することにする。

終わりに

さあ、このようにして、一年かかってようやく300Bシングル王様アンプが出来上がったのであった。ある日の夜、Kさんの家へ持って行き、そのときはスピーカーに適当なものがなかったので、お酒を飲んでいろいろ話しして帰っただけだったが、後日JBLのスピーカーセットを購入したそうで、この王様アンプにつないだら、とてもいい音で鳴ったようで、一安心である。その後レコードプレーヤーも買ったそうで、友人がLPレコードをたくさん持ち込んで聞いたらば、本物のプレスリーが目の前に現れたみたいないい音で鳴ったってさ。よかった、よかった。

 


GO HOME