この巨大な、そして入り組んだ外観を持つ教会の中には、彼が、修道院を改造したサン・レミの療養所の中に監禁されていたときの、あの宗教的錯乱を伴う発作の苦痛の元になった宗教精神が、今だに閉じ込められているのだ。まるで深夜のように深い紺色をした、しかも吸い込まれてしまいそうな、くらくらとめまいを起こさせるような空を背景に、白く縁どられて動かし難く建っている古い教会を前にして、彼は長く苦しい病中の記憶とともに、癒えた今もぶるっと身震いをする。前景の道と野原は、初夏の正午の明るさに満ちた、外光に照らされた自然である。しかし、圧倒的な力で立ちはだかるこの空と教会の存在は、オーヴェールの他の多くの絵に見られる光に満ちた自然を蹂躪しようとしているように見える。田舎道を背を向けて歩いて行く夫人は故郷オランダの衣装を付け、あるいはこれから再び教会へ入って行くのかもしれない。この夫人が彼自身を象徴しているなら、教会から出て、こちらへ向かって開放された明るい初夏の田舎道を歩いて来るように描いた方が救いがあっただろうに、彼はそのように描かなかった。

 


ノート

オーヴェールの教会 1890年 オーヴェール パリ・オルセ美術館