静かなる一頁
(アレクサンドル・ソクーロフ)

93年作の映画だとはとても思えない、この古い映像、まさに19世紀のロシアそのものだ! と、そんなロシアなど見たこともないはずの僕がそう言えるには訳がある。というのは、この映画、ドストエフスキーの「罪と罰」をモチーフにした作品なのだが、なにを隠そう、僕は、今でこそ離れているものの、完全なドストエフスキーオタクで、罪と罰など、もう十回以上は読んでいるのである(ちなみにカラマーゾフの兄弟に至っては二十回以上)というわけで、僕の頭の中には、罪と罰の視覚的イメージのあらゆるディテールが完全にできあがっているのである。そして、この映画、ほとんどどこを取っても、僕の作り上げたイメージと一致していた、オドロキだ。ラスコーリニコフが突然、ソーニャの部屋に現れる、あのシーン、首を変な風につきだした女のリアクション、殺風景ながらんとした部屋に粗末なベッドと、長椅子。これだ、これなのだ、まさにイリュージョンだね。この映画は、題名が語るように、罪と罰を映画化した作品じゃない。じゃなくて、視覚聴覚芸術より哲学思想の人だと俗に言われているドストエフスキーという作家は、実は最上の芸術家でそこに彼の秘密があるのではないか、という大事なことを、映画で言い切ってくれた、そんな気がするよ。アレクサンドル・ソクーロフさん、ありがとう!