浮雲
(成瀬巳喜男)

映画感想文を再開するまでの空白の6年間に、なんといっても自分の映画鑑賞歴的に、事件に近いノリで出会ったのがこの「浮雲」である。まあ、なんというか、こうやって短く軽いノリで書きとめるのが無理なほどこの映画にはハマってしまったのであった。ここでは長々書けないのでさわりだけ。戦時中の仏印で恋に落ちた二人が戦後の日本に帰ってきて、ひたすら腐れ縁の絡み合いを続けて結局は二人して落ちて行く様子を描いた映画である。森雅之はこの富岡という超ダメ男を演じるのを嫌がり、高峰秀子はこのゆき子という濃厚な恋愛女性を演じるのは自分には無理だと言ったそうだけど、結果的に、この二人以外ではこれはありえないだろう、という鬼気迫る出来になっている。なんだかね、この映画のどこかが自分の琴線に触れたようで、ひところは中毒のように来る日も来る日もこの映画を見ていたよ。大方の反応では、この映画は、昔の恋愛を清算できずに引きずりまくる優柔不断なダメ人間ふたりのなれの果て、みたいなネガティブな感じなのだが、自分にはこれが純粋で清らかな恋愛物語に見えたのだった。ホントのはなし、オレの心の弱みという弱みを刺激するストーリーなのだが、そんなことを言うなら原作を読めばいいだろ、と突っ込みたくなるが、しかし、そんな自分の奥に秘めた脆い心のありようが、スクリーンの上で映像になって突然あらわれたのを目の前にして、呆然としてしまったのである。これ以来、自分のベスト映画作品はこの「浮雲」に代わったので、記念すべき出会いである 。