天国と地獄
(黒澤明)

高台に豪邸を構える靴会社の重役に、低地の貧乏雑居エリアに住む見習い医学生が一方的に恨みを抱き、子供を誘拐するところから始まるこの物語。誘拐勃発から犯人との駆け引き、追い込みから逮捕までの緊迫感はすごい。三船敏郎演じる重役は仕事一筋の一徹な男で、質のいい靴を作り続けることを誇りにしている立派な人間なのだが、会社での権力争いに嵌められるが巻き返し、しかしこの誘拐事件の身代金支払いのせいで最後は敗退、などという会社権力争いの筋書きもうまく絡んでいて、見事な脚本だと思う。映画の最初の方の、靴会社の重役会議で、見てくれは最先端だけど粗製濫造なファッションパンプスを持ち込む敵方の重役たち。このパンプスを手に取った三船敏郎は、なんだ、このいい加減な作りは、ひと月もすれば履けなくなってしまうではないか、とその場で靴を引き裂いてバラバラにして投げ捨てる、あのシーンの三船がカッコよくてね〜 それ以来、カッコはあまりよくないけど素材がよくて作りがしっかりして履きやすい靴を買うと、我が家では、「あの、天国と地獄の靴、どこ?」などという風に言うようになったよ。