星座と科学

自分が小学生のとき、これよあれよとずいぶん夢中になるものが変わって行ったのだが、そのひとつに「星座」というのがあった。親に買ってもらった宇宙と星に関する図鑑を、来る日も来る日も見ていたっけ。青い色のハードカバーの本だったけど、その表紙は、あの、星の並びをギリシャ神話をもとにした形態にして絵にした、むかしのヨーロッパの星座のドローイングだった。

本の中には主要な星座の絵が幾枚か収録されていた。子供の僕が夢中になったのが、それらの絵図の数々と、夜空にぜんぶで二十幾つだかある、一等星の名前だった。オリオン座とかおうし座とか射手座とかそういうのと、ペテルギウス、アルデバラン、シリウス、とかそういうものだった。

思い出してみると、その二つ以外はまったく興味の対象外だったのが少し不思議だ。本にはたぶん、もっとたくさんの情報があったはずで、たとえば、コペルニクスやニュートンが現れる天体の運動の規則性とか、恒星と惑星の成り立ちとか、宇宙空間と銀河とか、たぶんあれこれあったはずだが、それらは自分にはどうでもよかったらしい。

自分は、小学六年の卒業文集に、将来なりたいものを書け、と言われ、謄写版に鉄筆で「科学者になりたい」と書いたのを覚えている。いまでもおそらくどっかに残っているだろう(自分のはとうに捨てた)

それで、さて、オレは大人になって科学者になっただろうか、と考えると、ある意味ではなっているとも言える。博士号を取って、ヨーロッパの大学で研究者をやっていたのだから、十分に科学者である。

そう考えると、なんだか恐ろしいな。鉄筆の呪いでこうなったか、と思っちゃうよ。

しかしながら、自分は社会的な意味では科学者になったが、精神的な意味では科学とは縁遠い人間になった。先に書いた、星座の絵図と星の名前に夢中だった自分を思うと、それは今で言う科学的好奇心とはかなり異なっていて、むしろ、与えられたものに対する共感をもとにした分類、の方に魅せられたようだ。これすなわち、博物学であって、自分のネイチャーは子供のころからそっちだったらしい。観察して収集して蓄積して反芻して共感する、という一連の行為に快感を見出していたわけだ。

もっともこの博物学の方法論は、まさに research、再び探す、ということで、僕が大人になって研究者(researcher)になった、というのはむしろ自然なことだったかもしれない。

しかし、中学へ進んだ自分は、一転して数学に夢中になった。そして特に微分方程式に魅せられた。なぜかというと、人間が知り得るほんのかけらの情報をもとに微分方程式を作り、それを数学的手順を経て解くことで、自分のまったく手に届かない宇宙の物質の動きまで分かってしまう、という、その時空を超えた全能感に惹かれたのだと思う。

あれから五十年以上たって思うと、この自分の中学の三年間の演繹的科学への興味は、完全に孤立していて、自分をどこへも導かなかったな。で、結局、中学三年のとき、With The Beatles を聞いてショックを受け、ギターを手にして夢中になって、オレの興味は科学からまったく離れてしまった。

なにが言いたかったというと、科学、というか西洋的な人間の世界認識って、演繹的科学と博物学の両輪でできている、と自分は考えていて、僕の好奇心は常に後者の博物学の方にあった、ということである。

一昨日、ふとしたことで、ギリシャ神話を形どった星座の絵を手に入れて、六十年ぶりぐらいに眺めていて、それをよく感じた。

演繹は刃物のように鋭くて冷たい。でも博物は好奇心と共感でできている。その、認識を両極端の方向に引っ張っている、その力がうまく均衡するとき、西洋的世界観はそのバランスを保って健全に発展するんだろうな。

東洋人のオレは、歳を取ってますます、この二元論のバランスでできた危うい西洋的世界観を退けるようになった。アジアへの里帰りだ。

オレ、東南アジアへ逃避して、そこで完全に呆けた馬鹿になって半裸でぐだぐだ何も考えずに生活できたらなあ、とよく空想するんだけど、まー、やらないとは思うが、人生なにが起こるか分からない。だって、そこがオレの故郷なのは、まちがいないから。

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