新年書き飛ばし

ブログに書いた文より (1/2、2011)

さて、2日になった。

ちょっと思いつくまま書き飛ばしてみよう。

元旦に挨拶代わりに書いた日記で、年賀状デザインをそのまま送ったけど、あれってほとんど30日のぎりぎりに作ったんだよね。さいきんは年賀状もいい加減なのでもっぱらなんかありものの写真を持ってきて終わり、なんだけど、その日も、なんかねーかなー、と本棚を物色してた。

昨年はトラ年で、たしか一昨々年はその年に香港へ遊びに行ったので、そのとき撮った写真を使ったんだっけ。香港の市場で見かけた猫2匹が格闘しているところを撮ったやつだ。そう考えてみると、去年の一年間、結局、海外へまったく行かずじまいだったな、さびしいこった。51歳にもなって、たまにはバカンスでもなんでも行けよ、と戒めないといけないな。

今年は、ぜったいに海外へ行くことにしよう。いま、決めたw

あ、そっか、4月に韓国行きは決まってたな。これは、僕の職場でしばらく働いていた韓国人の彼が今度、日本の女性と結婚することになり、それで、韓国と日本の2箇所で結婚式をするんだけど、それである。韓国の結婚式なんか、初めてなんで、なんか楽しみ。

しかし、ソウルへは何度も行ったなー 20回近くかしらん。3年前など、もう少しで韓国で働くことになりそうだったしな。ソウルは好きだ。東京よりちょっとコンパクトで、きれいな都市部でもちょっと場末な感じが混入しているところがとても好感が持てる。食いものも大好き。あと、韓国人もオレは好きだ。彼らの方が情が深く感じられる。

そういや、これは中国もそうだが、国民同士のバッシング合戦は、ほんと、見ているだけでイヤになる。もっともそういう合戦してる当の本人たちも、たとえば「韓国という国」と「韓国人」は違う、と言ってるんだけどね。国は嫌いだが、近しい隣人は同じ人間同士だし、いい人たちだ、なんて言うんだが、オレにはその区別はあまり分からないな。

いや、違うか。オレにもそれは分かる。だってオレ、日本大嫌いだからなwww 自分が20代から30代ぐらいまでは外人に会うたびに「オレは日本が嫌いだ」と言いまくっていたしな。国のある部分を憎み、しかし、人を憎まず、と、まあ、そんなところだろうが、今じゃなんだか分からなくなったよ。

ニーチェやボードレールがやったように、国の文化的、思想的、芸術的な性向につき、これをその国そのものみたいないい口で、こき下ろして悪口三昧する、というのは自分にはけっこう親しいやり方なんで、それはオレもやる。上記「オレは日本が嫌いだ」という発言もそれらをリファレンスにしている。

たとえば、ボードレールの文章に「哀れなベルギー」っていうのがあってね、これ以上ベルギーの悪口を言うか、というほどひどいことを書いている、しかもけっこう長い。ニーチェにしたって、まあ自国のドイツの悪口を書くこと書くこと、書き出したら止まらない勢いだ。あと、けっこう彼らイギリスの悪口も書いてる。あと、アメリカもね。扁平な精神のアメリカ、とかいって。

文化論や思想的な意味合いで悪口を言うのは、まあ、いいとして、なんだか昨今の中国、韓国に対する悪口はあまりいいと思えないな。これはもちろんお互いに、だけどね。

ま、こんなことはどーでもいい。とにかく、4月には韓国行って、地元結婚式を見てくるよ。それで、あの韓国料理を食ってくるよ。たくさんいる友達にも会ってこよう。なにせ何十回も行っているせいで友だちもけっこう、いるんだ。

韓国料理は、まだまだ十分に土着を残しているところが好きだな。東京の人工料理ほど人工してなくてさ、まだワイルドだよ。屋台みたいなところへ行けば、ぐちゃぐちゃの土地料理が食えて、それで眞露を飲むと、なんだか、幸せに酔えるんだ。

あと、今回は、いまだ未知数な韓国ブルースバーってところへも行って、できれば道場破りもしてみたいなw

韓国はすでにスケジュールされた結婚式だからいいとして、それ以外にも自主的に海外へ一回は行きたいな、奥さんと一緒に。思いつく候補は、ロシア、スペイン、ルーマニア、あたりかな。

ロシアへは、オレの精神の糧の大半を形成しているドストエフスキーの墓参りってのもあるけど、それはいいとして、とにかく、エルミタージュ美術館へ行きたい。ヨーロッパの美術館はずいぶんと回ったんだけど、エルミタージュはまだなんだ。あそこ、すごい絵がたくさんあるからね〜 

ロシア料理も食いたい。あと、ロシアの空気が吸いたい。オレの精神の全体のかなりのパーセンテージがロシアの心で占められているのは確実だからな。その心の故郷の空気を吸ってみたいんだ。なにかすごく新しいものが見えるような気がする。

さて、でなければ、スペイン。なんでかというと、昨年来のオレの最近の好みが、かのスペインを代表する画家「フランシス・ゴヤ」になってるからだ。今では、おそらく自分がもっとも好きな西洋画家が、このゴヤってことになるだろう。ずいぶん以前、マドリッドへ行ったとき、プラド美術館で初めてゴヤに出会い、ものすごい衝撃を受けたが、それからほぼ20年たち、また別種の微妙なゴヤの精神を近くに感じるんだ。

今度はね、ゴヤの絵画と、スペインの街を、対照させて感じてみたいんだ。マドリッドでもどこでもあの街並みを歩いて、それでバールやらの大衆食堂に入って、そこで、安くて粗悪なカラマレス・フリトーやポルポを食って、それで、セルベッサやヴィノ・ティントを飲んて、それでそのあくどいオリーブオイルや発酵した食いものや熟れた葡萄の酒のいかがわしい空気を一杯に吸い込みたいんだ。

きっと、そういう身体体験が、ゴヤのいろんな絵画的な謎といちいち呼応するような気がするんだ。

ゴヤは、とにかく、すばらしい。どっかにも書いたが、ゴヤは暗い、でも根が陽気なんだ。それを身をもって感じたいんだよ。

さて、最後のルーマニアだけど、これはね、6,7年前によく聞いていた、タラフ・デ・ハイドゥークスの故郷だから。民俗音楽なんだけど、これが、またとにかくすごい。僕らは彼らが来日したときに見に行って、たまたま僕の知り合いが興行スタッフの一員だったおかげで、ライブ後の打ち上げに参加し、その後、メンバーの泊まってるホテルの一室にまで乗り込んじゃったんだよね。

結局、オレがさんざん酔っ払って喧嘩になったけど(メンバーとじゃなくて、カミさんと 笑) なんとハイドゥークスのメンバー2人と僕ら2人でホテルの部屋で、彼らがその場で楽器を演奏して、それで皆で酒を飲みながら馬鹿騒ぎだった。

うーん、今思うと、ずいぶん無茶なことをしてたもんだな。ああいう無茶苦茶を、ここ数年はほとんどせず、そのせいなのか何なのか、オレ自身の精神もなんだか萎縮しちゃったみたいだよ。それにしても、あのころはエネルギーが有り余っていたのかな。単にエネルギー量だけのせいなのか、何なのか。

今では、ああいう無為なエネルギーの浪費を謹んで、確かに、もっと堅実な活動にそのエネルギーを回しちゃいるが、やっぱりね「無駄」っていうのは、いつの世でも、何歳になっても、どんなシチュエーションでも、絶対に、必要。 少なくとも、オレには必要。 無駄な浪費万歳!(これ読まれたら、おこられるな。。 でも、あいつだって、昔はそうだったんだしな ははは)

と、いうわけで、ルーマニアへ行って、粗野な民俗音楽な世界を見て、それで、またまた例によって、その奔放な空気を吸いに行きたい。

ああ、昨年から続いているんだが、ここしばらく空気が悪いと感じて仕方がなく、とにかく「よい空気」を吸いに行かないと、もう、限界だ。昨年来からの自分の発言も、よい空気を吸う、っていう文がえらく多くなってしまった。あと、社会で会う人間というものが、ほとんど仮面に見えてきてしまった、重症だ。

オレに迷惑をかけてくれ、それで、オレも迷惑をかけるよ、っていう人求む、みたいな感じだw

そうそう、それで最初に戻るけど、年賀状に使う写真を物色してね、結局見つけたのが、「日本の風景(だったかな?)」という写真集だった。土門拳を始め10人ぐらいの写真家が終戦から始まって10年後ぐらいまでの戦後の日本を写した写真集だ。

以前、世田谷美術館でこの写真展をやっていてね、この本を買って帰ったんだ。

そのときにも、ブログのどこかに感想は書いたのだけど、写真の実物は実に見事なものばかりだったけど、写真集の印刷に落ちたものは、本物の中に濃厚に漂っていた「詩情」のようなものはそぎ落とされていた。もっと具体的に言うと印刷ではその「空気感」が無くなっていた。

この空気感、そしてそれから感じられる詩情というのは一種独特で、被写体の「内容」とはずいぶん異なるものなんだ。きっと、この詩情こそが写真家のオーラそのものなんだろうな、と思わせる。逆に、写真の「内容」の方は、きっと写真家の「知性」なんだろう。そんな気がした。

まあ、そんなわけで写真集の方はどうしてもその被写体の「内容」が勝ってしまう傾向があるね。

それで、写真を物色してぱらぱらめくるとね、ホント切ない気持ちになる。だって、そこに写っている人間たちが、みな「人間」に見えるからだ。実にいろんな種々雑多な人たちが写っているが、みな、どの顔も、ぎりぎりの人間の姿そのものだ。ああ、ここには本当の人間たちが写っている、と思うと、今の自分には切なくてな、困ったよ。

中でも涙をそそるのは、紙芝居に群がる子供たちの顔だ。あれは確か土門拳の作品だったかな。たくさんの子供たちが押し合いへし合いして紙芝居の画面に見入っている。その子供たちめいめいの顔、そして顔。どうやら紙芝居の中では、とっても辛いことが起こっている場面らしく、子供たちはみな深刻な辛い顔をして一心に見入っている。この写真を見るたびに、心の中に涙が流れる。

そんなような写真がたくさん載ってるよ、この写真集には。

で、結局、どの写真を選んだかというと、「日立製作所の朝礼、茨城」ってやつ。大勢の工場職員が朝礼でいっせいに右手を斜めに差し上げて何かに誓っている風景を写したもので1962年の作品。ここに写っているのも、おびただしい数の、全部、人間だ。

先の紙芝居も、この大会社の労働者の集団も、なんだか、不思議なんだが、みんな同じような境遇にいて、娯楽なり労働なり画一的に何かを強要され、同じ髪型に同じ服装、一見すると没個性のはずなのに、受ける印象はまったく正反対なんだ。めいめいが確実な自分だけの個性を持って、そのかけがえの無い自分だけの人生を精一杯生きている様がダイレクトに伝わってくるんだ。

ぬるくてよどんだ空気が少しも感じられないんだ。どこかの昔の文で読んだ「めいめいの杯を命の酒で一杯にして生きていた」人々に、どうしても見えることだ。

これは、当然、今現在のこの東京に住んでいると、ほとんど感じることのない感情なんでね、そういうものを目の前にすると呆然とすることがある。自由、っていったい何だよ? と言いたくなるよ。

さてと、ちょっと、書きすぎたかな。こんなネガティブなことばかり書いていると、林さんはうつ病気味ね、って言われちゃうかもしれないね。そうしてら、「うつ病が悪いことか!」と答えちゃおうかしら、おほほ

そういや、昔、小林秀雄と河上徹太郎とその他文学者連が飲み屋の座敷で飲んでいて、何かの文学談義で熱くなり、口論になり、で、主に、小林と河上が言い合いをしていたが、頭の切れる小林秀雄がとうとう河上徹太郎を言い負かしてしまい、河上は二の句が告げなくなってしまったそうだ。それを見ていたほかの誰かが、ずばり、「こいつ、二の句が告げないって顔してるぜ」と、からかったら、河上徹太郎はその場で立ち上がり、仁王立ちになり、「二の句が告げないのが悪いことか!」と叫んだそうだ。それを見ていた坂口安吾が、後日、「あのときの河上さんはカッコよかった」と言ったそうだ。

こんな風なエピソードが自分は大好きで、これを読んだあと、何かというと「なになに云々が悪いことか!」と、いろんなところで言いまくって流行語にしたよ、ははは、馬鹿な話だ。

もっとも、オレがほんとにうつ病だったら、こんなこと書き飛ばさないよな。

さて、再び、元へ、年賀状。

ちょっと長くなりすぎたからこのへんでやめるけど、この日立製作所の朝礼に、あけましておめでとう、などの文字を添えたのだが、こちらの方は「トロ字」っていうフォントを探してきて使った。

トロ字は別名ゲバ字とも言うのだが、学生運動の立て看板に使われていた、あの独特の字体のことである。トロ字の「トロ」は「トロツキー」の「トロ」だ。

つまり、「革命」だ。

実際の話、自分は学生運動がほぼ終末にさしかかるときに大学生をやっていたわけで、このトロ字の看板だけはやけにたくさん見たが、学生運動事態はもう完全に下火で、僕の心には微塵も入り込まなかった、という感じ。さらに、自分の大学でも、大学後半にさしかかるころに内ゲバ事件が勃発し、うちの大学を本拠にしていた革マルが撤退した。それで、余計に、かれらの影響に晒される機会が無くなったんだ。

結局、自分は学生運動とも関係なし、「粉砕」もなし、「反体制」もなし、したがって「革命」もなし。ってことなわけだが、時代の空気ってやつは逃げられようもなく、そういった若者の社会の体制に対する反抗心のようなもの、改革魂のようなもの、そういうものは自分はもっとヘンチクリンなところで身につけたよ。ま、変なやつや落ちこぼればっかりが集まる、人間動物園みたいな、場末の、飲み屋だ。

さて、まあ、本当にこのへんにしよう。

何が結局言いたかったかというと、日本の昔の「情」と、反体制としての「革命」というのが、「昭和」という時代の中で結びついていた、ということだったんだが、中途半端にしか言えてないね。

でも、きっとキーワードは、「皆同じものを体制から強要されている人間たちこそ、その実は間違えようのない個性を保持していて、かけがえの無い自分だけの人生を懸命に生きている、そしてそこに人と人の情が生まれ、そして本当の心の連帯が生まれ、それが反体制な勢力になったとき、革命が起こる」というようなことなのかもしれないな。

以上の、オレの文学的過ぎる革命観は、きっと、元唯物論者だった団塊の世代が読むと、甘い! とか言って叱られそうだがなw

そして、昨今のオレの超ネガティブ現代東京批判によれば、現代では上記事情がすべて逆転する。

「体制からはっきり強要されるものなくすべてが自由の中にいる人間たちは、見た目の仮面は色とりどりに個性的に見えるが、それは表面だけでみな他人の目を気にして同じようなラクな人生を生きることに腐心している、したがってそこに生きる人間たちの間に情は希薄で、スローガンは一緒でも心は離れ離れで、そういう状況を仕組んだ体制に対するまとまった反抗は育たず、革命を起こすというよりは適応しながら徐々に変えて行くことを目指してるみたいだ」

って感じか。ありゃー、こんなことを書くと、今度は団塊の世代じゃなくて、30代ぐらいの下の世代に叱られそうだなwww

ま、好きにして頂きましょう。去年のオレはずいぶんと迷っていたこともあり、なにかと自己反省して、ときどき落ち込んでいたが、今年のオレは、もう、そんな馬鹿げたことは止めにした〜

でも、逆にそういう厚顔無恥がしばしばもたらす精神の硬直は、もっとも気をつけないといけない重要事なので、常に、気を張っていることにしましょう。

というわけで、今年は外国に行って、いろんないい空気を吸いに行こう。そうすりゃ、きっと大丈夫だろう?

なーんてね。ここまで読みゃしないだろうけど、ひどい文章で、ゴメン!!

明日は、林家の新年会だ! ではでは! 



GO HOME