香港の湖州料理

ブログに書いた文より (11/8、2008)

香港の食について書く、と言いつつ、そのままになっていたのだが、別のところで写真つきで紹介などしていたら、こちらのレポートが飛んじゃった。と、いうことで、こちらは、ちょっと真面目に料理について書いてみたい。実は、香港滞在の最終日の夜に行った湖州料理レストランが大正解で、やはり本土で食べる中国料理の凄さを再認識したからだ。

場所は九龍城の古い町の一角。ここは、かつて九龍城砦と呼ばれる悪名高い治外法権地区があったところである。返還前にその一角は取り壊され、今では跡地がのんびりした公園になっている。かつて、返還前に香港が好きでほとんど通うみたいに行っていたころ、もちろん九龍城砦の付近へは何度も行ったが、中には怖くて入らなかった。ただ、城砦といっても、外から見る限りは、香港ならば他のどこにでもある古びてボロボロになった雑居ビルの集合で、特に物珍しい光景ではない。当時イギリス領だった香港で、この城砦の一角だけが中国所有の領域として残り、それで中国本土がここを放置して干渉しなかったせいで、いわゆる治外法権地域になり、独立したひとつの小さな自治国のようになっていた、という経緯だそうである。

まあ、九龍城砦はいいとして、この城砦が取り壊された跡の公園と、それともう一つ、ランタオ島に移転された旧啓徳空港との間にある古い街が、今回行った九龍城の街である。

ところで、このかつての啓徳空港だが、これもなかなかすごい空港だった。九龍城に隣接した場所にあるせいで、飛行機は街の上を通って着陸する。着陸前に飛行機の中から窓の外を見ると、あ、やばい、ビルにぶつかる! と錯覚しそうな至近距離を飛んでいるようでけっこう怖い。そして、上空を飛ばれる九龍城の町はもっと怖くて、初めてこの町へ来て道路をうろうろ歩いていたら、突然、かなたからジェット機の音が聞こえて来たのでそっちの方向を見ると、ジェット機が右急旋回して、ほとんど自分に向かって突っ込んでくるような角度で飛んできた。このときは、冗談抜きで町に墜落するのかと真顔で思ったほどで、それで、そのまま一直線に近づいてきたかと思うと、自分のすぐ上の、手が届きそうな至近距離を、物凄い爆音をたててグオーーッ、と通り過ぎていった。このスリルは相当のもので、しばらくは病みつきなり、突っ込んでくるジェット機を見る快感を味わいに、よくここに来たものだった。

さて、ジェット機見物はいいとして、脱線続きだが、料理である。

この九龍城の町は、いい料理屋が集まっているところとして土地の人にも人気のエリアなのだそうだ。今回入った湖州料理店も、観光客は皆無ですべて地元の人、それもひっきりなしに入ってくる人気店のようであった。注文したのは、殻つきの蝦に包丁を入れ、揚げ、うすく味をからめたもの、川椒鶏という香辛料で炒めた鶏、活き蟹の蒸しもの、豆苗の炒めもの、豆腐のショウユ煮、といった料理だったが、どれも独特の風味があって、本当に楽しんで食べた。こんなに満足したのは、実に久しぶりだった。

たとえば、豆苗の炒めものは、どこの中華料理屋にでもある平凡な料理なのだけど、ここのものは、なんともいえない風格のようなものがあるのである。おそらく、猛火の元で作られたと思われる炎の香りが濃厚についており、しかし、それだけではなく、使われている油も何だか香りの雰囲気が違う。それらが、うまく一体になって独特な雰囲気がある。あるいは、豆腐のショウユ煮も平凡な料理だが独特だった。豆腐を素揚げして、これを豚の挽肉とショウユで煮込んだだけなのだが、豆腐は日本のもののような上品さは皆無でかなりきつい豆の味がして、挽肉も日本のように刺身でも食えそうな豚肉と違って濃厚な獣の臭いがする、そしてこれらが炎の香りと共に渾然一体になって、荒削りな土地の味と香りを醸し出しているのである。

こういう料理屋で、こういう中華料理を食うと、これは、日本のどこに行っても、まず、食えそうもない味だと強く感じる。少なくとも、自分はこういうものを日本で食ったことはない。日本にはこんなにたくさん中華料理屋があるのに、こればっかりは仕方なく、それで時々中国にやってくる、というわけだ。

さて、ひと通り食べたあと、便所に立って店の奥へ行ったらば、途中の右横が厨房になっていて、開け放しの建てつけになっているせいで、客室へ戻る途中で、厨房で料理している様子をしばらく見ることができた。

広い厨房は、電灯もろくについていなくて、何となく薄暗く、長年の使用のせいで壁のたぐいは真っ黒にすすけたようになっている。左側の奥に、巨大な土饅頭のような形の竈があり、その前に二人の料理人が立ち、鍋を振っている。使っている中華鍋は巨大で、差し渡し70センチぐらいはありそうだ。竈には鍋より一回り小さな丸い穴が開いていて、そこに鍋がすっぽり入る構造になっている。それで、料理人は時々鍋を竈から外すわけだが、そのとたんグオーーッという豪音が聞こえ、ぽっかりあいた大きな穴から炎とかじゃなくて橙色の熱線のようなものが上がっている。見物している位置から10メートルは離れていたのだけど、それでも、ものすごい音である。この竈に何を使っているか分からないが、日本の中国料理店の火力も強いが、それをはるかに超えているように見える。

僕の持っている中華料理本に、新橋で中華料理屋を営んでいるオーナーの言が載っていて、彼は、これまで日本と中国本土でいろいろな料理人を見てきたが、日本人の料理人で、本場中国のあの火力に耐えられる料理人は一人もいなかった、と書いていた。これは、たしかに、この光景を見るとうなずかざるを得なく思う。なぜここまで激しく火力を強くしないといけないか分からない、というぐらい常識外れの火力である。

しかし、この二人の料理人は、特にあわてることもなく、じつにのんびりした、ゆっくりした動きで次々に料理を作っている。この技術はやはり尋常ではない。油を入れて、材料を入れて、調味料で味付けし、そして、例によって最後に少し鍋を振って鍋の中の材料を返し炒めて皿に移すのだが、鍋を返しているときの光景は、かなりの迫力である。鍋をずらすと料理人と反対側にすき間ができて竈の猛火が露出するようになる。中華料理の厨房で、その強い火力のせいで鍋に火が入って炎が上がる光景はおなじみのものだけど、ここの料理店ぐらいになると、炎などは上がらず、なんだかよく分からないのだが、猛火の熱が巨大な中華鍋の縁から鍋肌を舐めるように中に入り込み、鍋の中の油と一緒に、大量の煙のようなものを発生し、これが酸素を押しのけてしまうのか、火もつかず、ただただ桁外れの高温のガスのようなものが、もうもうと料理人の前に立ち上がるような、地獄のような光景になっている。どうやら、こうなると、ちょっと格が違うようである。

このものすごい光景を、しばらく呆然と見ていて、ああ、これは、再現は不可能だ、とはっきり思った。そして、あの出てきた料理たちの独特の風味と風格はこういう光景から産み出されていたのだ、ということが、はっきりと納得され、実は、とても感動した。中華料理を見ていての、久々の感動である。やはり、中国本土は違う、参った

さて、今回は、このときに注文した料理の写真を掲載することにする

こちらは、殻つきのエビを揚げて、鍋に返して薄味をつけたもの



川椒鶏という湖州料理の定番。漢方薬っぽい香辛料の粉をまぶした鶏を炒めて、青菜の素揚げの上に盛ったもの



花咲蟹の蒸しもの。すえたような香りの香酢をつけて食う



豆苗のニンニク炒め



豆腐と豚挽肉のショウユ煮





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