注釈 ー 序幕

額堂: 神社や仏閣で、信者が奉納する額や絵馬を掲げておくお堂のこと。
長押(なげし): 日本家屋で、柱と柱の間に水平に取り付けられた木材。この舞台では、これに提灯が引っかけてある。
上手: 客席から舞台を見たときの右。左は下手。舞台用語。
楊枝店: 楊枝は歯を磨くための歯ブラシ。房楊枝という。当時、浅草の通りには楊枝店が多く立ち並んでおり、楊枝や歯磨き粉や、お歯黒の道具などを売っていた。
乞食のなり: 原文では「こもかぶり」。この後も多く出てくる。マコモやワラで織ったムシロ(こも)を被ったなりで、当時の乞食の格好だった。
下手: 客席から舞台を見たときの左が下手。右が上手。
双盤大拍子: 双盤は鳴り物の一種で、お寺で仏事のときなどに打ち合わせて鳴らす金属の盤のこと。大拍子は和太鼓。お寺や神社の境内などの情景のときは、この二つを合わせて叩く。
彦兵衛: 柏屋彦兵衛は上方出身の設定なので、関西弁でしゃべる。なので「えらく走って来たさかいに」と言っているのである。
かかとで踏んづけてくれや: 不明。一説では「きつくあんましてくれ」ではないかというのもあるが、分からない。
観音参りの長芋じゃあるめえし: 不明。浅草観音にお参りした帰りに長芋をお土産にするような流行があったのかもしれないが、分からない。
粂三にそっくりだぜ。イョ! 大和屋、大和屋: 粂三とは、お袖の役をやっている二代目岩井粂三郎のこと。大和屋(やまとや)は、粂三郎の屋号である。原文では、大和屋を略して「やま」と言っている。物語の中の話をしているのではなくて、演じている役者の名を出してお客のウケを取っている。いわゆる楽屋落ちというやつである。
月三両の三月縛り: 毎月に三両のお金で、三カ月間で契約した、妾(めかけ)。当時の風習だった。
花三本: 女郎の揚代のことを花代という。一本で四百文。花代を三本分のお金で、あの女と遊べないものか、と言っている。
地獄: 江戸における私娼(公の許可を取っていない個人の売春)の一つ。宿屋や自宅で客を取った。
年じゅう大筒の額の下で商売をしてるってんだから、鉄砲は当たりめえよ: 浅草寺の額堂に大きな筒を抱えた人物の額があったそうだ。その大筒に引っかけて、その下で毎日商売してるんだから鉄砲は当たり前じゃないか、と洒落た。ここで鉄砲とは、安値で体を売る当時の下級な娼婦のこと。鉄砲(河豚のこと)のように毒に当たることもある危険なもの、という意味から来たそうだ。
ミミズク(木兎): フクロウとほぼ同じ鳥。当時、浅草奥山でミミズクの見世物が出ていたそうだ。
奥山: 浅草の浅草寺の裏の一帯。奥山は江戸時代の代表的な盛り場で、多くの見世物小屋が並んでいた。

千金方: 中国の古い医学書。
滝に打たせてみるがいい: 当時、精神病の患者を滝に打たせて心を静めるということが行われていた。
師直公と鹽谷: 四谷怪談全体が、忠臣蔵の赤穂浪士の討ち入り劇と並行して作られている。忠臣蔵は、浅野内匠頭が城のなかで吉良上野介に切りかかり、お上のさばきは、浅野内匠頭が一方的に悪いとして浅野は即刻切腹、その家中はバラバラになったが、主君の恨みを晴らすため47人の元家中が結束し、最後に吉良上野介を討ち取る、という事件。歌舞伎では直接実名を扱えない決まりから、吉良上野介は高師直、浅野内匠頭は鹽谷判官という名前で扱っている。この四谷怪談でも、高師直の家中の人々は上から取り立てられ威勢を誇る人々で、鹽谷の元家中はみな浪人で貧困で身分を隠して討ち入りを狙う人々、という形で登場している。

山の女:浅草奥山の女。ここでは楊枝店のお袖のこと。
大三ツ: 浅草観音にあった酒屋。だいみつと読む。
藤八、五文、奇妙:藤八五文の薬売りの決まり文句。二人の薬売りが道の両側を歩き、一人が「藤八」というと、もう一人が「五文」と応え、そして二人が向き合って、一緒に「奇妙」という、というパフォーマンスをして薬を売っていた。この後の直助がらみの場面で、これをもじったセリフがよく出てくる。
腎精を増し、脾胃を補う: 東洋医学で、腎精は成長と生殖をになうもので、脾胃は消化器官のこと。次の文嘉のセリフの「腎精を増すとは耳よりだね」というのは、精力増進とはいいね、と言っているわけで、この後、文嘉と彦兵が売春宿へ行く伏線になっている。
きせるを吸い付けて渡し: 女がきせるに口をつけて火をつけて、それを男に渡す。女郎がするサービスのようなもので、普通の女性はしない。

文嘉と彦兵: この二人はあんまの宅悦に、女が買いたいと言っているのである。宅悦はあんまと共に、売春を営んでいる。
ふしの粉に、羽楊枝と、房楊枝: ふしの粉は、五倍子(ふし)という植物を粉にしたもので、これに鉄錆の汁を加えると真っ黒の染料になる。これをお歯黒の歯を染めるのに使った。羽楊枝は、細い柄の先に羽毛をつけたもので、お歯黒や薬を塗るのに使う。房楊枝は当時の歯ブラシで、柳の木の片方の端を叩いて砕いて房のようにしたものだった。

色なりと、女房なりと: 色は情婦のこと。自分の情婦になるか結婚するかしてくれねえか、と言っている。
燈篭の仏さまに願掛けじゃあるめえに: 不明。
三度飛脚: 月に三回、江戸と関西を往復する飛脚。派手な格好をしていた。