四幕目ー3 再び深川三角屋敷の場

ト書き 本舞台、元の道具に戻る。真ん中に屏風が立ててあり、やはり捨て鐘、あつらえの合方にて、道具が回る
ト書き 屏風の中からお袖が、書置きを片手に持ち、行燈を下げて舞台の真ん中のあたりに行燈を置き、嘆き悲しむしぐさあって
お袖
水の流れと、人の身は、移り変わると世のたとえ。思えば因果なわしの身の上。実のととさん元宮三太夫さま。まだ、その上に一人の兄さんがあると、聞いただけでお顔も知らず、義理のあるととさんの姉さんは、非業にお果てなさんした、その仇を討ちたいばっかりに、女子の操を破りしからは、しょせん生きてはおられぬこの身
ト書き 思い入れあって、懐中のお守り袋からへその緒の書き物を出す。やはり時の鐘、合方、下座の門のうちより直助、出刃包丁を手拭いで包み、花道の方へ、ぬき足で行き、中をうかがう。お袖、思い入れあって
 
このへその緒の書き物は、血を分けた親の形見。せめてはこれを兄さんに、わたしが死んだあとでその後に、届けてもらおう
ト書き 思い入れあって
 
これがこの世の
ト書き しぐさあって、行燈を吹き消す。このとたん、捨て鐘の頭を打ち、忍び三重に変わり、花道の直助は出刃包丁を口にくわえ、尻をからげ、キッと、見得。このとき、上手の生垣を押し分けて、与茂七が出てきて、よろしくこなしあって、お袖、思い入れあって、屏風の中に隠れる。直助と与茂七は、あたりをうかがいうかがい、直助は内へ入り、与茂七とすれ違い、入れ替わって、互いに、ここだとうなずき、屏風越しに与茂七は刀で、直助は出刃で、ぐっとつらぬく。屏風の中で、わっ、と一声叫ぶ。両人、仕留めたりというしぐさあって、屏風を引きのける。中にお袖、書き置きと、へその緒の書き物を持ち、傷を負い、苦しむ。両人、左右から手をかけ、お袖を引き起こし、とどめを刺そうとする。このとたん、ちょん、ときっかけにて、月が出る。これで三人、顔を見合わせて、びっくりして
直助
まさに目指す男と思ったのに
与茂
屏風の中は女房のお袖
両人
ヤヤ、こりゃどうしたことだ
ト書き 意外さに驚く。これより本調子の合方、お袖、苦痛をこらえるしぐさにて
お袖
同じ合図で二人の夫、手引きをしたのは最初から、自分の命を捨てる覚悟。ただ恥ずかしいのは与茂七どの。わたしが操を破ったのは、義理あるととさんの姉さんの、仇を討ちたさと、もう一つには、おまえさまが生きていなさるとは、神ならぬ身の夢にも知らず。やっぱりいつぞや浅草の、裏田んぼでととさんと、同じその夜に人手にかかり、死なしゃんしたと思ったゆえ、おまえさまの恨みを晴らすため、直助どのの力を頼み、枕を交わしたのは面目ない。おまえさまに顔が合わされようか。そのお手にかかって死ぬのが、せめてもの言い訳。また直助どのには約束の、義父の敵と姉さんの、仇を討ったそののちに、この書置きに添えてある、わしのたった一人の兄さんを、訪ねてこの訳を、言って聞かして下さんせ。かえすがえすも与茂七どの、この世の縁は薄くとも、来世は同じ蓮の上。夫婦になってくださりませ。頼みますわいなア
ト書き 双方に手を合わせ、与茂七、思い入れあって
与茂
よく言った、女房。そなたの居所を探したのも、いつぞや、はからずも浅草にて、この与茂七の所持する密書を、手に取って見た女ゆえ、不憫ながらも、ことによれば、命は拙者がもらおうと、思っていたのにこのような成り行き。それはそれとして、合点がゆかぬのは、何を証拠に拙者が、裏田んぼにて人手にかかって、相果てたと思ったのじゃ
お袖
死んだと思い詰めたのは死骸の顔、破れ損じてそれとは分からぬが、着物に覚えがあり、おまえさまの定紋、それゆえに
与茂
ヤヤ、それで思い出せば、奥田将監の倅の庄三郎と、訳があって、互いに着物を取り替えたのだが、さては拙者に遺恨のある奴、この与茂七と取り違え、だまし討ちに打ちたるか
直助
ヤ、では、裏田んぼで殺した奴は、奥田のご子息、庄三郎どのであったか。エ、エエ?
ト書き おおいにびっくりする
与茂
さてはおのれが庄三郎を
ト書き 詰め寄るのを
お袖
モシ
ト書き 与茂七を止める
 
この書置きを兄さんに会ったらどうぞ
ト書き 差し出す。直助、それを取って、へその緒の書き物を見て
直助
元宮三太夫娘、袖
ト書き またびっくりして
 
ヤ、では、お袖の親は元宮の
お袖
アイ
ト書き 思い入れするお袖を、直助、手早く与茂七が投げ捨てた刀を取って、お袖の首を打ち落とし、刀を投げ出し、へたりこみ
与茂
ヤヤ、女の首を
直助
打たねばならぬ言い訳は
ト書き 直助、出刃包丁を腹へ突き込み
与茂
しょせん生かしてはおけぬ権兵衛。それはそうとして、何ゆえに自害を
直助
人の皮をかぶった畜生の、往生ぎわの懺悔話。聞いて下され、与茂七どの
与茂
ヤヤ、なんと
ト書き これより、竹笛入りの合方。直助、息も絶え絶えに
直助
もとはこの直助は奥田の家来。品行が悪いゆえに主人に勘当。因果の起こりはこのお袖。つきまとって口説いても、承知しないのは夫があるゆえ。与茂七を殺したその上で、この身の願いを叶えんと、裏田んぼの闇にまぎれて、だまし討ちに殺したのは、古い主人のご子息の庄三郎どのと、聞いて知ったのはたった今。親姉夫の仇かたき、討ってやろうと偽って、抱き寝をしたのは情けない。この直助の血を分けた、妹と知ったのはこの書き物。槍一筋の親は侍。その子は畜生に主人殺し、末世にまで残る直助権兵衛
与茂
では、それゆえにこの切腹。まだしも悪念翻し善心起こすは奇特なこと
直助
地獄へ急ぐ置き土産。いつぞや手に入れた回文状
ト書き 与茂七、これを取って
与茂
たしかに受け取った。来世で成仏されよ
ト書き よきころあいに、長蔵、門口で中をうかがい、このとき、つかつかと中へ入り
長蔵
さては鹽冶の浪人
ト書き 回文状に手をかけるのを、与茂七、手早く抜き身の刀を取り上げ、振り落ろして切る。長蔵、立ちながら苦しむ
与茂
飛んで火に入る
ト書き 刀を引き抜く。これで長蔵、宙返りするのを、与茂七、またそれを見事に蹴返す。これで木の頭
直助
南無阿弥陀仏
ト書き 直助、出刃を引き回す。与茂七、回文状を口にくわえ、後ろ手に、長蔵にとどめを刺す。この見得よろしく。
 
拍子幕
 

→ 次へ 大詰-1 夢の場
前へ 四幕目ー2 寺町孫兵衛内の場