序幕ー2 浅草宅悦住居の場

ト書き 舞台は、二重の世話屋体。舞台正面には、反古張り付きのふすま。上手には、破れた障子が立っている一間の屋体。適当なところに小さなついたてと、二枚折りの交ぜ張りの屏風。いつもの左側に門口。あんまの灸をすえている看板と、奉公人口入と書いてある看板が二枚並べて掛けてある。ここにお大がいる。悪疾に罹り、毛が抜けているが、髪を嶋田に結って、歯は黒くせず白いままで眉毛はない。文嘉と彦兵衛は以前のなりにており、宅悦はお盆へ灸をほぐしている。適当なところに角行燈をつけ、あつらえ物のはやり歌にて幕が開く
文嘉
よう、おらァすごく大きいのがいいぜ
宅悦
ハイハイ、このくらいのがよく効きます
文嘉
コレ、コレ、本当の灸をすえられてたまるものか。あの年増の大のことだ
宅悦
それは承知でござります。マア、マア、表向きには外聞も悪いので、灸をほぐしております
彦兵
わしはまた、一向に年端のゆかぬ小がよいぞ。いたって子供がよい。できることならかわらけな
宅悦
エエ? 番太郎で売る灸でございますか
だい
私の前でかわらけとは、ちとイヤなことをお言いだね
宅悦
コレ、おめえは身ごしらえでもしねえか
ト書き また歌になり、向こうより、お政、ぶら提灯を灯して、そのあとより、羽織、着流しに着替えた直助が出てきて、花道にて
直助
ヨウ、お政さん。いよいよ、あの楊枝店のお袖さんを買わしてくれるか
お政
はじめはお袖と言ったか知らねえが、今ではおもんさんというよ。いずれにせよ地獄などに出ている日にゃァ、否も応もないさ
直助
そいつは奇妙
お政
コレ、その奇妙が悪い。藤八の薬売りがばれるから、お言いじゃないよ
直助
それは承知さ
お政
さあ、おいでな
ト書き 舞台に来て
 
宅悦さん、お客さんを連れてきたが、いいかね
宅悦
ハイ、そりゃァありがとうございます。さあ、お入りなさいませ
ト書き 両人、入る
直助
ハイ、ごめんなすって
宅悦
あなたのお望みは、大かね、小かね
直助
なに、灸をすえるのではござりません。かのおもんとやらを
宅悦
エエ? 章門におすえなさるのか
直助
エイ、灸のことじゃない
お政
コレ、それは承知だがね。表向き、灸のつもりにしておくのさ。だから、地獄の閻魔さまが、灸をすえているのさ
直助
ハハア、なるほど。こいつは奇妙
お政
コレ
ト書き お政、直助をたしなめるしぐさ
文嘉
いま聞けば、おもんとやらはさっき見た子だそうだが、おいらもそれを買いたいの
彦兵
そうじゃわい。どうせ金を出して買うんだから、良いのがよい。わしもそれにしましょう
宅悦
そう大勢一人の子をめがけてはなりません。コリャ、では、こういたしましょう。あなた方は大と小をお望み、あとからおいでなされた方はおもんさんをお望み。恨みっこのないように、くじ引きがようござります
お政
さようさ、両方の名を書いて、縁結びするのがようござります
文嘉、彦兵
それがよい、それがよい
直助
おらァ、他の子じゃァいやだ
宅悦
マアマア、運は天にまかせて
ト書き 宅悦、縁結びのくじをこしらえ、お政、これを結び、思い入れあって
お政
サアサア、みなくじを引いて、あけてご覧なさいませ
文嘉
俺のはなんだ。文嘉にお大
宅悦
あなたのお望みのとおりだ
彦兵
わしは彦兵衛お小
直助
ドレ、そんならさしずめ、俺は藤八おもん、奇妙
ト書き 浮かれて言う
宅悦
サア、こうあつらえたように決まることもないものだ
直助
藤八おもんきみょう
ト書き 無性に嬉しがって、くじをつむりに結わえる
お政
お前さんはおもんさんが来るまで、あの障子の中で寝転んでおいでな
直助
さっきの小僧が酒を持ってくるはずだが
お政
私がもういっぺん言いに行ってきましょう
直助
そんなら、頼むよ
宅悦
そのついでにかの
お政
承知だよ
─── ◆ ───
ト書き はやり歌になり、お政は向こうへ入り、直助は障子の向こうへ入る
文嘉
サア、おいらたちはどうすればいいんだ
宅悦
おまえさんは年増だね
彦兵
わしは若いのじゃぞ
宅悦
かしこまりました。マア、ちょっとここで横におなりなさいませ
ト書き 宅悦、小さなついたてを真ん中に置き、三布ぶとんを二つ敷き、上手に二枚屏風を立て、そのうしろにあんどんを暗くして置く。文嘉と彦兵衛はこのふとんの上にそれぞれ寝転ぶ。宅悦、お大を呼んで、なにごとかささやき、奥へ入る。お大、うなずき、そばにある硯箱を引き寄せ、懐中鏡を出して、眉毛を引くしぐさをした後、彦兵衛のそばに寄り
お大
モシ、お休みなさりましたかえ
彦兵
おやまさん、おいでを待っていたのじゃ
お大
わたしゃ、おやまさんという名じゃござりませぬ
彦兵
ハハア、なるほど、そうじゃ
ト書き お大の顔を見て
 
イヤ、マア、おやまどころじゃない、こりゃ惣嫁じゃ
お大
何だいおまえ。おやまだの惣嫁だの、と、日光道中記を見たようなことをお言いだね
彦兵
歳はいくつじゃ
お大
アイ、とって十ウ
彦兵
こりゃ、ニワトリの化け物じゃな、ミミズクよりはマシではあろう。しかし、なんぼ若いのがよいと言っても、あんまり若すぎるな
お大
そうか。本当の歳は
彦兵
六十八か
お大
オヤオヤ、可哀そうに、たったの十六よ
彦兵
さかさまにすれば六十じゃな
お大
エエイ、口の悪い
ト書き 引き寄せて抱きつく
彦兵
南無阿弥陀仏・・
ト書き 両人、よろしく横になる。合方になり、向こうより、お袖、以前のなりで草履をはき、爪先立ちの忍び足で出てきて、門戸に来て
お袖
ごめんくださいませ。こんばんは
ト書き 小声にて言う。奥より宅悦が出てきて
宅悦
オイオイ、これはご苦労。今夜はだいぶ遅かったのう
お袖
ハイ、家の様子がちょっと出にくくござりましたゆえ
宅悦
サアサア、あそこの障子の中へ
お袖
アイ、ありがとうございます
ト書き お袖、上の方の障子の中へ入る
文嘉
オイオイ、おいらの年増はどうしたのじゃ
宅悦
ハイハイ、ただいま。オイ、お大さん、お大さん。もう来そうなものだが
ト書き 思い入れ。彦兵衛のところにいたお大が起き上がって来て、引いた眉毛を紙で拭き取る、宅悦、お大にまたささやいてから、奥へ入る。お大、文嘉のそばに来て
お大
ヤットコしょ
ト書き 座って
 
おやすみかえ?
文嘉
えらく待たせたの
お大
アイ、歳をとると歩くのも難儀でねえ。ようよう杖にすがってな
文嘉
エエ? オイ、おまえいくつじゃ
お大
わたしゃァ、としよわの七十九さ
文嘉
べらぼうな年増じゃの。としよわじゃなくってもだ。あんまりに年増すぎるの
お大
ナニ、それでも二人や三人ぐらいの客は、何とも思いやしません。おまえが年増がいいというから、私が来ました。ちょうどいいぐらいの年増は、もう、めったにおりません。わたしの頭、黒いように見えても、のこらず白髪サ。こればかりは本当のことでござりますぞ。皆さんよくご存じでござります
文嘉
オオ、しかし、まったくに歳のよった人じゃな
お大
サア、ちょっとお休みなされ
文嘉
なんたる因果だろう・・
ト書き お大、いやがる文嘉を無理やり押し倒す。
─── ◆ ───
ト書き 合方になり、ばたばたになり、お袖、障子の中より逃げて来る。直助、このあとを追いかけて出てきて
直助
どうしてどうして、逃がすものか
お袖
それじゃと言うて、どうして、マア、そなたと顔を
直助
顔を合わされぬも、もっともだが、お袖さん、しかし、おめえは親孝行なものだのう
お袖
エエ?
直助
マア、座って、オレの言う事をとっくりと聞きなせえ
ト書き 合方になり
 
おまえの親御さんも、わしの主人も、不慮のお家の騒動のせいで、流浪のいま。親の貧苦にみつぐため、浅ましいこの仕事。ほかの人はともかくも、わしはその事情に同情しているゆえ、せめてちょっとは手助けになって進ぜようというわけさ。ヨウ、いつまでもわしが無理やり口説くゆえ、おまえは納得しまいが、わしの言う事さえ聞いてくれれば、おまえにこんな商売はさせはしねえ。親御さんも養い、おめえにも楽をさせるが、それともおまえは好きこのんで、こんな勤めをしなさるのかえ?
お袖
なんでマア。苦しいこの身の世渡りも、いま言わしゃんす通り、親のため
直助
親を思う心なら、わしが言う事を聞くがよいではないか。また、この勤めのことが親に知られてみなせえ。昔かたぎの左門様。いくら貧乏とはいえ、汚らわしい、武士の名までも汚す、と。ことによれば主人の名まで汚した、と言いかねない
お袖
エエ?
直助
サア、三方四方丸くおさめて、わしが言葉につく方がよかろうぜ
お袖
サア、その親切はかたじのうござんすが、どうにも肌を汚すことだけは
直助
ならねえものが、なぜまたこんな
お袖
勤めというのは生活のため、床の上では言い訳を言えば、頼めば人に鬼もなく
直助
その代わりにゃァ、うまい話もねえというものだ。ハテ、ただ惚れて口説くと思うから、考え違いも起こるのだ。以前のよしみの親切づく。マア、この金で親御さんにも
ト書き 懐より金を出し
 
袷でも買って着せてやるがいいじゃねえか
お袖
そんなら以前のそのよしみ。大枚のその金を
直助
浪人なら大枚だが、今じゃ十や二十の金、商人の身ではなんでもないのさ
お袖
その親切な心なら、ちょっとの間、その金を
直助
貸す、というのは他人行儀なこと。ハテ、いくらでも
お袖
嬉しゅうござんす
ト書き 金を取ろうとする
直助
ただ、嬉しゅうござんすだけじゃあ、それだけじゃちょっとまずいな
お袖
それじゃと言うて
直助
床の中はともかくも、一緒に寝るぐらいはいいだろう
お袖
エエ?
ト書き このとき、宅悦、奥より出てきて
宅悦
おもんさん、なんで外へ出ているのだ、サアサア、お客のいる中へ行きな、行きな
お袖
ハイハイ
直助
いまちょっと涼みに出たのさ。サア、中へ入って寝よう
お袖
どうもそればかりは
宅悦
そんなことを言って済むものか
直助
いいわな。マア、来なせえ
ト書き 直助、お袖を連れ、上手の障子の中へ入る。
─── ◆ ───
ト書き 彦兵衛が目を覚まし
彦兵
わしの女がおらぬわい
宅悦
そうでござりますか。お小さん、お小さん
ト書き ここで文嘉の床より、お大が出てきて、急いで眉毛を引く
お大
今、手水に行っていたのでござりまする
彦兵
長い手水だな
お大
子供だから下湯をつかって来たのサ
ト書き 文嘉、目を覚まし
文嘉
オイオイ、お大さん、どこへ行った
宅悦
ハイハイ、いま参りまする
ト書き お大、うろたえて、眉毛を拭き取り、文嘉のそばに来て
お大
ハイ、いま、手水に行ってたのだわね
文嘉
おまえ、小水が近いの
お大
どうも歳をとると、いけませんよ
彦兵
お小さん、お小さん
宅悦
ハイハイ、いま参りまする
ト書き お大、気をもんで、手早く片側の眉を引き、真ん中のついたてより半身を出し
お大
今、手水に行ってきましたよ
彦兵
また小水か
お大
歳をとって、手水が近いのさ
文嘉
コレコレ、お大さん、お大さん
お大
アイアイ
ト書き 眉毛の無い方の半身を出して
 
いま、下湯につかりに
文嘉
ばばァのくせに下湯か
彦兵
お小さん、お小さん
お大
アイサ
ト書き 半身を出して
彦兵
また手水か
お大
手水のばァさんだ、ばァさんだ
文嘉
お大さん、下湯かの
お大
アア、下湯娘サ
文嘉
下湯娘ひとりに、婿ふたり
彦兵
こっちへ来なはい
文嘉
こっちへ寄らっし
ト書き お大を両方から引っ張る。このとき、ついたてが倒れる。文嘉と彦兵衛とお大、たがいに顔を見合わせ
文嘉
イヤサ、眉毛が半分
彦兵
頭が嶋田
宅悦
面は猿に似て、鳴く声豚に似たりけり。丹波の国から生け捕った。お代は見てのお帰り、お帰り
文嘉
いいかげんにしろい。飛んだ物を一座回ししやがって
彦兵
遊女のお小さんも興ざめじゃわいのう
文嘉
悪疾で毛が抜けてるというに、お大さんもまた強気な
お大
ナニ、お大、お大と気安くお呼びじゃないよ。この三月には御開帳もあったのさ
彦兵
和尚さんはどうしたのじゃ
お大
だいぶ損をしたとさ
文嘉
エエイ、悪い洒落を言いやがる
ト書き お大を突き倒す
両人
サアサア、帰ろう、帰ろう
宅悦
帰るなら、お代を置いてゆかっしゃい
文嘉
ナニ? お代とは無理強いな。こんなものに二百でも置くものか
彦兵
あつかましいにもほどがあるわいな。そっちから銭をもらったって、相手するのはいやじゃ
お大
いやじゃとは恐ろしい。二人で二度ずつやったのに
宅悦
ヤア、そんなら二回分のお代を置かっしゃい
文嘉
まっぴらごめんだい
お大
そんなら、お前さんがたは食い逃げだね?
文嘉
エエイ、やかましいワ
ト書き お大を突き倒す
宅悦
お代を置いてゆかねば、帰すことはならぬぞ
ト書き 争う。はやり歌になり、向こうよりお色を先頭に、与茂七が出てきて、その後から升太が五合徳利を下げて出て来る
お色
大三ツ屋の升太、それをどこへ持って行くのだ
升太
お前のところさ
お色
誰がそう言った
升太
額堂のおかみさんがそう言ったから、持って来やした
お色
どれどれ、わたしに渡しときな
升太
イエイエ、言われた人に渡しましょう
お色
いいじゃないか、銭さえ払ったらよかろう
升太
ナニ、銭は前金でもらいやした。それでなけりゃァ、人相の悪いお前のところへなど、持って来やしねえ
お色
エエイ、この小僧はひと聞きの悪い。お客の聞いている前で
升太
人の聞いている前でさえ払わねえんだもの、誰もいねえ時はなおさら払わねえはずだ
与茂七
そいつは違えねえ、違えねえ。マアマア、酒は中まで持って行くがいい
ト書き これにて、三人、舞台へ上がる
升太
お代は済んでいるので、置いてゆきますよ
ト書き 酒をかたわらに置く
お大
サアサア、お代を置いてゆけ、置いてゆけ
文嘉、彦兵
いやだ、いやだ
宅悦
こいつらを放すなよ
ト書き 文嘉と彦兵衛、お大を突き倒し、いっさんに走って行く
お大
そこの小僧さん、あいつらを捕まえてくんな
升太
オウ、合点だ、合点だ
ト書き 升太、両人を捕え
 
こいつらは、泥棒か?
お大
イヤイヤ、その人たちは食い逃げだよ
升太
ハアア、飛んだやつらだ。サア、金を出しやがれ
両人
でも、あんまりひどい面のあいつに、誰が金を出すものか
升太
あんな面であっても、最初からそれは分かって寝たのであろう。食い逃げをしたその報い。うぬら二人は畜生道。今後、山へ来るが最後、子供を集めて言いふらさせるぞ
文嘉
イヤ、それは恐ろしい。山でそれをやられては
彦兵
これが本当の剣の山
升太
針山ほどのことを棒ほどに、言いふらして歩くぞ
文嘉
それなら、出します、出します
ト書き 二人が二朱ずつ出す。升太、これを受け取り
升太
金さえ取りゃあ、許してやるワ
両人
なんのことはねえ、三途の川で身ぐるみ剥がれたようなもんだ
升太
世迷言をぬかさずとも、手に手を取って死出の山、つんつん連れだって、消え失せやがれ
両人
イヨ、高麗屋の若旦那
ト書き 両人、ほうほうの体で、向こうへ入る
お大
小僧さん、かたじけない。サア、その金をおくれ
升太
この金、やることはやるけれど。アレマア
お大
なんだい?
ト書き ふり返る
升太
べらぼうアマやあい
ト書き いっさんに逃げて向こうへ入る
お大
あの小僧、泥棒、泥棒!
ト書き 同じくいっさんに向こうへ入る
─── ◆ ───
お色
なんだかえらく騒々しいね
宅悦
騒々しいどころか、食い逃げにあった
お色
オイオイ、あんまの灸へ来て食い逃げとは、おそろしい亡者だ。しかし、その埋め合わせに、いいお客をお連れ申しました。モシ、こっちにお入りなさいませ
与茂七
ハイ、ごめんなさいませ
ト書き 与茂七、内へ入る
宅悦
よう、おいでなされました
与茂七
ハイハイ、私は急ぐので、早いのがようござります
お色
アノ、おもんさんはいるかしらん
宅悦
ちょうどこちらへ来ております
お色
それはさいわい。ちょっと頼んでくれないかね
宅悦
でも、一座回しで食い逃げされるのはごかんべん
お色
ナニ、そんな気遣いはない
宅悦
そんなら俺が呼んでこよう
ト書き 宅悦、奥へ入る。お色、行燈を屏風の後ろへ置き、暗くしておく
与茂
なぜ真っ暗にした
お色
そこが地獄の名代どころサ
与茂
なるほど
ト書き 上手の障子から、お袖が出て来る
お袖
引くに引けぬところ、呼び出してくださんしたゆえ、マア、危ないところを助かりました
ト書き 思い入れ
お色
おもんさん、ずいぶんとおとなしいお客だから、丁寧に勤めなさいよ
お袖
はい、ありがとうございます
お色
モシ、ごゆるりとお過ごしなされませ
ト書き お色、与茂七が寝転がる床へお袖を突きやり、お色は奥へ入る。お袖、与茂七のそばへおずおずと来て
お袖
モシ、お休みなされたかえ
与茂
どうしてどうして。一人で寝るくらいなら、家で寝るわな。コレ、どうした、遠慮せず床へ入りなせえ
お袖
はい
与茂
なにをうじうじしているのだ。エエイ、真っ暗で顔が見えねえ。ちょっと明かりを持ってこよう
お袖
アア、モシ、明かりをお持ちなされずとも
与茂
アア、恥ずかしいか。エエイ、ちくしょうめ
ト書き 手を取る
お袖
モシ、私にはあなたにお願いがござります
与茂
なんだ、なんだ。床へも入らぬうちにお願いとは、どうせロクなことじゃァあるめえ
お袖
サア、申しにくいお願いですが、私がこういう所へ出ています訳をお聞きなされて、不憫と思って、どうか一つ床で寝ることばかりは堪忍していただければ
与茂
何のことだか一向に分からぬが、マア、その訳を言いなさい
お袖
ハイ。お恥ずかしいことながら私は、もと武家の娘でござりますが、わけがあってととさんは浪人、また、姉さんが一人おりますが、この前、さる屋敷へ嫁ぎ、懐妊したのですが、どういう訳だかまたぞろ離縁。日々の飯の支度もできかねるほどの貧苦の中で、かてて加えて、病気の姉を引き取りましたゆえ、もう、仕方なく、昼の間は楊枝店の店番で雇われ、夜はこのように浅ましいなりわいをいたしまするも、せめて少しのお金をもらい、ととさま、姉さまを養いたいばかりに、心にもない隠し勤め。買って下さる情け深いお客さまに、この身の恥を打ち明けて、お願いいたしまするも無理なことですが、どうぞ切ない私の身を不憫と思召しまして、一緒に寝ることは、お許しなさって下さりましたら、ハイ、ありがたく存じます
与茂
なるほど、聞けば気の毒なことだの。親のためにこのような勤め。しかし、こんなところに出ずとも、吉原へでも行って、よいおいらんになったらよさそうなもの
お袖
イエ、このようなことをいたしますること、親と姉には少しも知らせておりません
与茂
隠れて出ているのか。ハテ、親孝行なものだの。その孝行の心を聞いて、なおさら惚れた。コレ、お前、よく考えてもみな。一緒に寝ずに断ってばかりいてみなせえ。中には腹を立てる客もあろう。また、いっそ孝行でするぐらいなら、あえて肌を汚してそのわけを話してみなさい。どんなよい旦那が付くかも知らぬ。そのうえ、通りがけの客でも、つい、二朱や一歩の金ぐらいはやる気になるだろう
お袖
それができますぐらいなら、申しにくいことをお願いはいたしませぬ
与茂
肌を汚さぬというからには、ハハア、許嫁の男でもあるということか
お袖
エエ? イエ、サア、そういうわけでも
与茂
そんならなにもやって減るもんでもなし、人に知られなければ、いいじゃァねえか
お袖
でも、どうかそればかりはお許しを
与茂
ハテ、そりゃあ悪い考えだ。やってみればそんなに辛いものでもないわさ
ト書き お袖を無理に捕える
お袖
アレ、およしなされませ
ト書き 飛びのこうとするはずみに、屏風が倒れる。明るくなり、これにて両人、顔を見合わせ
与茂
ヤ、そちは女房
お袖
おまえは与茂七さん
与茂
コレ
ト書き 押さえる
お袖
面目のうござります
ト書き 袖で顔を隠し、うち伏して、思い入れ
与茂
面目ないだと? イヤ、面目ないもすさまじい。コレ、お袖、てめえは、てめえは。屋敷の騒動があってから、互いにちりぢりに別れたが、今まで便りをしない俺ゆえ、もう、忘れ果てて、このような勤めに出るのだな。現に亭主がありながら、男欲しさのいたずらか、あまりに呆れてものが言われぬわい
ト書き お袖、いろいろ思い入れあって
お袖
与茂七さん。わけをご存じないからには、その恨みも腹立ちももっともでござんすが、男欲しさのいたずらとは、あんまりにむごいおっしゃりよう。お屋敷の騒動より、皆ちりぢりばらばらにご浪人。今もお話し申した通り、親のためにこのような勤め、みだらな心があれば、何で親の恥まで、打ち明けて話しましょう。これまで一度の便りもない、つれないおまえに操を立て、切なく苦しい言い訳を、聞いてくれる人はまれにして、たいがいみんな分かってはくれぬ。それをなんとか言い抜けて、人一倍のこの苦労、誰に言っても若い身空で辛苦と思うぞよ。私のこうした勤めだったら、恨みはこちらにもいくらでもあります。現に私という女房がある身でありながら、こういう所へ遊びに来て、女房とは知らずにこのわしに、貞操を破らせ、よくもよくも、抱いて寝ようとしなしゃんしたナ。こういう所で遊んでいる暇がありながら、女房のところへ一言便りをするぐらいの時間はござんせんでしたか。ほんにほんに、あんまりなおまえの心に引きくらべ、逆ねじな今のおまえの腹立ち。そりゃあんまりじゃ、あんまりじゃわいなァ
与茂
そういわれてしまえば一言もないが、さぞかし今まで大変な苦労。俺もおりおりそなたのところへ便りをしようとは思うていたけれど
お袖
イエイエ、その便りのないことは、実は、恨みはしません。というわけは、由良之介さまの思し召しが立ち、ご主人のかたき討ちを
与茂
コレサ、くだらぬことを聞きかじってずけずけと言うが、他の浪人にはそんな噂があるか知らぬが、俺はちっともそんなことはない。今は商人、小間物屋の与茂七。どうしてかたき討ちなど謀ろうか
お袖
サア、女の口ははしたなきものゆえ、御隠しなされるのはもっともですが、こうした所へうかうかと遊び歩くのも、かたきを油断させるため
与茂
これはまたどうしたものか。またしてもまたしても、かたき、かたき、と。そんな大時代なことは聞きたくない。それより、久しぶりで女房よ、今までのこと、腹が立つなら謝る。行燈が明るくなったが縁結びの神
お袖
なるほど、うかつにも大事を。ほんに思えば久しぶり。よくまァ、まめでいてくださんしたなァ
与茂
おぬしも無事で、めでたい、めでたい
ト書き 奥からお色が出てきて
お色
モシ、話が決まったらお勤めを
与茂
そうさな、それそれ
ト書き 紙入れより金を出し
 
うぬが女房へ勤めを出すのも
お色
エエ?
与茂
これも話のタネだろう。オイ、さっきの酒があるだろう
お色
そこにあるけど、冷やでござりますぞえ
与茂
冷やでもかまわぬ
お色
たんとお楽しみなされませ
ト書き お色、奥へ入る。与茂七、徳利と茶碗を取り
与茂
さァ、かかア、ひとつ飲まっし
お袖
ほんにまァ、いつの間にそのようなもの言いに
与茂
ハハア、てめえはやっぱり、古風なことを言っておるな
ト書き このとき、直助が、上手の障子を細目に開け、この様子を聞いている
お袖
おまえ、お酒はあまり飲まないのではなかったかえ
与茂
なんだ、酒を飲まぬ? お富士さまの蛇じゃあるめえし
ト書き 言いながら酒を飲み
 
アア、久しぶりに女房と二人、水入らずの酒盛り
お袖
こういう所に遊びにおいでになるからには、さだめし、方々へもゆかしゃんしたでござんしょうな
与茂
なに、ゆくもんか。てめえのところだからこそさ
お袖
そんなら初めから知ってござんしたのかえ
与茂
何サ、知りはしないがの。おめえもよく言葉咎めするなア。そんなに咎めるんじゃあ、俺だって言わねばならぬ。今まで多くの客のところに出て、なかには言うとおりになったのがあるだろう
お袖
イエイエ、神さまにかけてそんなことはない。証拠にはおまえにもあのとおり
与茂
そりゃこそ、俺と知っていてわざとだろう
お袖
イヤ、知らぬからこそあのように
与茂
もし、俺がやったように無理やりにやろうとしたらどうする
お袖
そりゃもうおまえ、一生懸命。人を見て法を説けといわれるように、職人衆のお客ならば、まだ慣れぬながらも職人の女房でござると噓ついて、亭主が病気ゆえに勤めはすれど、心は清ききよガンナ、かけて帰らせまた明日の夜。坊さん客ならこっちから、帯は解かずに長々と、お談義説いて詫びごとも、ご出家だけにおだやかに、縁なき衆生は救えぬと、納得して帰るわいナ
与茂
では、店の奉公人の商人なら?
お袖
宵の門限、四ツの鐘。これが別れのきぬぎぬと、思えば遅れて床へ行き、帰らにゃならぬ勘定も、ついソロバンのたまたまに、明日の夜お出でなさいと騙してやる
与茂
田舎侍の客なら、言い抜ける手もあるまいに
お袖
武家はもとよりこっちのもの。手打ちにあおうが、殺されようが、忠義のためとたらし込み、頼めばぐっと侍冥利。仕方がなしに褒めそやし、かわしたあとに来た旅人の、客はひとしお憐れみ深く、年貢が納められず来ました、と言えば、涙を拭いたその手で、小豆一升に大根一把、もらったこともあるわいなア
与茂
さて、商売に慣れるとは怖いもの。嘘の上達ぶりはあっぱれ。来世は必ず、閻魔に舌を抜かれるぞ
お袖
イエ、その気遣いはござんせん。この世がすでに地獄の責め苦
与茂
いかにも、いわばそんなもの。思いがけず今宵逢ったのは
お袖
ほんに地獄で仏とやら
与茂
地獄にも知る人あり、尽きせぬ縁
お袖
もうこれからは奈落の底まで
与茂
離れぬ夫婦。女房よ
お袖
こちの人、ほんに、今宵は夢ではないか
与茂
夢なら覚めるな
お袖
オオ、嬉し
ト書き 抱きつき、互いに互いの懐に手を入れる。与茂七はお袖の懐の財布を出し、お袖は与茂七の懐の回文状を出す
与茂
貧苦にせまるといいながら、この金は
お袖
さてこそ義士の回文状
ト書き 与茂七これをひったくり
与茂
これを見られては
お袖
エ?
与茂
女房といえども
ト書き 思い入れあって
 
ところで、この金は
お袖
さあ、その金は。マア、寝て話そうわいなァ
ト書き 唄になり、お袖、二枚屏風を引き回す
─── ◆ ───
ト書き 直助、屏風の外に来て、中の様子を聞き、腹を立てる思い入れいろいろあって、やたらと手を叩く。奥より宅悦とお色が出てきて
宅悦
モシモシ、あなた、世慣れているはずのおまえさんが。静かになされませ
お色
夜更けというに、世間の手前もありますわな
直助
やかましいわい。うぬら、よくも女の二重売りをしやがったな
宅悦
モシモシ、大声をお出しなさいますな。うちがいつ二重売りをいたしました
直助
しねえものか。俺が買った女が、この屏風の内にいるワ
お色
そりゃおまえ、一人だけが買う子ではあるまいし、回すということもござります
直助
なに? 隠し売女のくせに、回すとは気が強い。あの女は泥棒だ、大がたりだ。それを承知で買わせるからには、うぬらも盗人と同類だぞよ
宅悦
モシモシ、なんぼ出鱈目な悪態でも、盗人だ泥棒だと言われては済みませぬ。それにはなんぞ、証拠でもござりますか
直助
証拠とは、この屏風の中で寝ている野郎も大泥棒だ
ト書き わめく。このとき与茂七、お袖、屏風を開け、思い入れあって
与茂
コレ、さっきから聞いていれば、盗人だ泥棒だと、そりゃあ誰のことだ
直助
ほかでもねえ。うぬら二人のことだ
ト書き 与茂七、直助の顔を見て
与茂
ヤ、そういうおまえは、見たような男だな
直助
見たはずだ。以前は同じ屋敷の家中、奥田の家に勤めた下部の奉公。今は商人、薬売り、藤八五文で儲けた金も、地獄の女のつつもたせにかかっちゃあ、男が立たねえ。それゆえ、騙りに大泥棒というのサ
与茂
そんなら今のあの金は
直助
女の懐の財布の金、うっかり渡しておいたのが、詐欺にかかったその上で、夫婦呼ばわり、あまつさえ、俺の銭で買った酒までタダで食らって、いちゃついて、仏のような男でも、胸の炎は地獄の回し。うぬらは盗人、大騙り、と、マア、言ってしまってはあんまりありふれた、憎まれ口をたたくのも古くさい。どうせ買女に出るからは、一座回しを承知のうえで、俺の方へすっぱり出してくれれば、金もやるし、この場も済ます。すんなりそうしてくれるがいいじゃねえか
ト書き お袖にしなだれがかる。与茂七、中に入って
与茂
いいやならぬ。武士の女房を金銀づくで他の男に、添い寝させることはまかりならぬ
直助
なんだと、武士だと? コレ、以前は武士でも今は浪人。町家の住居の小間物屋、それでも武士か
与茂
直助
女房、女房と自慢たらしく言うが、どこでもらって誰が仲人だ。よしまた相対の夫婦だとしても、隠し買女も同然だ。買いに来たおらァ客だ。まこと武士の浪人が、女房を稼がせてすむのか
与茂
サァ
直助
それでおまえに、女が親の貧苦を、貢いでやる金があるのか
与茂
さァ、それは
直助
それみろ。おらァ結局、親切づくで、親の難儀と言うがゆえに、金までやろうというこの俺をすっかり騙して、一文の稼ぎもねえ浪人を、亭主でござると嬉しがる。思えばやっぱり親不幸。金がいらぬならこっちへ返せ。どっちにしても貧乏神のとっついた、うぬらに金は授からねえ。さっさとその金をここへ出してしまえ
ト書き いろいろ言う。与茂七、口惜しき思い入れ
与茂
エエ、コレ、貢ぐ金も少しは貯えもあれど、義士の神文、他へ使えぬ配分金
直助
与茂
エエイ、瓦と同じよ
ト書き 自分の懐へ思い入れ。これを聞き、お袖、思い入れあって、懐より以前の財布を出し
お袖
それ、金
ト書き 投げ出す
直助
すんでのことに、騙り取られるところだったワ
お袖
それを返したら言い分はないね
直助
あっても言わねえ。何を未練たらしく
お袖
さっきはいろいろ親切に、言ったこの金その時も、そこに針のある言葉の端、もらうまいとは思ったけれども、そこがさもしい世に落ちぶれた身、親の難儀と、ついこの金を、ちょっとのあいだ懐へ、入れておいたがこっちの落ち度。それを言い立てて、盗人の、ヤレ騙りのと、声高に、わずかな金で腹を立てる。ほんに貧乏な私より、心の汚い直助どの。千金万金を積んだとて、何の心にしたがおう、浪人でも私が好いた心が金。日本じゅうの宝をば、山と積まれても替えられぬ、大事な男。このあと、私がどういう苦患を受けて、身を切り売りにしたとしても、かわいい男のためと思えば、辛くも苦しくもござんせん。ほんに今まで本当にいやらしい、付け回しては無理に口説き、これで、きっぱりとうるさい悪魔を追っ払ったと思えば、こんな嬉しいことはないわいなァ
直助
エエイ、それほどまでに惚れた男と
お袖
嫌な男と比べては、毒と薬の隣り同士。目に見るのさえも嫌じゃわいなァ
ト書き 思い入れ。はやり歌になり、向こうより、藤八が以前の格好で出て来る
藤八
あの野郎め、どこで女遊びに溺れてるのかしらん。おおかた地獄宿の女にでもはまっているに違いない。確かここらだったはず
ト書き 言いながら、舞台に来て
 
ごめんなされませ
ト書き 門口を開けて
 
ヤア、ここにいたな
直助
ヤア、おめえは
ト書き 逃げようとする
藤八
どっこいどっこい。大方こんなところにいるだろうと思った。どうりでこの頃、売り上げも寄こさず、薬もまとめて卸売り、親方からは仕切りの金まで、みんなおまえが着服して、それで女狂いとは、ふてえ奴だな
直助
モシモシ、なにを。わしがそんなことをするものかいな。売り上げも薬も、お代は明日に親方へ、持って行くところでございやす
藤八
そんなら何しにここへ来ているのだ
直助
サア、ここに来たのは・・ オオ、それそれ、肩が凝ったから、灸をすえに来たのサ。ここの家は灸の店だから、灸をすえに来たのさ。のう、おかみさん
ト書き 目くばせする
お色
さようさよう、今、すえようとするところでござります
宅悦
そこにもぐさがほぐしてござる。早くすえてあげましょう
直助
コレサ、本当にすえなくってもいいわな
藤八
灸をすえるなど、嘘つきめ。やっぱり買女にはまりやァがって
直助
いやいやどうして、いま灸をすえているのさ
ト書き 肌を脱ぐ
お色
それ、これが皮切りじゃ
ト書き 灸をすえる
直助
アツツツツ。これが本当の焦熱地獄。もうよい、もうよい
藤八
たった一つでよいとは。ハテ、よく効く灸だ。この灸は一つで二朱か。もひとつすえればお直しになるだろう。何であっても売り上げと薬を持って行かねばならぬ。サアサア、よこせ
直助
明日、わしが持って行きますよ
藤八
なにを、お前はもう親方のところへ出入りはできぬ。親方が俺に取って来いと言わしゃっしたのだ。サア、よこせ、よこせ
ト書き 直助の懐より、金財布を引き出す
 
そりゃやっぱり、ここに持っている。薬の代金の代わり、着物をよこせ
直助
これまで取るのか
藤八
みんな親方の仕着せだ。灸をすえに来るのに、羽織で決めて来ずとものことだ。さっさと脱げ脱げ
ト書き 直助を裸にして、羽織、着物を取り、金財布も取り上げ
 
ふてえ奴でござるわ
ト書き 藤八、これを抱えて、門口へ出て
 
どなたさまも、おやかましゅうございました
宅悦
オウ、丸裸にされては、こっちの勤めも
お色
うやむやになるかえ
直助
女に振られたからには、勤めをやらずともいいだろ
宅悦
本当に今まで薬売りの
お色
藤八
宅悦
ざまァ
藤八
きみょう
ト書き 藤八、もろもろ品を抱えて向こうへ入る。与茂七、さっきからこの様子を見ていて
与茂
なるほど、金持ちの薬売りは違うものだな。俺のような一文無しの素浪人でも、親方の物を取って、着物まで追い剥がれるようなことはねえ。金持ち金持ちと、札びら切った商人が、丸裸とは立派なもんだ。あの金は親方の金だったか。人の金を取って、それで金持ちというなら、ご金蔵の番人はみな金持ち。盗人だ騙りだと大声で、言ったその身がいま目の前で、本当の正真正銘の大盗人。ハテサテ、気の毒千万じゃな
お袖
ほんに思えばあの金を、もらわないでさいわい。すんでのところで盗人の同類になるところ。怖いこと
ト書き 直助、しょげている思い入れ
宅悦
ヨウヨウ、裸で俺の家にいられても、参ってしまうね
お色
早く出て行きなせえ
直助
いま出て行くわな。エエイ、忌々しい。飛んだところで恥じづらをかいた
与茂
恥と思わぬ逃げ支度。思えば灸まで無駄にすえ
お袖
先の見込みもないあの姿
与茂
こちらはこれから夫婦連れ
お袖
手に手を取って
宅悦
お帰りなら、提灯を貸してあげましょう
与茂
アイ、そんならこれ、提灯の借用代
ト書き 懐より、二朱出して渡し
宅悦、お色
これはありがとうございます
与茂
ヨウ、あんなのが中にはいるから、油断しなさるな
宅悦
いまに叩き出しますよ
 
お色、ハイ、提灯
ト書き 藪の内と書いた提灯を渡す。与茂七、これを取る
お袖
サア、もし、こちの人
与茂
今宵は外でしっぽりと
直助
うぬ。これ見よがしに
与茂
羨ましいか
直助
なんの、羨むものか。どうせ今夜は
お袖
積もる話を
与茂
道々ふたり
直助
目印は提灯
宅悦
早く出てゆけ
ト書き 宅悦、直助にとってかかる。お袖、門口にて与茂七に抱きつく。直助、ムムと行くところ、お色、門口を指して出てゆけとしぐさ。木のかしら、よろしく
ト書き ひょうし幕

次へ 序幕ー3 浅草裏田んぼの場
前へ 序幕ー1 浅草観世音境内の場